第三十九話 「幼馴染」
ホルンとの再会の後。
僕はヴィオラを連れてトランスの町の通りをひたすらに歩き続けた。
やがて通りの脇に程よい小道を見つけて、ヴィオラと共にそこへと入る。
なんか前にも似たようなことがあった気がするな。
なんて思いながら、人気がまったくないことを確かめると、僕はそこで立ち止まった。
「ごめんね、驚かしちゃって」
「い、いえ……」
ヴィオラはなんだか気まずそうな顔で困惑している。
いきなりあんな場面を見せられたら無理もないことだけど。
僕自身、まさかここでばったりホルンと出会うとは思っていなかったし。
ていうか、さすがにここまで知られたら黙っているわけにはいかないよね。
前に所属していたパーティーのことは、気持ちの整理がついてから話すと言っていたけれど、今ここで話さなければヴィオラは混乱したままになってしまう。
だから僕は意を決して打ち明けることにした。
「まあその、話の流れから察してるかもしれないけど、僕は元々『勝利の旋律』っていうパーティーにいたんだ。で、さっきのあの人がパーティーのリーダーだよ」
ヴィオラはハッとした様子で息を呑む。
どうやら勝利の旋律について聞き覚えがあるらしい。
「……噂で聞いたことがあります。歴代でもかなりの速さでSランクに昇級した実力派のパーティーだと。そこのメンバーの一人が追放されたとも聞いていたんですけど、それがまさかモニカさんのことだったなんて……」
「まあ、名前を変えてギルドに再登録したからね。わからなくても仕方ないよ」
ヴィオラも勝利の旋律のことは知っていたようだ。
そもそもSランクパーティー自体、その数が少ないから聞いたことがあっても不思議じゃないけど。
「勝利の旋律は幼馴染同士で組んだパーティーなんだ。でもSランクに昇級した時に、実力不足だからって僕一人だけがパーティーを追い出されて……」
僕は当時のことを思い返しながら、その詳細をヴィオラに伝える。
「それ自体は別に納得してたよ。実力が足りてないってことも自覚してたし。でも、追い出される時に執拗に罵られたりしてさ、それがすごく頭に残ってて」
「……前のパーティーでいい思い出がないって言っていたのは、そういうことだったんですね」
「うん」
だから僕は改めて力を付けて、今度こそ信頼できる仲間を作ろうと思ったんだ。
もう実力不足でパーティーを追い出されないように。
これからは自分の力を信じてもらえるように。
それで今はこうしてヴィオラとパーティーを組んで、祝福の楽団として一緒に上を目指すことができている。
僕はもう、新しい大切な仲間と出会うことができたんだ。
心中でそうこぼしていると、ヴィオラが珍しく憤った様子で呟いた。
「それなのに今さらパーティーに戻って来てほしいなんて、自分勝手がすぎますよ。それなら最初から追い出さなければよかったのに」
「ま、まあ、それはもう済んだことだし、ホルンもきっとこれ以上執拗に絡んでくることはないと思うから、ヴィオラが気にする必要ないよ」
そう、これで勝利の旋律とは完全に縁が切れた。
これ以上奴らが僕に関わってくることはたぶんないだろう。
向こうが今どのような状況なのかは知らないけれど、そっちの問題は自分たちで解決してほしい。
「さあ、気を取り直して『冒険者狩り』の討伐の準備を進めることにしよう。今はそっちの方が断然大切だから」
「そ、そうですね」
やや躓きはあったものの、僕たちは冒険者狩り討伐に向けて今一度準備を進めることにした。
とりあえずはマップメニューを開いておいて、ホルンの現在位置を確認しながら出会わないように気を付けようと思う。
――――
トランスの町、冒険者ギルド。
そこでホルン・カプリシユは、冒険者たちに光らせた目を向けていた。
「どこに行ったのよ、あいつ……!」
まさかばったりアルモニカと再会することになるなんて思ってもみなかった。
しかも勝利の旋律が崖っぷちに立たされている、この絶妙なタイミングで。
勝利の旋律はこのままではAランク……いや、それどころかBランクにまで下がってもおかしくない。
そうなる前に何としても、前のような力を取り戻す必要がある。
ただの一つの依頼不達成もない、完全無欠の冒険者パーティーに。
そのためには……
「アル、モニカ……!」
奴の存在が必要不可欠だと、ホルンは根拠のない直感に従ってアルモニカを探していた。
あいつがどのような力を隠し持っているのかはいまだにわからない。
しかしアルモニカがパーティーを離れてから調子が崩れ出したのは紛れもない事実だ。
何より奴は今、別のパーティーで活躍をしていて、Bランクにまで牽引したという実績がある。
あいつさえ戻ってくれば、また元の勝利の旋律に戻ることができるというのに。
『勝利の旋律が今どうなってるのかは知らないけど、僕にはもう関係のないことだから』
「ふざ、けんな……!」
こっちが戻って来てもいいと言ってやったのに、それを断ってくるなんて。
ただの荷物持ち風情だったアルモニカに反抗されたため、ホルンはますます憤りを加速させる。
「ふざけんな……! ふざけんな……! ふざけんな……!」
奴を連れ戻すために探していたはずなのに、気が付けば怒りのせいで仕返しをするという目的に変わっていた。
アルモニカを見つけて、こちらを拒絶したことを後悔させる。
いい気になっているあの男を、必ず地の底に叩き落としてやる。
「ゆる、さない……!」
そんな思いでギルド内を捜索していると、不意に一つの冒険者パーティーがギルドに入って来た。
メンバーは全員傷だらけになっており、無惨なその姿に周囲の冒険者たちは思わず息を呑んでいる。
すかさず受付さんたちが駆けつけると、冒険者パーティーは討伐依頼中に『冒険者狩り』に襲われたと明かしていた。
「また冒険者狩りの被害が出たのか」
「早く討伐してほしいもんだぜ」
周囲の冒険者たちもその話を聞いていて、うんざりした様子でぼやいている。
すると傍らにいた冒険者たちが、耳寄りな情報を話し始めた。
「確か遠方から冒険者狩りの討伐を任されたパーティーが来てるって話だよな?」
「あの最近波に乗ってる『祝福の楽団』だよ。まだBランクだって話だが、実力は相当なもんらしい」
「でも、本当にそんな連中に任せて大丈夫なのか?」
「まあ、歴代でも最速で今の階級になったって話だし、過去に例を見ない三階級進級を果たしたパーティーでもあるんだろ? なんとかなるんじゃないのか?」
「……」
冒険者狩りの討伐依頼を受けてやって来た祝福の楽団。
それを聞いたホルンは密かに笑みを浮かべて、ドス黒い声音で呟いた。
「あいつも、同じ目に遭えばいいのよ……!」
その後、ホルンは冒険者狩りが潜んでいると噂されているコード大樹海に向けて、我知らず歩き始めていた。