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第四十四話 「この世界で僕だけ」


 ヴィオラが模倣した転移魔法で辿り着いたのは、先ほどと景色の変わらない場所だった。

 木々に囲われた樹海の中。

 今さっきまで戦っていた黒狼たちの姿も見える。

 しかしその景色はどこか朧気で、木や地面に色も付いておらず白黒の世界になっていた。

 黒狼たちは僕たちの存在に気が付いていないし、こちらも黒狼に触れることはできなくなっている。


「ここが裏空間、か」


 僕たちがいた表空間とは、また違った場所に存在する空間。

 こんな風になっているんだ。

 裏空間からは表空間の様子もわかるようになっている。

 確かにこれなら対象者の背後を取って不意を突くのは簡単だな。

 暗殺には打ってつけの魔法ってことか。

 するとそこには、くだんのパンデイロもいた。

 突然現れた僕たちを見て、目をこれでもかと見開いている。


「な、なぜあなたたちがこの空間にいるのですか!? いったいどうやって……」


「あなたと同じ魔法を使っただけですよ」


 得意げにそう返答したのはヴィオラだった。

 そう、彼女は『賢者の魔眼』のスキルを持っているため、一度見た魔法を模倣できる。

 それで空間転移魔法を模倣して、裏空間までやって来たということだ。

 ヴィオラの前で魔法を見せてしまったのが運の尽きだったな。


「ま、魔法の模倣ができるなんて、いったい何者なのよこの子……」


 改めてヴィオラの力を目の当たりにしたホルンが、驚愕した様子で彼女を見ていた。

 するとパンデイロは、再び大手を広げて魔法を発動させようとする。


「クソッ! それならもう一度……」


 瞬間、僕は地面を蹴って一息でパンデイロに肉薄した。

 勢いのままに蹴りを繰り出し、奴は咄嗟に左腕で身を守る。

 しかしこちらの力の方が上だったため、腕のガードを無視して吹き飛ばした。


「ぐあっ!」


 パンデイロは地面を転がり、苦しそうに顔をしかめる。

 あの魔法を使う隙は与えない。

 確実にここで仕留めてやる。

 続け様に追撃しようと構えると、パンデイロは突然僕から視線を外した。

 奴はヴィオラとホルンの方に目を向けると、ドス黒い笑みを浮かべて走り出す。


 その行動の意味を、僕はすぐに悟った。

 僕との対面戦闘を諦めて、まずは女性組を狙うことにしたようだ。

 僕たちが黒狼と戦っていた様子は奴も見ていただろうし、僕よりもやりやすいと考えたのだろう。

 そしてどちらか一方でも捕らえて“人質”にしてしまえば、僕の動きを制限することもできるようになる。

 さすがのヴィオラも、魔法使いである以上は近接戦闘が不得手だと思うはずだから。


「アハハッ!」


 パンデイロは漆黒の短刀を取り出しながら、それを女性たちに向けて突き込んだ。

 だが――


 ガンッ!


 殺意が込められた刃は、彼女たちに届くことなく空中で止まっていた。


「な、なんだこの壁は……!?」


 不可視の壁に阻まれたように、パンデイロの刃は完全に静止している。

 よくよく目を凝らすと、ヴィオラとホルンの周囲には半透明の障壁が展開されていた。

 自己防衛魔法――【パーソナルスペース】。

 あらゆる害意に反応し、自動的に魔力障壁を発生させて術者の身を守る防護魔法、だそうだ。

 魔力の恩恵値が高い分、耐久力はないはずだと誰もが考えるだろう。

 しかし幾百幾千の魔法を扱えるヴィオラは、それらを応用して不足している耐久力も充分に補うことができるのだ。

 まさに隙一つない完璧な魔術師である。


「【グラビティパウンド】!」


 さらには重力魔法による反撃。

 パンデイロは重しを乗せられたかのように地面に押されて、再び苦しそうに顔を歪めた。


「て、手札の多さが、尋常ではない……!」


 次第に地面に押しつけられていき、パンデイロは歯を食いしばりながら踏ん張り続ける。


「この、わたくしが……! こんな、ところで……!」


 パンデイロは地べたを這いずりながら少しずつ体を動かす。

 その手が僅かに重力魔法の外に出ると、がむしゃらに地面を引っ掻きながら体を引っ張った。


「こんなところで、殺されるものかァ!!!」


 直後、飛び出すようにして重力魔法の領域から抜け出す。

 汗だくになったパンデイロの顔に再び笑みが戻るけれど……

 その隙を見逃すほど、僕はお人好しではなかった。


「――っ!」


 パンデイロが抜け出して来る位置であらかじめ待っていた僕は、拳を握りしめて思い切り振りかぶる。

 奴は勢いを止めることができずにこちらに迫って来て、絶望によって笑みを失くしていた。

 今まで弄んできた冒険者たちと同じ痛み、その身で存分に味わえ!


「う……らあっ!!!」


 ドゴッッッ!!!

 迫って来るパンデイロの顔に、全力で拳を叩き込むと、その衝撃で辺りに突風が吹き荒れた。

 僕は勢いを緩めることなく、パンデイロの顔を地面に叩きつけて、二度目の衝撃と轟音が周囲に四散する。

 裏空間の地面はそのあまりの威力に陥没しており、パンデイロの顔も見分けがつかないほどに潰れていた。


『魔人パンデイロの絶命を確認。戦闘お疲れ様でした』


「ふぅ……」


 僕は息を吐きながらゆっくりと体を起こす。

 筋力恩恵値1000はやはり凄まじい。

 初めは恩恵が体に馴染んでおらず、体自体の動かし方もわかっていなかったから、野盗の大男も気絶させるくらいしかできなかったけれど。

 今はだいぶこの感覚に慣れてきたので、恩恵を最大限に生かして戦うことができている。

 振り返ると、そこには笑みを浮かべて手を振るヴィオラと、驚愕して言葉を失くしているホルンがいた。

 どうやら一撃で冒険者狩りを粉砕したため、その剛腕に改めて驚いているようである。


「やりましたねモニカさん」


「うん、ヴィオラのおかげだよ」


 二人で連携したおかげで流れるように魔人を倒すことができた。

 僕の自慢の仲間の実力は、充分にホルンに見せつけることができたかな。

 そして僕自身の成長も。


「僕は今、これだけ頼もしい仲間と一緒に冒険をしてる。勝利の旋律を追い出された惨めな冒険者だったけど、今はこうして仲間にも恵まれて充実した冒険者活動をしてるんだ」


 今の僕の気持ちを、改めてホルンに聞かせる。


「だから結果的に、勝利の旋律を追い出してもらえてよかったって思ってるよ。おかげで今は、こうして『祝福の楽団』があるんだから。僕はもう勝利の旋律には戻らない。祝福の楽団のモニカとして、夢を追いかけて行くよ」


「……」


 負け惜しみは、この辺りでおしまいでいいかな。

 もう充分、僕の気は晴れたからね。

 パーティーを追い出された時からずっと抱えていた悔しさを、僕はこの時ようやく発散することができたのだった。


「…………これが、本当の強さ」


 それに対してホルンは、何かを言い返してくることはなかった。

 てっきり一言二言、棘のある言葉を返してくるかと思っていたけど。

 彼女はただ、何かを考えるように静かに俯いていた。


 こうして僕は、因縁深き相手への仕返しも済ませて、ついでにAランクへの昇級試験も達成したのだった。

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