第五十五話 「同じ境遇」
リミックス高山へ向かう道すがら。
ヴィオラとライアの三人で歩いていて、僕たちの間には微妙な沈黙が下りていた。
正直、すごく気まずい。
別に楽しくお喋りをしなければいけないわけじゃないけど、今回の護衛依頼は長期に渡ると予想される。
リミックス高山まで歩いて二日。
そこからさらに三日を掛けて、魔物を退けながら山登りをしなければならないらしい。
少なくとも五日間は時間を共にするわけだから、今のうちからなるべくいい雰囲気を作っておきたいと思っているんだけど……
「あ、改めて、今回はよろしくね。そうだ、ライアって呼んでもいい?」
「……好きに呼んで」
「……」
端的な答えを返されてしまう。
心の距離というか壁を感じる問答だ。
受付さんの話によれば元々口数が少ない性格だとは聞いているけど、ここまで筋金入りだとは。
ヴィオラに視線を振ると、彼女も困ったように眉を寄せていた。
彼女もどちらかと言えば寡黙な性格で、別に話題作りが得意というわけではない。
だからやっぱりここは、僕が何か面白い話題を提供しなきゃ……!
「そういえば十四歳って聞いたけど、僕の妹もちょうど同い歳なんだ。妹は友達とお喋りするのが好きでさ、家の手伝いを忘れるくらい熱中してお母さんからよく怒られたりしてたんだけど、ライアは普段どんなことして遊んでるのかな?」
同い歳の妹を引き合いに話を広げる作戦。
質問攻めにするよりも、こちらの情報を先出しすることで僅かに警戒心を和らげる意図がある。
そんな思いつきで問いかけてみたのだが、残念ながらライアは変わらず端的な返事をしてきた。
「別に、何もしてない。いつも、ギルドの中で過ごしてるから」
「ギルドの中で……?」
そこで僕は受付さんから聞いた話をにわかに思い出す。
「確か、神の愛し子だってわかってからは、ずっとギルドに保護されてるって話だよね。その方が安全だとは思うけど、お父さんとかお母さんに会えなくて寂しかったりしないのかな?」
魔族から狙われやすい体質なので、ギルドに保護してもらっている方が安全ではある。
何より周りの人たちにも被害が出なくなるので、その方が断然いいだろう。
けどライアはまだ十四歳。両親は心配するはずだし、ライアも寂しい思いをしているんじゃないだろうか。
そう思って問いかけてみるが、思わぬ答えがライアから返って来た。
「両親は、いない。私は元々、孤児だから」
「えっ……」
声を上げて反応したのはヴィオラの方だった。
元々は孤児。
ヴィオラと同じだ。
彼女は生まれた時に病弱なせいで両親に捨てられて、孤児院を営むオカリナおばさんに拾われた。
ライアも同じ孤児だとわかって、ヴィオラはとても驚いたらしい。
「十二歳まで、孤児院にいて、神託の儀を受けて神の愛し子ってわかった。それですぐ、ギルドに保護されたから、心配してくれる人はいないし、私も別に寂しくない」
「……」
ライアは僅かに目を逸らしながら、淡々とした声音で返してくる。
なんだか聞いてはいけないようなことを聞いてしまったような感じだ。
明るい雰囲気にしようと思ったのに、逆にものすごく暗い空気になってしまった。
まさか孤児院育ちだったなんて。
でも、ライアについて一つ新しいことがわかったので、それは良しとしておこう。
また次なる話題を提供しようと、再び頭を回し始めようとしたその瞬間――
『後方から三体の魔物の接近を確認』
「――っ!」
唐突にヘルプさんから報告が来て、僕は咄嗟に後ろを振り返る。
するとヘルプさんの言う通り、黒い狼のような魔物が三体近づいて来ていた。
「い、いや……!」
「……」
魔物たちが接近して来る光景に、ライアが微かに怯えているのを横目に見ながら、僕はヴィオラに叫ぶ。
「ヴィオラ、ライアをお願い!」
「了解です!」
ライアの警護をヴィオラに任せながら、僕は二人の前に出る。
次いで腰の裏に携えていた【竜晶の短剣】を音高く引き抜き、逆手持ちにして力強く構えた。
「ガアアッ!」
黒狼の魔物の一体が、僕の喉笛を噛みちぎらんと飛びかかって来る。
かなり俊敏な動きではあったが、僕は遅れることなく反応して黒狼の真下に潜り込んだ。
飛びかかるような体勢で晒された腹部に、僕は短剣の切っ先を突き込む。
「はあっ!」
ズブッ! と鈍い音と感触が迸り、黒狼は鮮血を散らしながら地に落ちた。
次いですかさず二体目が肉薄して来て、鋭い爪を振り下ろして来る。
その一撃を的確にナイフで弾くと、勢いのままに全霊の回し蹴りを黒狼の首元に炸裂させた。
「ふっ!」
ドゴッ! と確かな手応えが伝わって来る。
二体目も地面に沈んだのを確かめた後、三体目の黒狼の討伐に取り掛かろうとしたが……
「……?」
その最後の一体が見当たらなかった。
『後方です』
「えっ……」
すかさず後ろを振り返ると、最後の一体は僕を素通りして、ヴィオラとライアの元に向かっていた。
より正確に言うならば、ライアの元へ。
「――っ!」
ライアが目を見張って固まる中、その彼女を庇うようにヴィオラが構えた。
「【グラビティパウンド】!」
瞬間、その黒狼に向けて重力魔法が放たれて、ライアの元に届くはずだった魔手をせき止める。
そのまま重力により地面の深くまで押し潰すと、黒狼は絶命して静かになった。
「あ、ありがとうヴィオラ、助かったよ」
「いえ、ライアちゃんのことは任されましたからね」
ヴィオラは得意げな様子で胸を張る。
彼女がいてくれて本当によかった。
「まさか僕を無視してそっちに行くなんて思わなかったよ」
「私と言うよりも、ライアちゃんのことを狙っている感じでしたね。もしかして神の愛し子だからなのでしょうか?」
その可能性は充分にある。
神の愛し子は神様から莫大な恩恵を授かっていて、無意識のうちに神聖な力を周囲に発しているらしい。
魔族はその気配を察知できるようなので、神の愛し子は魔族から狙われやすくなっているとのこと。
最後の黒狼はその気配に誘われて、僕を無視してライアを襲撃しようとしたんじゃないかな。
それほどまでにライアから発せられる神聖な力が、魔族にとって魅力的なものに映っているということ。
油断はできないな。
「ライアも、怪我とかしてない?」
「……だ、大丈夫」
ライアは魔物の脅威が去った後でも、緊張したように声を震わせている。
臆病な性格というのは本当のことらしい。
まあ、この歳の女の子なら仕方がないことなんだろうけど……
なんか、怯え方が人一倍強いような気がした。
気のせいかな……?
(ヘルプさん、敵が接近して来たときの通知範囲、五十メルから百メルまで広げてくれないかな?)
『承知いたしました』
最近になって使い始めたヘルプさんの通知機能。
マップメニューの機能を解放したことで、周囲の状況を地図化して確認できるようになった。
それによって敵の位置もマップメニューに表示されて、地図化された範囲内であればヘルプさんが敵の位置を把握してくれる。
そして敵が接近すれば、自動で通知をしてくれるようになったのだ。
メニュー画面を非表示の状態でも通知をしてくれるので、実質的に感知能力を扱えるようになったということである。
『私の感知魔法の出番が無くなってしまうではありませんか』
それについてヴィオラがやや不満げな反応を見せたけれど、彼女の精神力を節約できるのでこの通知機能は積極的に生かしていきたいと思う。
ライアの身の安全が何よりも大事だからね。
敵に見つかる前に先に気配を察知して、遭遇しないようにするのが一番いい。
んっ? 敵に見つからないようにすると言えば……
「ねえヴィオラ、確か冒険者狩りが使ってた……魔人パンデイロが使ってた“空間転移魔法”を【賢者の魔眼】で模倣してたよね?」
「あっ、あの裏空間に行ける魔法ですか?」
「そそ。それを使って裏空間に転移して、そっちの空間でリミックス高山の山頂を目指せば確実に安全なんじゃないかな?」
冒険者狩りと呼ばれて恐れられていた魔人パンデイロ。
奴はコード大樹海を中心に、魔物と戦っている最中の冒険者を不意打ちする形で襲っていた。
その手口は、空間転移魔法を使用して、裏空間内で冒険者の背後を取り、表空間に再出して攻撃するというもの。
裏空間にいる魔人パンデイロに手出しできる方法はなく、また感知する術もないため奴を捕らえるのは非常に困難とされていた。
ヴィオラの【賢者の魔眼】で模倣ができなかったら、おそらく討伐は不可能だっただろう。
だから僕たちも、その魔法を利用して裏空間に移動し、その空間で目的地を目指した方が安全なんじゃないかと考えてみた。
けれど……
『魔人パンデイロから模倣した【リバースルーム】の魔法を使い、裏空間内でリミックス高山の山頂を目指すのは現実的ではありません』
「えっ、どうして?」
『【リバースルーム】にて空間転移した場合、その転移地点を中心に一定距離までしか裏空間内では移動ができません。従って空間転移魔法を使っての移動は、一定距離ごとに都度魔法を使用して表空間と裏空間を行き来することになり、ヴィオラ様の精神力の消費が甚大なものになると予想されるからです』
「……」
ヘルプさんに口早にそう教えてもらったけれど、僕程度の頭では理解が追いつかなかった。
えっとつまり、裏空間に行っても少しの距離しか移動ができないってことだよね?
だからずっと裏空間の中を歩けるわけじゃないから、限界距離まで到達したら表空間に戻って来て、再び裏空間に転移しなきゃいけなくなるということ。
確かにそれは手間だし、ヴィオラの精神力の消費もかなりなものになるだろう。
いくら『王樹の宝杖』の【聡明】のスキルで精神力の消費が半減しているとはいえ、一定距離ごとに空間転移魔法を使用して移動するなんて無茶が過ぎる。
しかも三人まとめての転移となると精神力の消費はひとしおだろう。
『また、【リバースルーム】にて裏空間に転移した人物は、自動的に五分後に表空間に再出されます。以上のように距離制限と時間制限がありますので現実的ではないかと』
時間の制限まであるんだ。
それなら尚更ヴィオラの精神力の消費も大きくなると予想できるし、彼女に無茶はさせられないからね。
それとも、パーティーメニューでヴィオラの精神力に恩恵値を集中させる?
いやでも、精神力を消費し切った後に、恩恵値を元に戻した場合は体にどんな変化が出るかわからない。
そもそも魔力値を減らしたら、三人まとめての空間転移魔法も出来なくなる可能性もある。
「んっ? どうかしたんですかモニカさん?」
「ごめん、ヘルプさんがその方法は現実的じゃないってさ」
その理由を話すと、ヴィオラはこくこくと頷いて納得してくれた。
思い返せばパンデイロも、ずっと裏空間にいたわけじゃないし、ほぼ常にコード大樹海のちょうど中心を位置取っていた。
おそらく樹海の中心で空間転移魔法を使えば、裏空間内で樹海全域に移動ができるからだったのだろう。
うーん、いい方法だと思ったんだけどなぁ。
あくまで空間転移魔法は、面倒な敵と遭遇した時に使う逃亡策くらいにしかならないだろう。
「まあしょうがないか。じゃあ、ここから先は魔物も多くなりそうだし、より慎重に進んで行こう」
「はい」
「……」
ヴィオラとライアの二人と共に、改めてリミックス高山へ向けて前進して行った。