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第六十四話 「集団の長」


 鱗に覆われた右脚が赤い軌跡を描いて繰り出される。

 その一撃を辛うじて目で捉えて、咄嗟に左腕を構えた。

 ドゴッ! と重い衝撃が腕に走る。


「ぐっ……!」


 あまりの強さに体が吹き飛ばされそうになったが、両脚を踏ん張ってなんとか堪えた。

 目の前のファゴットは軽く蹴ったつもりのように涼しい顔をしている。

 ステータスメニューの機能で恩恵の数値を操作して、僕だって相当な身体能力を得ているはずなのに。

 正直、勝てるかどうかまったくわからない。これが魔人集団の頭領の実力。


「なるほど、ジャグとカバサを退けただけのことはある」


 僕は左腕を振ってファゴットの右脚を振り払うと、すかさず奴に肉薄して右手のナイフを振った。

 今度はファゴットが左腕を上げて、『ガンッ!』とナイフを止める。

 強固な岩でも叩いたかのような感触だ。両腕と両脚を覆っている鱗も驚異的なまでに硬い。


「お前たちは愛し子を取って来い。我はこれの相手をする」


「「はっ!」」


 腕とナイフの鍔迫り合いのような形になっていると、その隙にジャグとカバサが横を抜けて、ヴィオラとライアの方に走って行った。

 奴らを止めたいけど、ファゴットの相手だけで精一杯だ。

 ファゴットが左腕を振り払い、僕は体勢を崩しながら、後方に向けて強く叫んだ。


「ヴィオラ! ライアと一緒に【リバースルーム】で……!」


 このままじゃまずいと思い、以前と同じように空間転移をするよう指示を送ろうとする。

 するとヴィオラはそれがわかっていたかのように、僕が言い切るより先に王樹の宝杖を構えていた。


「【リバースルーム】!」


 瞬間、ヴィオラとライアのいる空間が不自然に歪む。

 次いで二人の姿が消えて、ジャグとカバサが足を止めて舌打ちを漏らした。

 これで二人は裏空間の方へ逃亡ができた。

 ひとまずライアの安全は一定時間だけど保証される。

 裏空間にいる限り連中には干渉されることがないし、僕も思い切り戦うことができる。

 正直三対一はかなり厳しいけど。

 と思っていると、すぐに元の場所にヴィオラだけが現れた。


「えっ?」


「今度は私も戦います! この二人は私に任せてください」


 ヴィオラはそう言って、構えていた杖をジャグとカバサに向けた。

 そうか、ライアだけ裏空間に残して、ヴィオラだけ表空間に戻って来ることもできるのか。

 前と違って戦況的に僕が三人の魔人を一度に相手にすることになりそうだと見て、即座に戻って来てくれたらしい。

 魔人たちと対峙して、心が不安定になっているだろうライアの傍にいてあげてほしいと思う一方、ヴィオラが戻って来てくれたことはすごく心強く感じる。


「チッ、愛し子をどこにやりやがった!」


「あなたたちにはお教えしません。ライアちゃんは絶対に守り切ってみせます」


 ジャグとカバサがヴィオラに攻撃を仕掛ける。

 それを自己防衛魔法の【パーソナルスペース】で防ぐのを横目に、僕もファゴットとの戦いに集中することにした。

 ヴィオラならあの二体の魔人が相手でも問題はないはず。

 あらゆる害意に反応し、自動的に魔力障壁を発生させて術者の身を守る防護魔法――【パーソナルスペース】。

 彼女の魔力値で張られたあの自己防衛魔法なら、よほどのことがない限り破られることはないだろうから。


「あの娘もただの子供ではなさそうだな。早々にお前を倒し、人質にして娘から愛し子を引き摺り出させてやる」


「……そう簡単にいくと思うなよ」


 ファゴットが竜のような鉤爪を構えて、僕は竜晶の短剣を逆手持ちにして握る。

 緊張感が走る中、最初に動いたのはファゴットの方だった。

 一瞬で距離を詰めてきて、右手の鉤爪を貫手の形で突き込んでくる。

 的確に心臓部を狙ったその一撃を紙一重で回避し、反撃としてこちらもナイフを振った。

 ガンッ! と再び鱗に覆われた腕で防がれてしまう。


「くっ……!」


 やはり硬い。

 この鱗があまりにも強固で斬れる気がしなかった。

 それなら……


「う……らああぁぁぁ!」


 僕はナイフを力強く握り、続け様にファゴットに攻撃を仕掛ける。

 薙ぎ払いを防がれても、切っ先の突きを弾かれても、大振りの斬り下ろしが効かなくても、ナイフを握る手を止めない。

 まさに荒ぶったようなその様子に、ファゴットも怪訝な顔を見せた。


「愚かな、気でも触れたか。そのような乱雑な使い方ではすぐに得物がダメに……。んっ?」


 ……ならないんだよ。

 ひたすらに振り回し続けられて、何度も強固な鱗と衝突したはずの竜晶の短剣は、砕けるどころか微塵も欠けてはいなかった。

 ファゴットはその異変に気が付いてハッと息を呑んでいる。

 鍛治メニューの機能によって生み出された、『不滅』というスキルが宿された絶対不変の短剣。

 確実に壊れることのないこの短剣なら、どんな使い方をしてもまったく問題はない。

 そう、強固な鱗を剥がすための鈍器として活用しても。


「はああぁぁぁ!」


 一撃、二撃、三撃……

 絶え間ない猛攻でファゴットの腕を斬り続ける。

 すると何度目かの攻撃で、奴の腕を覆う鱗が『ガリッ!』と僅かに剥がれた。

 お互いが同時に目を見張る。

 ――いける!


「はあっ!」


 絶対に壊れることのないこの短剣で攻撃を続ければ、強固な鱗もいずれは剥がすことができる。

 それを向こうも理解したのか、余裕綽々で防ぐだけだった姿勢を変えて攻撃を避け始めるようになった。

 加えて鉤爪による反撃もしてきて、僕はそれを防いだり掻い潜りながら竜晶の短剣を叩きつけていく。

 本当にこの武器を作っておいてよかったと思える。

 僕の筋力恩恵値はステータスメニューの数値操作によって超人的な域に達しているけど、おそらく生身の攻撃ではファゴットにダメージは与えられなかった。


 反対に防御の側面においても竜晶の短剣がこれ以上ない活躍をしている。

 スキルの効果によって必ず壊れることがない短剣。

 それはすなわち、絶対的な“盾”にもなり得るということ。

 面積としては心許ないけれど、奴の鉤爪を防ぐ程度ならこれでも充分だ。

 攻めと守り、両方において竜晶の短剣が命綱となっている。

 頼むよ相棒、僕に力を貸してくれ……!


「せ……やあっ!」


 竜晶の短剣による絶え間ない猛攻により、ついにファゴットの左腕の鱗の大部分が剥がれ落ちた。

 同時に刃が肉体を抉り、目の前で鮮血が散る。


「……」


 ファゴットは僕から距離を取ると、その傷口を無言で見つめて目を細めた。


「なるほど、その得物もただの短剣ではないということか。我の鱗を斬り、鉤爪を何度も受けながらも刃こぼれ一つしておらんとはな」


 僕は今一度短剣を握り直して身構える。

 今度はこっちから攻撃を仕掛けに行く。

 鱗による防護は猛攻で剥がすことができる。

 鉤爪による攻撃は短剣を盾代わりにすれば防げる。

 僕自身の反応もこの極限の状況に追い込まれたことでいつも以上に研ぎ澄まされている。

 このままこいつに勝てる……!


「では、今一度痛感させてやろう。どれだけ足掻こうと我を倒すことはできないということをな」


 刹那、前触れもなく、ファゴットの全身が鈍色に変質した。

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