第四十二話 「優しさ」
ホルンと行動を共にすることになった後。
僕たちはマップメニューに表示された冒険者狩りを目指して樹海を進んだ。
ホルンが誘花の花粉を浴びているため、度々魔物たちが襲いかかって来るがそれもすべて撃破していく。
やがてこちらの存在に気が付いた冒険者狩りが、向こうからやって来るだろうと思いながら少しずつ近づいて行く中、不意にホルンが僕に尋ねてきた。
「なんであんた、いきなりそんなに強くなってんのよ」
すごく訝しい目で僕のことを見ている。
というか睨んでいると言った方が正しいだろうか。
まあ、僕の実力を熟知しているホルンには不思議に映っていることだろう。
三大危険区域の一つと言われているコード大樹海の魔物たちを、僕が殴り倒している光景なんて。
今さらホルンに話しても意味はないと思ったけれど、ちょっとした仕返しのために一応話しておくことにした。
「僕の『メニュー画面』は覚えてるだろ? あれ、荷物を出し入れするだけの機能じゃなくて、もっと色んな機能を覚醒させることができたんだよ」
「色んな機能?」
「自分が授かってる恩恵の数値を自由にいじれたり、仲間の恩恵の数値も操作してあげることができたり。それで僕は筋力の恩恵を“1000”まで上げて戦ってるんだ」
「……」
我ながらなかなかに意地悪なことを言えたと思う。
僕は『メニュー画面』の力で、恩恵を操作して強くなることができた。
そして仲間の恩恵も同じように操作することができる。
そう、僕が勝利の旋律にいたままだったら、彼女たちももっと強くなることができたということなのだ。
という今さらの情報を開示することで、僕を追い出したことをちょっと後悔させてやろうという仕返しだったんだけど……
「恩恵を、操作……? な、何よその、デタラメな力は……」
それは上手くいかなかったようで、どちらかと言うとホルンは驚きの方が強かったらしい。
悔しがってくれたら思惑通りだったんだけどなぁ。
ていうかこの機会だから、こっちも気になっていたことについて聞いておくことにしよう。
「そっちこそ、他のみんなはどうしたんだよ? Sランクに昇級してからまったく勝利の旋律の噂とか聞かなくなってたけど……」
「す、少し調子が悪かっただけよ! 私たちが本気を出せば……」
そんな風に強気に言い返してきそうになるが……
ホルンはすぐに静かになり、次いで悔しそうな声音で言う。
「私以外、全員やられたわ。別に死んじゃいないけど、戦線に復帰できる目処も立たないくらいの重傷よ」
「……そっか」
だからホルンは一人で行動しているわけか。
にしてもやっぱり、危惧していた通りの展開になってしまったらしいな。
勝利の旋律は少し無茶をする癖があったから、幾度となく仲間たちが失敗するのを見てきた。
だから【セーブ】と【ロード】でやり直しができない分、大きく躓くことになるんじゃないかと思っていたけど……
やはりパーティーは半壊状態になってしまったようだ。
いいや、これは僕にも責任がある気がする。
これまで【セーブ】と【ロード】でやり直しをしてきて、勝利の旋律は確実に依頼を達成してきた。
もしかしたらそのせいで、彼女たちに過剰な自信を付けさせてしまったんじゃないだろうか?
本当はSランクの依頼を安定して達成できるほどの実力がないのに、僕がそこまで連れて行ってしまったから。
その罪悪感が今になって湧いてきて、それを僅かにでも拭うように改めて助言を送る。
「僕から言えることはほとんどないけど、やっぱり無茶だけはしないようにしてくれ」
「はっ?」
「勝利の旋律のみんなは確かに強い。でもまだSランクの依頼を受けるのは早い気がする。だから確かな実力が付くまでは、無茶をしないようにしてくれ」
「……なんであんたに、そんなこと言われなきゃいけないのよ」
ホルンは怪訝な表情で、僕に鋭い視線を向けてくる。
彼女のその反応は当然のものだけど、僕としては言わずにはいられなかったのだ。
僕のせいで偽りの自信を付けさせてしまって、パーティーが半壊したわけだから。
その罪悪感から助言をしてみたけれど、やはりホルンには届かなかったみたいだ。
……まあ、無理もないけれど。
それで話が終わってしまい、僕たちの間に気まずい沈黙が訪れる。
その時、隣を歩いているヴィオラが、不意に耳元で囁いてきた。
「優しいですね、モニカさん」
「えっ?」
優しい?
その言葉の意味がわからずに眉を寄せていると、ヴィオラはクスッと微笑をたたえながら続けた。
「いがみ合っている仲とはいえ、元パーティーメンバーさんたちのことを心配してそう言ったんですよね? それとこの方も、さっきは生かしておいたって言いましたけど、本当は助けてあげたんじゃないんですか?」
「いや、別にそんなつもりは……」
まあ、そう捉えられてしまっても仕方はないか。
それにホルンのことに関しては、あのまま勝手に死なれていたら寝覚めが悪くなると思ったのは事実だし。
だから助けたっていう解釈でも間違いではない。
でもそれ以上に僕は……
「勝利の旋律を追い出された僕は、前よりも充実した冒険者活動をしてるって教えてやりたかったからさ。あのまま勝手に死なれてたら、僕が悔しいままだったから……」
と、理由を重ねてみるけれど、そうするほどに言い訳がましい感じが増していく。
ヴィオラもそう思ったのか、面白がるように再び微笑んだ。
「やっぱり優しいですね、モニカさん」
「……」
もうそれでいいよと思って、僕は目の前の『メニュー画面』に視線を戻した。
するとまたもや魔物が迫って来ている様子がマップ上に映し出される。
北側と東側から、先刻の黒狼の魔物と同種のものたちが十数匹近づいて来ていた。
そのことをヴィオラに伝えて、僕も臨戦態勢を取ろうとすると……
「んっ?」
遅れて、あることに気が付いた。
先ほどまで映っていたものが、一つだけマップ上から無くなっている。
そう、僕たちが追いかけていた一つの反応……
「冒険者狩りが、いなくなってる……?」
マップ上から、冒険者狩りの反応が“消えていた”。