第六十一話 「不幸な存在」
ライアは、自分を不幸な存在だと思っている。
不幸に見舞われる可哀想な存在、ではなく、周りに不幸を振り撒く厄介な存在だと。
ライアはある田舎領地を統治する男爵家の令嬢として生まれた。
これといった特色はないものの、穏やかでそれなりに裕福な暮らしができる土地だった。
しかし彼女が生まれたすぐ後に、未曾有の大災害が領地を襲う。
嵐や津波などの自然による災害。さらには魔物の急増など。
それらによって町は崩れ落ち、田畑は荒れ、土壌も死んだ。
再興まで果てしない時間を要することになり、領地を統治する男爵家も頭を悩ませることになる。
そしてその後も、度重なる不幸が領地を苦しめた。
やがて一家はその不幸に何かしらの原因があると決めつけて、大災害発生の時期と誕生が同時だったライアに目が向けられる。
『こ、この忌み子が……!』
『今すぐにこの呪われた子をどこかへ追い払って頂戴!』
人間、精神がすり減ると極端に視野は狭まる。
また、その地方では災いを呼び寄せる『忌み子』の伝承があり、満ち月の晩に難産にて生誕した子は厄災の呪いを天から受けるとされている。
その条件に合致していたこともあり、ライアは呪われた子供として家を追い出された。
忌み子は森に献上することで、呪われた大地は恵みを取り戻すという言い伝えもあり、魔物が蔓延る森に捨てられてしまう。
三つになって間もない子供がそのような状況になれば、死は必至。
しかしそこを偶然、当時の孤児院の院長に助けられることになる。
それからライアはその孤児院に拾われて、孤児たちと一緒に生活をすることになった。
孤児院や孤児たちはライアを歓迎したが、彼女は自分が不幸な存在だからと人付き合いを避けた。
三つの頃だったとはいえ、家を追い出された理由も朧げにだが理解しており、周りに迷惑をかけないようにライアは独りぼっちでいることが多かった。
『こんなところで何してるの、ライアちゃん?』
そんなライアに、積極的に声を掛けに来てくれた子が一人いた。
その子の名前は、リラと言う。
リラはライアより三つ歳上の女の子で、孤児院では中心的な人物だった。
優しくて面倒見がよく、男の子にも負けないくらい喧嘩も強くて可愛らしい。
そんな人物に声を掛けられて、ライアはひどく動揺した。
誰とも親しくなるつもりはなかったため、リラのことも遠ざけるようにしたが、彼女は事あるごとに接触をして来た。
他の子たちとの遊びより、自分と話すことを優先してくれた。
『一緒に遊ぼう、ライアちゃん』
気が付けば、ライアはリラのことを受け入れるようになっていた。
少しずつ話す仲になり、子供ながらに一緒に遊ぶようになり、これが友達なんだと思うようにもなった。
リラといるだけで寂しさを感じないし、後ろ向きな心が少しずつ改善されていった。
リラは最高の恩人であり、友人だと思っていた。
でもある日……
『逃げてライアちゃん!』
孤児院の院長さんの誕生日プレゼントを、皆で持ち合ってお祝いをすることになった時。
そのプレゼントを探しに、リラと孤児院近くの森へ入った。
森には綺麗で珍しい花があって、それをプレゼントにしようと二人で決めたのだ。
だが運悪く、二人は魔物に見つかってしまった。
普段はほとんど魔物がいない森で、たまに奥地に出没するくらいのはず。
しかし今回はたまたま、冒険者に追われた魔物が近くまで来ていたのだ。
そして二人は襲われて、ライアが怯えて動けないところをリラが庇ってくれた。
リラはライアの目の前で、魔物に大怪我をさせられた。
『リラ、ちゃん……』
あの頼もしくて喧嘩が強くて大きく見えたリラが、ボロボロの姿で横たわっていた。
その光景は、ライアが魔物に対して並々ならない恐怖心を抱くのに充分すぎるものだった。
その後、駆けつけて来た冒険者によって魔物は倒された。
リラも大怪我をしたものの、治療をしたことですぐに元通りの生活を取り戻すことができた。
だが、庇ってもらった罪悪感から、ライアはリラと距離を空けるようになってしまった。
恨まれているんじゃないか、という不安よりも、やはり自分は不幸な存在だから周りと関わらないようにしようと考えるようになった。
そんな折に十二歳を迎えて、神託の儀を受けることになった。
『あなたは特別に神様に愛されている存在――“神の愛し子”です』
そして神の愛し子だとわかるや、すぐにギルドに保護されることになった。
魔物を呼び寄せてしまう体質のため、孤児院からも出ることを余儀なくされて、リラとも完全に離れ離れになってしまった。
寂しい気持ちはあった。けどそれ以上にもう自分の不幸に巻き込むことは無くなったという安心の方が大きかった。
それにこれからは冒険者たちに守ってもらえるので、怖い思いをすることはないのだと。
けれど、ギルドに保護された後でも周囲に不幸を振り撒くことになった。
神の愛し子は定期的に身清ぎの儀を行わなければ死んでしまう。
その儀式のために危険な山奥へと向かわなければならず、冒険者の護衛が必須になる。
自分を狙ってやって来る魔物たちが、次々と護衛の冒険者たちを傷付けていき、これまで以上に周囲に迷惑をかけるようになってしまった。
(自分のせいで誰かが傷付くのは、もう嫌だ)
だからライアは、自分を不幸な存在だと、信じて疑っていない。
――――
二体の魔人の襲撃に遭った後。
ライアの気持ちが落ち着いたのを見てから、僕たちはひとまず休めそうな岩陰に身を潜めることにした。
おそらくライアの愛し子の気配が強すぎて、あまり意味はないかもしれないけど、見晴らしのいい場所にいるよりかは幾分マシだと考えた。
そして岩陰に隠れながら、鳥魔人に付けられた傷をヴィオラに治してもらう。
「【ヒールライト】」
賢者の魔眼のスキルで模倣したらしい、低級の治癒魔法。
治癒魔法そのものが希少なため、模倣できている治癒魔法はこれ一つだけという話だ。
けれどヴィオラの魔力値は現在“1200”で、たとえ低級の治癒魔法でも最上位のものと遜色がない治癒力を発揮する。
何より僕が付けられた傷はかなり浅いため、ヴィオラの治癒魔法一回分で綺麗に治ってくれた。
「ありがとうヴィオラ」
「いえ、また怪我をしたらいつでも言ってくださいね」
これで僕の体も全快。
休んだことでみんなの体力も充分に回復しただろうし、周りには敵の気配も今のところはない。
進んでも大丈夫そうだ。
「それにしても、それなりに大きそうな魔人集団がライアのことを狙ってるなんて驚きだね。神の愛し子だってことを考えると不思議はないのかもしれないけど、ギルドはこの事態を把握してなかったのかな?」
「特にそのような話は聞いていませんよね」
という僕の疑問に対し、ヘルプさんが答えてくれる。
『魔人集団に襲われたという記録はこれまでに一度もありません。おそらくギルドもこのような状況になるとは想定していなかったと考えられます』
「……そっか」
まあ、ギルド側がジャグたちの存在を認知していて、ライアを狙っていると知っていたら、僕たち二人だけに護衛を任せているはずないか。
その可能性をまったく考えていなかったわけではないだろうけど、あくまでも道中の魔物たちからライアを守ってほしいという依頼のつもりだっただろうし。
いっそのこと【ロード】して依頼受注時の時間まで戻して、ギルド側にこの状況を伝えるか?
でもその話を簡単に信じてもらえるとは思えない。
それにもし信じてもらえたとしても、僕たち以外に護衛について来てくれる人手が残っているだろうか?
そもそも僕たちに依頼が回ってきたのも代役としてだし、身清ぎの儀にも時間制限がある。
仕方なく僕たちで護衛を続けるしかなさそうだ。
「じゃあまあ、ちょっとしたトラブルはあったけど、引き続きリミックス高山に向けて進んでいこうか。奴らはまたライアを狙ってやって来るだろうし、連中の体力が回復する前にちゃちゃっと儀式を終わらせちゃおう」
それで儀式が終われば、僕のマップメニューのファストトラベル機能を使ってすぐに町に帰ることができる。
魔人たちにしつこく追い回される心配はないということだ。
だから早いうちに出発してしまおうと、腰を上げようとしたその時……
「…………もう、いいよ」
「えっ?」
不意にライアが、小さな声でそう言った。
「もう、私のことはいいから、このまま町に帰ろう」