第四十五話 「メニュー画面を開けます」
冒険者狩りの討伐を終えてから三日後。
討伐証明として持ち帰って来た亡骸が、対象のパンデイロであると認められて、依頼は無事に達成となった。
そしてトランスの町のギルドに呼ばれた僕たちは、受付さんからAランク昇級を言い渡されて、ついでに依頼報酬と昇級報酬を合わせて頂戴した。
「えっ、こんなにもらえるんですか!?」
「はい。冒険者狩りの討伐はSランク依頼に相当されますので、それに見合った報酬を設定させていただきました。加えてAランク昇級への昇級報酬も加算されて、こちらの金額になっております」
その額、なんと驚きの“500万ノイズ”。
昇級報酬も上乗せされているとはいえ、さすがにSランク依頼の報酬はとんでもないな。
ヴィオラと二等分にしても、250万ノイズが一気に手に入るなんて。
「ここ、こんな大金持ったの初めてなんですけど……!」
「ぼ、僕も同じだよ……」
今までなんて10万ノイズかそこらでも大騒ぎだったんだから、それがいきなり250万なんて動揺して当たり前だ。
ダメだ。階級が一気に上がりすぎたせいで、僕たちの金銭感覚が追いついていない。
これなら目標にしている5000万に、想像以上に早く辿り着けるかも。
「それでは、祝福の楽団の今後の活躍を期待しております!」
それで手続きは終了し、僕たちは晴れてAランクパーティーになった。
しばらくその余韻に浸るように、待機所のベンチに腰掛けていると、辺りから冒険者たちの視線を感じる。
「祝福の楽団、Aランクになったらしいな」
「このまま本当にSランクまで行くんじゃねえのか?」
「いくらなんでも早すぎるだろ」
そういった視線にはいまだに慣れていないため、僕たちは気まずい空気の中で話す。
「私自身、こんなにも早くAランクになれるとは思いませんでした。全部モニカさんのおかげですね」
「いや、僕の力だけじゃ絶対にここまで来られなかったよ」
すでに数え切れないくらいヴィオラには助けてもらったし。
冒険者狩りのパンデイロを討伐するのも、ヴィオラなしでは絶対にできなかったことだから。
そのつもりで言ったのだが、ヴィオラから思わぬ返答をされてしまった。
「いいえ、やっぱりモニカさんのおかげですよ。私の魔力はモニカさんの『メニュー画面』のおかげで強くなっていますので、実質私の力はモニカさんの力ということになりますから」
「そ、そうなの、かな……?」
確かに『パーティーメニュー』の力でヴィオラの恩恵値は操作しているけれど。
それで実質僕の力というのは無理があると思う。
やっぱりヴィオラ本人に備わっている賢者の魔眼の力が相当大きいように感じる。
と、そろそろ殺到する視線に耐え切れなくなったので、僕たちはギルドを出ることにした。
そしてAランク昇級のお祝いをするために、どこか食事処へ入ろうと話し合っていると……
「……?」
ギルドを出てすぐの通りに、金髪の女性冒険者が立っていた。
勝利の旋律のリーダーであり、僕の幼馴染であるホルン・カプリシユ。
まるで僕たちがギルドから出て来るのを待っていたかのように、こちらの歩く先に佇んでいる。
ギルドでそれなりに注目を浴びていたから、僕たちがいるとわかってやって来たのだろうか?
何の用事かは知らないけど、ホルンを見た瞬間に僕はとある話を思い出す。
そういえば勝利の旋律は、昨日SランクからAランクに降格したと聞いた。
メンバーの状況からもそうなる可能性が高いとは思っていたけど、もしかしてそれに関して何かを言いに来たのか?
「私は今でも、あんたを追い出したことは間違ってなかったって思ってる」
「……」
脈絡のない切り出しに、僕は思わず面食らってしまう。
しかしホルンの真剣な表情を見て、ただからかうために来たのではないと悟った。
僕の方も真面目に耳を傾けて、ホルンの言葉を正面から受け取る。
「だから今さら戻って来いなんて言わない。あんたの力にも頼らない」
ホルンは力強い声音で、宣言するように続けた。
「あんたなんかいなくても、勝利の旋律をまたSランクに戻してみせる。今度は“確かな強さ”を手に入れて、あんたのパーティーだって完全に追い抜いてやるんだから」
どうしてわざわざそんなことを伝えに来たのか。
僕にはそれが簡単にわかってしまう。
決まっている。これはただの負け惜しみだ。
僕がパーティーを追い出されたことに負け惜しみを言ったように、ホルンも降格したことについて負け惜しみを言いに来ただけ。
いや、もしかしたらこれは、自分への戒めと決意表明の意味もあるのかもしれない。
あのホルンが、『確かな強さ』とはっきり言うなんて。
Sランクになるのはまだ早かったのだと、今回の戦いで心を改めてくれたみたいだ。
「僕だって負けない。勝利の旋律よりも早くSランクになって、夢を叶えてみせる」
こちらもお返しとばかりに決意表明をすると、ホルンは小さく鼻を鳴らして気に食わなそうに視線を逸らした。
それから彼女は、横目にこちらを見ながら後ろ手に持っていた“皮袋”を差し出してくる。
「それと、これ」
「……?」
「あんたに借りを作りっぱなしなのは気色悪いから、さっさと受け取りなさいよ」
なんだろうと思いながら、恐る恐る袋を受け取り、中身を確認してみると……
ノイズ金貨がパンパンに詰められていた。
「えっ、これ……」
「元々あんたから取り上げた道具を売って手に入れたお金だし、あんたに返しておくわ」
いや、それだけの金額ではない。
僕が勝利の旋律にいた時に使っていた道具は、確かに値の張るものが多かった。
しかしそれらをすべて売ったとしても、この皮袋の半分くらいしか埋められないだろう。
つまりこの中には、かなりの色が付いているということである。
これはホルンなりの“謝礼”、ということなのだろうか……?
「……じゃあね」
ホルンは謝礼を渡すや、すぐにこの場を去って行った。
対して僕は彼女からそんなものを受け取るとは思ってもみなかったので、再び面食らって固まってしまう。
どういう風の吹き回し、と言うと意地が悪くなってしまうが、正直それくらいの衝撃を受けた。
もしかしたらホルンも、色々と変わろうとしているのかもしれない。
今回の戦いで、彼女は色々なものを見ただろうから。
そのやり取りを傍らで見守っていたヴィオラが、僕の顔を覗き込みながら微笑んだ。
「手強い競争相手ができちゃったかもしれませんね」
「……かもね」
もちろん僕は負けるつもりはない。
ホルンたちよりも先にSランクに昇級して、もっとたくさん活躍できるようになるんだ。
それでコルネットの呪いを、一日でも早く治してやる。
ヴィオラも貧民街の孤児院を助けるという目的のために、一緒にSランクを目指してくれるし、こんなにも心強い仲間が隣にいてくれるからきっと叶えられるはずだ。
「さーて、改めてAランク昇級のお祝いでもしに行こっか」
「はい、そうですね。どこのお店に入りますか?」
「うーんと、そうだなぁ」
僕は心の中でヘルプさんに問いかける。
困ったことがあったらヘルプさんに聞くというのが、もうすっかり癖になってしまった。
「ヘルプさんが、『トランスの町の食事処は今のところ空席がほとんどない』ってさ。だからスカの町に行ってお祝いした方がいいかもって」
言いながら僕は、手慣れた動作でメニュー画面を開く。
「マップメニューのファストトラベル機能を使えば、一瞬でスカの町に行けるし、宿屋に置いてある荷物とかも僕のアイテムメニューに入れれば楽に持ち運びができるし、今すぐにスカの町に向かおうよ」
そう提案すると、ヴィオラはなぜか微かな笑い声をこぼした。
僕、何かおかしなことでも言ったかな?
「ヘルプさんに、マップメニューに、ファストトラベルに、アイテムメニュー……それだけでなく恩恵の数値を操作することもできるなんて、本当に色々と便利な力ですよね。私も『メニュー画面』がほしいですよ」
微笑んだ理由は、どうやらメニュー画面の便利さを改めて目の当たりにしたからのようだ。
僕自身、確かにかなり便利だと思っているし。
ずっと傍でそのメニュー画面を見ているヴィオラが、このように羨ましく思うのも当然である。
でも残念ながら、それは叶わない。
「この世界で僕だけ、メニュー画面を開けるからね」
僕は得意げになってそう言いながら、大切な仲間と一緒に再び道を歩き始めた。
第二章 おわり