第五十三話 「神の愛し子」
「神の、愛し子……?」
聞き慣れない言葉に思わず首を傾げてしまう。
ヴィオラは知っているだろうかと思って視線を向けると、彼女も怪訝な顔をしていた。
ヘルプさんに聞けば一発でわかることだろうけど、その様子を見た受付さんが説明を重ねてくれる。
「神の愛し子とは、その名の通り“神に愛された人物”のことです」
「神に愛された……?」
「私たちは神様から恩恵を与えられていますよね。十二歳を機に成人と認められた者が、神託の儀によって神様から『恩恵』と『スキル』を授かることができます」
それはさすがに知っている。
僕も十二歳になった時に神託の儀を受けて、それで恩恵とメニュー画面のスキルをもらったんだから。
「授けられる恩恵とスキルには個人差があり、成長の速度も各々違います。そして神の愛し子は……」
受付さんは一泊置いて、強調するように言った。
「他の人たちとは一線を画する“莫大な恩恵”を与えられし存在なのです」
莫大な恩恵。
なるほど、だから神に愛された存在……神の愛し子っていうわけか。
神様から強大な恩恵を与えられていて、特別に大切にされているように見えるから。
「どのくらい莫大なものかと言いますと、あまりにも恩恵が強大すぎて、無意識のうちに力が外に溢れ出してしまっています」
「そ、それはまたとんでもない存在ですね……」
「えぇ。しかしそのせいで、魔人や魔物から気取られやすい体質になっていて、街の外に出ればすぐに魔族に襲われてしまうのです」
ようは魔人や魔物にとって良い匂いを発している、みたいな感じか。
力が溢れ出ているなら、逆に魔族たちは警戒して襲って来ないんじゃないかとも思えるが、それはむしろ逆。
魔族は人間を殺すと邪神から祝福されて恩恵が増していき、特に強い人間を殺すほどより強く成長していくと言われているから。
そのため莫大な恩恵の気配をその身から発している神の愛し子は、言ってしまえば魔族にとって“格好の餌”というわけだ。
確かにそんな存在なら、護衛対象になるのも大いに理解できる。
その時、ヴィオラがふと素朴な疑問を口にした。
「そ、それだけ強大な恩恵を授かっているのでしたら、襲いかかって来た魔族を返り討ちにしてしまえばいいんじゃないでしょうか?」
「もちろんそれができたら一番いいのですが、くだんの愛し子はまだ十四歳の少女で、臆病な性格も相まって戦闘能力がほとんどないんです」
力があるからと言って、それが上手く使えるとは限らない。
恵まれたスキルを授かっているのに一般市民として生きている人も大勢いるくらいだし、神の愛し子だからって戦いが得意な人物というわけではないようだ。
となるとその少女は、本当にただ魔族に狙われやすい体質というだけになる。
「だからその子の護衛をしてほしいというのはわかりました。ただそれなら、なるべく外に出ないで町の中にいた方が安全なんじゃないんですか?」
外に出なければならない用事は、なるべく他の人にお願いする。
ずっとそうするのは難しいと思うけれど、ある程度の用事なら他の人に任せてしまえばいい気が……
「確かにずっと町にいられれば護衛を付ける必要もないのですが、そういうわけにもいかないのですよ」
「えっ?」
「神の愛し子に与えられている恩恵は、先ほどもお伝えしたように莫大なものになっています。そのあまりにも規格外の恩恵は、人間の肉体には適していないものなのです」
……どういう意味だろう?
恩恵が人間の肉体に適していない?
僕たちの体にも恩恵は宿っているはずだけど、その規格外の恩恵だと何か悪影響でもあるのだろうか?
「人の体は汚れやすく、本来であれば神聖な恩恵の力を留めておくのにあまり適していないとされています。神の愛し子の場合は特にそれが顕著で、下界の空気に触れ続けて体が汚れていくと、やがて莫大な恩恵が拒否反応を示すようになるとのことです」
「恩恵の拒否反応? 体に何かしらの異常が起きるということですか?」
「過去の文献によりますと、全身に強烈な痛みが走るとのことです。いわく、その痛みのあまりショックで死に至る可能性もあるとか」
「……」
痛みのあまりショックで死ぬ。
それほどまでに恩恵の拒否反応とは凄まじいものなのか。
僕たち一般人の場合は特にそのような症状に悩まされることはないけど、神の愛し子の場合は与えられている恩恵が莫大かつ神聖なものだから、肉体の汚れに伴って拒否反応が出るということだろう。
魔族にも狙われやすくて拒否反応も出るなんて、なんとも不憫な体だ。
「ですから神の愛し子は定期的に『身清ぎの儀』にて体を清めなければならないのです。その儀式を行えるのがなるべく天界に近い場所でなければならず、一定標高以上の高山……この辺りで言えばリミックス高山の山頂が儀式が可能な場所となっております」
「じゃあ、そこまでその子を護衛するのが僕たちの任務ってことですか」
「はい、その通りでございます」
町の外に出なければ魔族に襲われることはないと思ったけど、まさかそんな事情があったなんて。
定期的に特定の場所に赴いて『身清ぎの儀』を行わなければ、全身が激痛に襲われることになる。
だから肉体が完全に汚れてしまう前に、山の上まで行って体を清めなければならない。
そこまでの護衛が僕たちの仕事というわけだ。
「神の愛し子が滞りなく身清ぎの儀を終えられるように、お二人には彼女を守ってほしいのです。神の愛し子には昔から冒険者として人類のために尽力していただき、ギルドとしては大切に守っていきたい存在ですから」
いずれは立派な冒険者になる有望株でもあるわけだからね。
ギルドが大枚を叩いて守りたがるのも頷ける。
500万の護衛依頼か……
鍛冶メニューのおかげで貯蓄もかなり増えて、さらにその追い風ともなる特別依頼。
ヴィオラの方に視線を向けると、彼女も微笑みを浮かべて頷いていた。
どうやら彼女も僕と同じ気持ちらしい。
「その護衛依頼、是非僕たちに受けさせてください」
「はい、ありがとうございます」
祝福の楽団は、神の愛し子の護衛依頼を受けることにしたのだった。