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第四十六話 「遠い目標」


 一面に広がるは砂の景色。

 僕たちを苦しめるは燃えるような暑さ。

 地面から照り返す日差しで常に肌が焼かれ続けている。

 僕とヴィオラは過酷なその環境で、背中を合わせながらじっと佇んでいた。

 やがて、『ザザザザザッ』と砂が動く音が聞こえて来る。


「モニカさん来ました!」


「――っ!」


 ヴィオラの視線の先に目を向けると、大量の砂を掻き分けながらこちらに近づいて来る“何か”が見えた。

 僕は咄嗟にヴィオラを抱えてその場から跳び上がる。

 直後、僕たちがいた場所に『バクッ!』と大きな口が現れた。

 巨大ミミズのような細長い体がズルズルと出て来て、再びそいつは砂の中へと戻って行く。


 サウンド大砂漠に出没する人喰い巨大虫――砂虫(サンドワーム)

 頻繁にキャラバンを襲っている魔物で、これまで数多くの人が犠牲になっている。

 繁殖力も強く、砂漠地帯の至る所でその姿が目撃されていて、冒険者ギルドに討伐依頼が出されている。

 討伐推奨階級はAランク。

 祝福の楽団はAランクパーティーとして、砂虫(サンドワーム)討伐の依頼を任されて、パンク王国のサウンド大砂漠へとやって来ていた。


「ヴィオラ、炙り出しお願い」


「わかりました!」


 地面へと着地した僕たちは、発見した砂虫(サンドワーム)を討伐するべく始動する。

 まずはヴィオラの魔法で奴を砂の中から引き摺り出す。


「【フラッドドルフィン】!」


 彼女が空に杖を向けると、頭上に巨大な青い魔法陣が出現した。

 そこから水音が聞こえたかと思うと、『ザブッ!』とイルカの形をした水の塊が飛び出して来る。

 大容量の水をイルカの形に変えて、その質量によって相手を押し潰す水魔法――【フラッドドルフィン】。

 通常この魔法は、相手に多大な質量をぶつけてダメージを与えるものだが、今回は少し違った使い方をする。

 ヴィオラの魔法操作で砂の地にイルカが叩きつけられて、辺りに大量の水が四散した。

 それにより砂が水を吸い上げる。


 ヴィオラの規格外の魔力値によって、水の塊はイルカというよりクジラ以上の大きさになった。

 これだけ大容量の水があれば、この辺りの砂を一気に湿らせることも充分に可能。

 そして砂の中を縦横自在に動き回れる砂虫(サンドワーム)は、砂が水を吸うと移動が困難になり、地上に顔を出すという弱点があるのだ。

 本来は向こうが攻撃をして来た瞬間に、それを躱して反撃という形で攻撃をするのが定石となっているが、ヴィオラがいれば強引に砂虫(サンドワーム)を引き摺り出すこともできる。

 その狙い通り、砂虫(サンドワーム)は『ギギギッ!』と苦しそうな声を上げながら、巨大ミミズのようなその体を地上に晒した。


「う……らあっ!」


 すかさず僕は肉薄し、飛び出して来た砂虫(サンドワーム)に渾身の蹴りを食らわせる。

 ドゴッ! と凄まじい音と衝撃が広がると、砂虫(サンドワーム)は威力のあまり“く”のような形になって吹き飛んだ。

 直後、後方の岩石に勢いよく激突し、力なく地面に倒れる。


砂虫(サンドワーム)の絶命を確認。戦闘お疲れ様でした』


「ふぅ……」


 ヘルプさんからその報告を受けて、ようやく僕は胸を撫で下ろす。

 そしてヴィオラと目を合わせると、お互いに手を掲げて『パンッ』と打ち合わせた。

 Aランク依頼、無事に達成です。




 祝福の楽団がAランクに昇級してから一ヶ月。

 僕たちは順調にAランク依頼をこなしていた。

 現在はパンク王国と呼ばれる南方の国にいて、主に砂漠地帯の危険な魔物を討伐している。

 この辺りに出没する魔物はかなり強敵で、各地からAランク以上の冒険者たちが集められている。

 僕たちは特別昇級などでいきなりこの階級まで上がってきたけど、実力不足で躓くようなことも今のところはない。

 恩恵の数値も……


◇アルモニカ・アニマート

筋力:S1000

頑強:A720

敏捷:A720

魔力:F0

体力:F0

精神力:F0

幸運:F0


◇スキル

【メニュー】・メニュー画面を開いて操作が可能


 この通り順調に伸びているし。

 依頼報酬も高額になったことで実入りもよくなり、貯蓄もますます増えていた。


 ただ……


「……今の手持ちが350万ノイズかぁ」


「モニカさんの目標まではまだまだ遠い感じですね」


 マップメニューのファストトラベル機能で町に帰って来た僕たちは、宿屋に向かいながらそう言い合う。

 僕が冒険者として活動している理由はたった一つ。

 妹のコルネット・アニマートの呪いを治してあげるため。

 治療に莫大な費用が掛かり、冒険者として大成することでしか稼げないほどの額になっているのだ。

 その治療費、実に5000万ノイズ。

 Aランクに昇級して実入りがよくなったのは事実だけど、まだまだその目標には程遠い。


「やっぱりSランクにならなきゃ5000万を貯めるのは時間が掛かりそうだね。でも次の昇級試験もいつ受けられることやら」


「Sランク昇級試験に必要な印章の数も、一気に増えてしまいましたからね」


 昇級試験を受けるためには、依頼達成時に得られる“印章”を一定数集める必要がある。

 そしてSランクへの昇級試験を受けるためには莫大な数の印章がなければならないのだ。

 これもまた集めるのに時間が掛かりそうで、妹のコルネットが元気になる日もいつになるのかまったくわからない。

 5000万はいったいどれくらいで貯まるんだろうか?

 という僕の心の疑問を聞き取ったのか、ヘルプさんが残酷な事実を突きつけてきた。


『コルネット様の解呪費用5000万ノイズを貯蓄できるまで、およそ“三年”ほど掛かると予想されます』


「えっ?」


 三年?

 5000万を貯めるまで、あと三年も日数が掛かるのか?

 しかし冷静に考えてみればそれだけの時間が掛かってもおかしくないと思える。

 Aランクのままでは5000万を貯めるのは相当難しい。

 それこそ三年以上の期間が必要になるだろう。

 だからSランクへの昇級をまず目指すのが正当な道となる。

 そのSランクになるまでの期間と、そこからさらに5000万の貯蓄に到達するまでの総時間を計算すると、“三年”という答えが導き出されるようだ。


『より厳密に言いますと、順当に依頼をこなしていって昇級まで一年。そこから5000万の貯蓄を達成するまで二年かかると予想されます』


 思えば勝利の旋律にいた時も、AランクからSランクになるのは相当な時間が掛かったと記憶している。

 そうでなくても僕たちは、早熟したせいでまだギルドからの信頼が薄い。

 他のパーティーに依頼を回されてしまって、依頼の受注量がやや乏しい状況なのだ。

 ヘルプさんはその辺りも計算に入れて、三年という答えを出したのだろう。

 現在の貯蓄は350万だけど、これも冒険者狩りを討伐した特別報酬と昇級報酬が一気に入ってきたおかげだし、単純に依頼達成だけで5000万を貯めようとするのは難しいか。


「んっ? どうかしたんですか?」


「いやね、ヘルプさんが5000万を貯めるのにあと三年は掛かるだろうってさ。それも順当に行ってそれくらいの期間だって」


「それはまた、気が遠くなるようなお話しですね」


 静かにため息を吐く僕を見て、ヴィオラは心配するように声を掛けてくれた。


「でも、そもそも5000万ノイズを貯めること自体が至難だと言われているのに、それがあとたった三年で達成できると考えれば短いと思いませんか?」


「まあそれもそうなんだけどね。ただ、やっぱりなるべく早く妹の呪いは治してあげたいなって思ってるから」


「確か、体が弱る呪いを掛けられていて、まともに立って歩くことも難しいほど衰弱しているんですよね? それは可哀想ですから、早く治してあげたいですよね」


「気持ち的な問題もそうだけど、ほとんど歩けないままの生活が長く続くと、たとえ解呪できたとしてもその後のリハビリが大変になるんだってさ」


 時間を掛ければ掛けるほど、妹のコルネットが苦しむことになる。

 だから彼女を蝕んでいる呪いはなるべく早く治してあげたい。

 もうすでに呪いを掛けられてから七年ほど経っているので、そこからさらに三年も待たせてしまうのは忍びないから。

 でも5000万の解呪費に一気に近づく良い手があるわけでもないし、地道にやって行くしかないよねぇ。

 と、人知れず肩を落としたところで、僕たちはとっている宿屋に辿り着いた。

 その時、ヴィオラがふと思い出したように問いかけてくる。


「そういえば、メニュー画面のシステムレベルは上げないんですか?」


「えっ? あぁ、そういえばそうだった」

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