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第六十三話 「身清ぎの儀」


 再びリミックス高山の山頂を目指して歩き始めた僕たち。

 あの二人の魔人がまた襲って来るかもしれないと、より慎重になって歩みを進めた。

 しかし連中が襲撃を仕掛けて来る気配はなく、何度か襲いかかって来た魔物たちも難なく突破。

 特に滞りなく山の麓まで到着できたのだった。

 そして再び野営をして朝を迎えてから、山登りの開始である。 


「疲れたらすぐに言ってね、ライア」


「う、うん」


 とは言ったものの、ライアはライアで莫大な恩恵を授かっている神の愛し子。

 むしろ僕たちよりも体力は旺盛で、休みなく歩き続けても疲れの色はまったく見えなかった。

 相変わらず神の愛し子の気配を嗅ぎ取って寄って来る魔物は多かったけれど、山に出没する魔物たちもさして脅威にはなっていない。

 そのため僕たちはかなりの速さで山を登って行き、三日かかると言われていた山頂までの道のりを、僅か一日で踏破したのだった。


「ここが、リミックス高山の山頂……」


 辺りに広がるは雲の景色。

 その隙間からは山の周囲にある森や湖の姿が垣間見えている。

 道中は岩肌に近い山道ばかりで殺風景ではあったが、その時間があったからこそ見晴らしのいいこの景色に一際感動を覚えてしまう。

 気温が低く、アイテムメニューに収めていたコートを三人で羽織っているが、その寒さの煩わしさも気にならないくらい景色に見入ってしまった。

 ここまで高い山に登ったは初めてだから。


「ここで身清(みすす)ぎの儀をするんだよね?」


「うん、そう」


 改めてライアに問いかけると、彼女はコートの袖から出た両手をすりすり摩りながらささやかに頷いた。

 ライアは儀式のために何度かここを訪れているはず。

 その彼女が言うのだから場所はここで間違いないのだろう。


「ところで、身清(みすす)ぎの儀って何をする儀式なの? 汚れた肉体を清める、とは聞いてるけど、具体的に何をするのかいまいち想像が……」


 その辺りのことはギルドの受付さんから詳しく聞かなかったな。

 十二歳になってから受けられる、スキルと恩恵を授かることができる『神託の儀』みたいな感じなのかな?

 と思っていると、唐突にヴィオラが顔を真っ青にして慌てた。


「か、体を清めるということは……! まさかライアちゃん、ここで裸になって湯浴みをするとか言うつもりじゃ……!」


「ただ、空に祈りを捧げてじっとしてるだけだよ。裸にはならない」


「そ、そうですか。それならよかったです」


 ヴィオラはわかりやすく安心したように胸を撫で下ろす。

 確かに身清(みすす)ぎと聞くと湯浴みでもするのかと思ってしまうので、ヴィオラの不安もまあ納得できる。

 そんな事態にならずに済みそうで何よりだ。


「それじゃあ、早いうちに儀式を終わらせて町に帰ろうか。僕のマップメニューでファストトラベル機能を使えば、わざわざ下山したり来た道を戻る必要はないからね。すぐに帰してあげられるよ」


「うん、わかった」


 僕がそう言うと、ライアは早々に山頂部分で一番高い場所へと歩いていく。

 誰が立てたかわからない欠けた石碑があり、その近くまで歩み寄ると、両手を合わせて祈りを始めた。

 僕とヴィオラは僅かに離れたところに立って、儀式が終わるのをじっと待つことにする。

 ――刹那。


『後方300メルより、急速にこちらに接近する反応があります』


「えっ!?」


 突然ヘルプさんの通知が脳内に流れた。

 僕は咄嗟に後方を振り返る。

 釣られてヴィオラも後ろを向く。

 同時にヘルプさんの通知がさらに続く。


『反応の数は三体。うち二体は以前交戦した二体の魔人。そしてさらに一つは、より強い反応を持つ……』


 ヘルプさんそう言いかけた瞬間、後方の僅か上空に三つの影を見た。

 その影は急速にこちらに接近して来て、ドンッと土煙を上げながら目の前に降り立つ。

 三つの影のうち二つは、見覚えのある狼のような半人半獣の魔人と、両腕が鳥のような羽になっている女魔人。

 そしてもう一つは……


「なるほど、この者たちが愛し子の守護者か」


 両腕と両脚が赤い鱗に覆われていて、背中には赤い竜のような翼を生やしている。

 頭の両側部には二本の赤い角もあり、まるで竜のような見た目をしている大柄な魔人。

 爬虫類を思わせる縦長の瞳孔は赤く光っていて、その眼差しで射抜かれた瞬間、ゾクッと背筋が凍えた。

 明らかに他の二人の魔人と存在感が違う。

 目の前に立たれているだけで凄まじい緊張感が迸り、山頂の空気感とはまた違った意味で息が詰まるようだった。

 ヴィオラの顔にも強張りが見えて、ライアも怯えた様子で僕たちの後ろに駆け寄って来る。

 まさかこいつが……


「申し訳ございませんファゴット様。わざわざご足労をいただき」


「よい。愛し子の守護者がどれほどの実力者か、我も少し興味があったからな。ついでに我がアンサンブルに歯向かったこと、直接苦痛を与えて後悔させてやる」


 ……ファゴット。

 ジャグとカバサが度々名前を口にしていた魔人集団の頭領か。

 ライアを確実に捕らえるためにこの場所に呼んできた、ということらしい。

 向こうはライアが“神の愛し子”であることを知っているみたいだし、隙が生じるこのタイミングで仕掛けてくることは薄々予想できた。

 けどまさか、集団の主まで出張ってくるなんて。


 一瞬、【ロード】して時間を戻そうか考える。

 最後に【セーブ】をしたのが護衛依頼を引き受けた直後のことなので、その時間まで戻して奴らとの接触を避けるように立ち回れば……

 いや、奴らはライアが神の愛し子で、この場所で身清(みすす)ぎの儀を執り行わなければならないことを知っている。

 儀式はリミックス高山と同じほどの標高の山でしか行えず、目的地を変更しようにもおそらく時間が足りない。

 ライアに残された時間は依頼受注時で二週間と言われたので、時間的にリミックス高山の山頂しか選べないのだ。

 やっぱり奴らとの戦いは避けて通れないらしい。

 ライアを後ろに庇いながら、竜晶の短剣を右手で逆手持ちにして構える。


「ライアは絶対に渡さない。自分の強さのためだけにライアを手にかけようとしているお前になんか……!」


 神の愛し子は莫大な恩恵を神から授かっている。

 そのため魔物や魔人にとってはこれ以上ない成長の糧になってしまうのだ。

 それで自分が強くなるためだけに、ライアを狙っているなんてやっぱり許せない。

 力強くファゴットを睨みつけると、奴は無感情に近い表情のまま淡々と返してきた。


「神の愛し子は魔族の成長を促すために、邪神から贈られた我々への賜物だ。我らに殺されることこそその娘の宿命に他ならない」


「しゅく、めい……?」


 何を言っているんだ、こいつは。

 神の愛し子は邪神から贈られた賜物?

 魔人に殺されることがライアの宿命?


「そうだな、役目と言い換えてもいい。その娘は我々に殺されるためだけにこの世に生まれ落ちた。ゆえに大人しくこちらに渡せ。我がその娘の役目を全うさせてやる」


 淡々と告げられるファゴットの言葉に、僕は静かに怒りを燃やしていた。

 ライアの存在を自分の都合のいいように決めつけて、果ては役目を全うさせてやるなんて偉そうなことを。

 こいつが言っていることは何もかも間違っている。


「それに……」


 ファゴットは、僕の後ろで怯えているライアに改めて視線を向けてから、冷酷な言葉を吐き出した。


「人間らにしてみれば、魔の者を引き寄せるだけの神の愛し子などという存在は消えてくれた方がありがたいのではないか? 我がその手伝いをしてやろうというのだ。むしろ感謝して然るべきだと思うが」


「……」


 ファゴットのその言葉を受けて、ライアが後ろで息を呑んだ様子が伝わってくる。

 一瞥して確かめると、彼女は顔を青くして固まっていた。

 消えてくれた方がありがたい存在。

 魔の者を引き寄せるだけの神の愛し子。

 おそらくライア自身も気にしていただろうことを改めてファゴットに突きつけられて、ライアの顔に翳りが見えた。


「…………ふざけるな」


 僕は怒りのままに拳を握り込み、ファゴットに鋭い視線を返す。


「ライアはお前たちに殺されるために生まれてきたわけじゃない。勝手に自分たちの都合のいいようにライアの存在を決めつけるな……!」


「では、その娘はなんのために生まれてきたと言うのだ」


 今一度ファゴットに問いかけられた僕は、力強い声音で偽りのない言葉をぶつけた。


「他の人たちと同じように、日々を精一杯に生きて、幸せを手に入れるために人として生まれてきたんだ!」


「……」


 魔物や魔人にとっては成長の糧。人間にとっては厄介な者。

 確かにそう考える人もいるかもしれないけど、少なくとも僕はライアのことを対等な人間だと思っている。

 みんなと同じように幸せを手にする権利はあると思うし、消えてくれた方がいいなんてまったく思わない。

 今日まで一緒に過ごしてきて、周りの人に心配りができる優しくて誠実な子だってわかったから。


「絶対にライアを、お前には渡さない!」


「……そうか」


 ファゴットは変わらず無感情に近い顔で端的に返してくる。


「究極の魔人の糧になれる機会をみすみす逃すということだな。なんとも愚かなことだ」


 次いで奴は僅かに足に力を込めて身構えると――


「まあよい。自ら来ずとも、腕尽くで愛し子のその首、掻っ切ってやろう」


 刹那、爆発的な力で地面を蹴り、閃くような速さでこちらに接近してきた。

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