第四話 「ヘルプさん」
「な、何……これ……?」
誤って『◇メニュー◇』の文字を押すと、なんとまったく見覚えのない新しい画面が表示された。
メニュー詳細? ってどういうことだろう?
ていうか『◇メニュー◇』のところって押せたんだ。
これまで何年間もメニュー画面を使ってきたはずなのに、今になって初めて気が付いた。
◇メニュー詳細◇
システムレベル:1
フォント:タイプ1
ウィンドウカラー:タイプ1
サウンドエフェクト:50
「システム、レベル? フォント? ウィンドウカラー?」
今一度新しく表示された画面に目を落として、僕は思わず首を傾げる。
ダメだ、何のことだかさっぱりわからない。
聞いたこともない言葉ばかりだった。
試しに押してみようかと思ったけれど、怖くなって指が引っ込んでしまう。
これっていじっても大丈夫なものなのかな?
そう不安に思っている時、たった一つだけ見覚えのある“言葉”を画面に見つけた。
「レベル……」
“レベル”って確か、武術系スキルや魔法系スキルにも付いている“あれ”のことだよね?
スキルを使っているうちに上昇していく数値で、上げれば上げるほどスキルの効果が上昇していくものだったはずだ。
このメニュー画面にもその“レベル”っていうものがあったんだ。
「レベルってことは、これも上げられるってこと……?」
でも、どうやって上げることができるんだろう?
スキルのレベルはスキルを使うほど上昇していく。
これまで何度もメニュー画面は使ってきたけど、いまだにシステムレベルなるものは1のままだ。
システムレベルは普通のレベルとは違うものなのかな?
レベルの上げ方がわからず、何かヒントでも出ないかと思ってシステムレベルのところを触ってみると……
ピッ、と押した感覚が指先に走り、同時に一つの文字列が目の前に浮かび上がった。
【システムレベルを上げますか? 必要金額:10000ノイズ】
【Yes】【No】
「お金かかんの!?」
なんとびっくり有料でした。
まさかシステムレベルのところも押せて、そこでレベルを上げられるというのは良い発見だったけど……
なんでシステムレベルを上げるのにお金がかかるの!?
しかも10000ノイズって、今回の鬼魔討伐の報酬が500ノイズだから、単純計算で同じ依頼を二十回もやらなきゃいけないんだぞ。
今の僕にとっては高額すぎる。
やっぱり世の中お金ってことですか。
コルネットの呪いを解いてあげるのにもお金がかかるし、システムレベルを上げるのにもお金がかかる。
「……世知辛い」
とりあえずまあ、財布の中身を確かめてみることにした。
普段から落とし物や盗難を防ぐために、財布は【アイテム】の中に仕舞ってある。
一旦、表示されていたメニュー詳細を横に流すように弾いて、一つ前の画面に戻る。
それから【アイテム】を押して持ち物を表示させると、その中にある『獣皮の財布』を押した。
すると【取り出す】と【確かめる】の二つの選択肢が出てきたので、【確かめる】の方を触る。
【所持金:11200ノイズ】
一応、ギリギリ足りてるな……
10000ノイズを使っても、今晩の宿代とご飯代は残るし。
ただ、システムレベルを上げて、果たしてどんな意味があるのかはわからない。
もしかしたらまったく意味のないことかもしれないし、お金を無駄に消費してしまうだけかも。
でも……
「……よしっ」
今の僕が縋れるものは、もうこれしかないから。
僕はダメ元でシステムレベルを上げてみることにした。
ただまあ念のために、【セーブ】をして時間を巻き戻せるようにしておく。
こうしておけば、万が一お金を無駄にしてしまったとしても、【ロード】でなかったことにできるから。
それから僕は、再びメニュー詳細を開いて、システムレベルの部分を押す。
【システムレベルを上げますか? 必要金額:10000ノイズ】
【Yes】【No】
表示された文字列を改めて見てから、お願いしますと思いを込めて【Yes】の文字を押した。
すると画面が切り替わり、新たな文字列が目の前に表示される。
【システムレベル上昇 ヘルプメニューが解放されました】
【自動セーブにより現在の進行状況が記憶されました】
ヘルプ、メニュー?
聞いたこともない言葉が書かれていて、僕は思わず首を傾げた。
ていうか自動的に【セーブ】されてしまったので、【ロード】でなかったことにするのはできなくなってしまった。
その後、自動的にメニュー詳細の画面に戻り、きちんとシステムレベルが“2”になっているのが確認できる。
でも、それ以外に変わった様子はない。
システムレベルが上がったことで、いったいどんな変化が起きたのだろうか?
それを確かめるために、僕はもう一つ前の画面に戻って、メニューの項目に目を通す。
すると……
「あっ……」
◇メニュー◇
【アイテム】
【ヘルプ】
【セーブ】
【ロード】
メニュー画面に、新しく【ヘルプ】の項目が増えているのを見つけた。
これがもしかして、システムレベルを上げたことによる変化?
システムレベルを上げると、こうしてメニューが変わっていったりするのかな?
とりあえず物は試しで、僕は花に寄せられる蝶のように、新しく出現した【ヘルプ】の文字に指を伸ばす。
触れた瞬間、水溜りに雨粒が落ちるような心地よい音と共に……
突然、脳内に女性の声が響いた。
『何かお困りでしょうか?』
「うわっ!?」
僕は思わず周囲を見渡してしまう。
しかし周りは日に照らされた木々が立ち並ぶだけで、人や魔物の姿は一つもない。
今のは確実に頭の中に直接響いた声だ。
僕は恐る恐るその声に反応を返すことにした。
「あ、あなたは、誰ですか……?」
『こちらはメニュー画面に搭載されたヘルプ機能になります。問い合わせいただいた問題に対して、あらゆる情報を参照し回答させていただきます』
「ヘルプ? って、新しくメニュー画面に追加されたあれですか?」
えっ、もしかしてこれがヘルプの機能?
システムレベルを上げたことで得られた新しい力ってことですか?
問い合わせした問題に対して回答をくれるヘルプ機能。
まあ、便利そうではある。
だがしかし、戦闘に役立つような機能だとはまったく思えなかった。
10000ノイズを使用して得られたのが、ヘルプ機能一つだけ?
自動的に【セーブ】されてしまったため、時間を巻き戻すこともできない今、とにかく色々と試してみるしかない。
「あ、あの、あなたのことはなんてお呼びしたらいいでしょうか……?」
『ご自由にお呼びください』
「じゃ、じゃあ……ヘルプさんで」
『では、今後は該当音声を認識した場合、自動的にヘルプ機能を起動させていただきます』
とても綺麗な声だが、感情をまったく感じない単調な声音でヘルプさんは言う。
該当音声を認識したら起動って、今後はわざわざメニュー画面を開いて【ヘルプ】の文字を押さなくてもヘルプさんを呼び出せるってことか。
便利ではあるけど、そもそもヘルプさんの有効的な使い方もわかっていないから、あまりありがたみは感じない。
ヘルプさんはどのようなことまでなら回答を見つけてくれるのだろうか?
「ヘルプさんって、どんなことにも答えてくれるんですか?」
『可能な範囲でならばどのようなご質問にも適した回答を用意させていただきます』
「可能な範囲……」
うーん、いまいちピンと来ない。
僕の頭が悪いから、ヘルプさんの利口な生かし方を思いつかないだけなのかな。
せっかく10000ノイズ払ったのにこれでは、お金を無駄にした感じしか……
「シャアァァァ!!!」
「――っ!?」
突然後ろから物騒な鳴き声が聞こえてきて、僕は飛び退きながら後方を振り返る。
するとそこには、岩をいくつも繋げて細長く伸ばしたような、岩の体の“大蛇”がいた。
見たことがない魔物。かなり強そうである。
ヘルプさんとの会話に集中していたあまり、接近にまるで気が付かなかった。
「な、なんだ、こいつ……」
『正式名称【岩蛇】。最近になってスコア大森林に出没するようになった新種の魔物です。目撃情報も少なく、付近の冒険者が討伐に難航しております』
「えっ?」
そんなヘルプさんの回答を聞いていると、岩の大蛇が大口を開いてこちらに食らいつこうとして来た。
僕は咄嗟に後方に走り出して、森の木々を縫うように逃走しながらヘルプさんに返す。
「ヘ、ヘルプさん、あいつのこと知ってるんですか?」
『情報を参照して回答いたしました』
「じゃ、じゃあ、あいつの弱点とか倒し方も、わかったりします……?」
『岩の肉体を持つ体質上、武具による打撃や斬撃の効果がほとんどありません。しかし一方で水に弱い性質を持ちます』
水?
僕はチラッと後方から迫って来る岩の大蛇に目を向ける。
『水に濡れた部分は脆くなり、アルモニカ様の持つナイフでも充分に貫けるようになります。同時に運動性能も鈍るため、心臓部となっている首元に刃を通すことができれば、勝率は高いと予想されます』
「わ、わかりました。やってみます」
僕は【アイテム】の中から水筒を取り出す。
その中身を、迫って来る大蛇に向けて振り掛けると……
「キシャアァァァァァ!!!」
上手い具合に首元に水が掛かり、大蛇は苦しそうな声を漏らした。
本当に水が弱点なんだ。
動きも鈍ったため、僕はその隙を突くようにこちらから肉薄する。
ヘルプさんに言われた通り、水に濡れた部分にナイフを突き出すと……
固い岩に阻まれることなく、『ズブッ!』と刀身がめり込んだ。
「キ、シャ……シャアッ……!」
ぐぐっとナイフを奥まで押し込み、その後刀身を抜いて後退する。
すると大蛇は、掠れた声を漏らしながら、力なく地面に倒れて静かになった。
その景色を前に呆然としていると、脳内にヘルプさんの淡白な声が響く。
『岩蛇の絶命を確認。戦闘お疲れ様でした』
「か、勝てちゃった……」
こんな強そうな魔物に。
この付近の冒険者が討伐に難航している魔物に。
ヘルプさんが弱点と倒し方を教えてくれたおかげで、僕でも難なく勝ててしまった。
ほとんどの人が知らないような情報も、即座に教えて助けてくれる機能。
これは意外と使えるかもしれない。
ヘルプ機能に可能性を見た僕は、とりあえず思いつく限りのことを試すことにした。