第五十九話 「魔人集団」
一人は狼のような半人半獣の魔人。
銀色の獣耳と尻尾を生やし、両腕が同色の獣毛に覆われている。
上裸で黒パンツを着用し、首にはトゲの付いた首輪を着けている。
さらに一人は両腕が鳥のような羽になっている女魔人。
両脚も鳥のように爪の尖った後肢になっていて、恐ろしい形をしている。
大きな水色の羽が邪魔なのか、服らしい服は着ておらずサラシのようなものを巻いて、下はショートパンツを履いている。
「ケッ、せっかくそれなりの冒険者と戦えるかと思ったのによ。護衛はただのガキ二人じゃねえか」
「ちょっと、本来の目的忘れんじゃないわよ。ちゃんと目標を回収しないと私までファゴット様に怒られるでしょ」
突如として現れた二人の魔人は、僕たちを見るやそんな会話を始める。
恐ろしい姿をした魔人が流暢に人間のように話す光景は、相変わらず不気味で呆気に取られていると、不意に後ろから誰かに裾を引かれるのを感じた。
見ると、ライアが微かに体を震わせて、怯えた様子で僕の背中に隠れていた。
魔人たちを怖がっている。
ヴィオラがそのライアを僕から離して、僅かに後ろに下がったのを見てから、改めて魔人たちの方を警戒した。
「……誰だお前たち。僕たちになんの用だ」
そう問いかけると、狼魔人が呆れたように笑う。
「ハッ、勘違いすんな。てめえみてえな雑魚に用はねえよ。俺らが取りに来たのはそこで震えてる“神の愛し子”だ」
「――っ!」
神の愛し子。
その言葉が出てきた瞬間、ライアの顔が一層強張る。
こいつらライアを狙ってやって来たのか。
まあこのタイミングならそれが当然とも言えるけど。
「にしても、そいつが例の愛し子か。ちんちくりんでまるで迫力は感じねえが、確かにうまそうな匂いはすんな」
「勢い余って殺すんじゃないわよジャグ。愛し子はファゴット様のものなんだから」
「わかってるっての」
ファゴット様?
さっきから出ている名前は、仲間の魔人のものとかだろうか。
こいつらまさか、徒党を組んでいる“魔人集団”?
知能が高い人型の魔物である魔人たちは、単独で行動する者と集団で行動する者で分かれる。
そして集団行動の場合は、基本的に集団の長がいて、その魔人の命令で部下たちが行動することが多いと聞く。
もしこの二人の魔人もそうなら、ライアはそれなりの規模の魔人集団に狙われているということ。
奴らに彼女を渡すわけにはいかない。
「あれをファゴット様に献上すんのが俺らの仕事。そこだけは忘れてねえよ」
狼魔人の鋭い眼光がこちらに向けられる。
僕たちは反射的に警戒心を高めて、ライアを守るように身構えた。
狙いがライアというのはわかった。なら僕たちは彼女を守ることだけ考えればいい。
ヴィオラの【リバースルーム】で裏空間に逃げることも考えたけど、少し離れて表空間に出たところでまたすぐにライアの気配を感知されてしまうだろう。
同じように僕の【ロード】を使って時間を巻き戻し、奴らに遭遇しないルートに変更してもどうせすぐに気取られる。
だったら今ここで……
「俺があの銀髪をやる。てめえは女の方だカバサ」
「気安く命令しないでよ」
短いやり取りを終えるや、ジャグと呼ばれた狼魔人は飛び出して来た。
たった一瞬で目の前まで肉薄して来て、僕の頭を狙って右脚を振り上げる。
「ハハッ!」
勢いよく振られた脚は、的確に僕の左頬に迫って来た。
ドガッ!
「あっ?」
その一撃を、僕は危なげなく左腕で防ぐ。
よもや止められるとは思っていなかったのか、ジャグは目を見開いて固まっていた。
その隙を見逃さず、今度はこちらが――
「はあっ!」
逆に右脚を突き出した。
ブーツの靴裏がジャグの腹部を強打する。
「ぐっ……!」
奴はその衝撃で後方に吹き飛んで行き、土煙を上げながら地面を転がっていった。
魔人というだけあって、他の魔物たちに比べたらこいつらは遥かに強いけど……
力も速さも、僕の方が上だ。
この場で充分に倒し切れる。
「ジャグ! あんた何やって……」
「こ、こいつ、ただのガキじゃねえ! 気を付けろカバサ!」
見ると、カバサと呼ばれた鳥魔人も、ヴィオラとライアの方に向けて飛び出していた。
その魔人に向けて、ヴィオラが『王樹の宝杖』を構える。
「【エアロブラスト】!」
瞬間、杖の先端を中心に強風が吹き荒れた。
それは鋭い刃のようになって、カバサの体に傷を付けていく。
「ぐ……うぅ……!」
両腕の羽を盾のようにして構えるが、風の刃が次々とその羽を削ぎ落としていく。
やがて風が止むと、カバサの全身は傷だらけになり、地面には大量の羽が落ちていた。
「わ、私の羽は鋼鉄よりも硬いのに……! なんでこんな子供の魔法で……」
奴らは僕たちのことを侮っていたらしく、驚愕の様子を顔に示す。
よもやここまで戦闘能力が高いとは思わなかったのだろう。
僕の筋力恩恵値やヴィオラの魔力恩恵値は、そんじゃそこらの冒険者とは比べ物にならないほど高い。
ステータスメニューとパーティーメニューの恩恵値操作によって。
「うらあっ!」
僅かに視線を逸らしていると、その隙を突くようにジャグが接近して来た。
鋭利な爪が生えた右手を、貫手のような形にしながら突き込んでくる。
僕は咄嗟に腰裏に携えていた竜晶の短剣を抜くと、奴の貫手を下から弾くようにして斬り上げた。
カンッ! と刃と爪がぶつかった音と共に、ジャグは大きく後ろに仰け反る。
「うっ……!」
続け様に短剣を振りかぶり、隙を晒すジャグの腹部を一閃した。
「はっ!」
ズバッ! と確かな手応えがナイフを持つ手に伝って来る。
奴の腹部は鋭い短剣によって傷が付けられ、じわりと鮮血を滲ませていたが、決定的な一撃と言えるほどではない。
どうやらギリギリのところで身を引き、少しだけ傷を浅く済ませたようだ。
ジャグは即座に飛び退くと、自身の腹に手を当て、滲んだ血を見て歯噛みした。
「こ、このクソガキがぁ……!」
刺すように鋭い視線がこちらに向けられる。
直後、ジャグは地面に両手を突き、まるで四足獣のような姿勢をとった。
グルルルゥ……! と牙を見せて唸っている。
「ちょ、ちょっとジャグ! 私まで巻き添えに……」
「うるせえ! 巻き込まれたくなかったら空にでも逃げてやがれ」
そう言われて、カバサは即座に羽ばたいて空に飛翔する。
同じように僕も何か嫌な気配を感じ取り、咄嗟にヴィオラに向けて声を張り上げた。
「ヴィオラ! ライアと一緒に空間転移を!」
「えっ、モニカさんは……!」
「僕はこいつを倒す。だからヴィオラは安全なところでライアと一緒にいてあげて」
そう伝えると、ヴィオラは一瞬迷うような表情になったが、すぐに頷いて【リバースルーム】を発動させた。
ヴィオラとライアの姿がそこから消える。
僕も二人と一緒に裏空間に逃げて、この魔人をやり過ごした方がいいかもしれないと思ったけど、この先もライアが狙われるのならここで倒しておいた方が確実にいいはずだ。
「俺らアンサンブルに歯向かったこと、後悔させてやるよ……!」
邪気に満ちた声を発したジャグは、特殊な姿勢をとったまま、全身から闘気を迸らせる。
刹那、銀色だった獣毛が、唐突に鮮血のような赤色に変化した。