第三十八話 「因縁の再会」
「ホ、ホルン……」
思いがけず名前を呼ばれて振り返ってみると、そこには見知った人物がいた。
細身で長身の女性冒険者。
金色の長髪に白い肌、ややつり目だった目元が特徴的になっている。
自分が覚えている頃の姿から、若干痩せ細っているような印象を受けるけれど、彼女はホルン・カプリシユで間違いない。
まだポップス王国にいたのか。
「なんで、あんたがここにいんのよ」
それはこちらの台詞だと返したくなる。
最近は勝利の旋律の噂をまったく聞かなくなっていた。
だから近隣の国を離れて、遠方の国に渡ったのではないかと思っていたんだけど。
まさかまだポップス王国に……しかもこのトランスの町にいたなんて思ってもみなかった。
追い出された時のことが自然と脳裏をよぎって、僕は思わず身構えてしまう。
その緊張感をヴィオラに悟られて、彼女は心配するように顔を覗き込んできた。
「お、お知り合いの方、ですか……?」
「う、うん、まあ……」
この場でサラッと説明できるほど簡単な関係ではないため、玉虫色の返答をしてしまう。
というか実力不足でパーティーを追い出されたことなんて知られなくない。
だからそれ以上は何も言わずに黙り込んでいると、ホルンが敵対的な態度でこちらに言ってきた。
「ここはコード大樹海に面したレジェール領よ。あんたみたいな雑魚が来る場所じゃ……」
と、その時……
「お、おい、あれって……」
「祝福の楽団のモニカとヴィオラじゃないか?」
「あぁ、ゴスペル王国で話題の……」
気が付けば周りに数人の冒険者が集まってきて、変に注目されてしまっていた。
僕たちのことはこっちの国にまで知れ渡っているのか。
まあ、こっちの国のギルドが僕たちに名指しで特別依頼を渡してきたのだから、名前が知れていて当然と言えば当然か。
「祝福の、楽団……? 噂の新人冒険者パーティーの……?」
ホルンも僕たちの噂を耳にしたことがあるようで、訝しい目でこちらを見据えてくる。
「ど、どうしてただの荷物持ちだったあんたが、Bランクにまで昇級してるのよ?」
「……そんなのそっちの知ったことじゃないだろ」
別にわざわざ教えてやる義理はない。
というか僕は、一刻も早くホルンの前から立ち去りたい気持ちで一杯だった。
散々僕のことを罵って、最後には笑いながら僕を追い出した人物。
実力不足は自覚していたけれど、あんな言い方をされて追い出される覚えはなかった。
僕は幼馴染に早々に別れを告げて、この場を立ち去ることにした。
「じゃあ、僕たちはもう行くから」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
しかし意外にもホルンが呼び止めてくる。
今さら僕に何の用があるのだろうと疑問に思うと、思いがけない言葉をホルンから投げかけられた。
「あんた、私たちに何か隠してることがあるでしょ……!」
「……はっ?」
「あんたがいなくなってからすべてが狂い始めた。私たちに何か隠してるんでしょ……!」
……隠していること。
もしかして、あれに気付かれたのか?
僕がメニュー画面に隠された【セーブ】と【ロード】の機能で、勝利の旋律を支えていたということに。
いや、もしそうなら気付かれたその時点で強制的に【ロード】が執行されているはず。
そうなっていないということは、おそらくただの憶測でこう言っているのだろう。
僕がいなくなってから狂い始めた、と言っていることから、どうやら冒険者活動の状況はあまり良くなさそうだし。
その責任を僕に押しつけるようにこんなことを言っているだけだ。
そこまで理解した僕は、静かに安堵の息を吐いてホルンに返す。
「別にホルンたちに隠してることなんて何もないよ。そもそも僕のことを追い出したのはそっちの方じゃないか。なのに今さら責任を押しつけられてもこっちが困る」
素っ気なくあしらうと、ホルンは見るからに憤りを迸らせて歯を食いしばった。
今にでも掴みかかって来そうな気迫だったが、僕は負けじと鋭い視線を返す。
するとホルンは、幸いにも暴力的な行為に出ることはなく、またしても意外な言葉をかけてきた。
「とにかくあんた、今すぐにパーティーに戻って来なさい」
「はっ? な、何言って……」
「勝利の旋律に戻って来て、私たちにその力を貸しなさいって言ってんのよ」
「……」
これには思わず言葉を失ってしまう。
僕が何かしらの力を隠していると決めつけるのは、まあ別にいいと思う。
僕がいなくなってから何かしらの弊害が出たなら、それくらいは勘で言い当てることはできるだろうから。
でも、一方的にそれを貸せと要求してくるのは明らかにおかしいだろ。
あまりにも自分勝手がすぎる。
そっちが僕のことを役立たずと貶して追い出したくせに。
「戻るわけないだろ、ホルンたちのところになんか」
我知らず声音が尖ってしまい、隣にいるヴィオラも不安げな表情を見せ始める。
周りの人たちも僕たちの険悪な雰囲気を感じ取ってか、何人か立ち止まって怪訝な視線を向けてきていた。
そんな視線も意に介さず、僕は胸の内の怒りをホルンにぶつけた。
「あれだけ僕のことを罵って、一方的にパーティーから追い出したくせに、今さら戻って来いなんて身勝手すぎる。勝利の旋律が今どうなってるのかは知らないけど、僕にはもう関係のないことだから。僕はホルンたちの元に戻るつもりはないよ」
「……」
慈悲をかけることなく、完全にホルンのことを突き離す。
奴もそう言われると思っていなかったのか、唖然とした様子で固まっていた。
確かに勝利の旋律にいた時は、僕は完璧にホルンたちの言いなりになっていた。
荷物持ちはもちろん、雑用のすべてを押しつけられても嫌な顔一つせず、我ながら従順に尽くしてきた。
でも、今はもう違う。
僕は勝利の旋律のアルモニカではない。今は祝福の楽団のモニカなのだ。
その意思を強く示すと、三度ホルンから驚くべき言葉が放たれた。
「幼馴染の私たちのことを、裏切るつもり……!」
……ホルンがそれを言うのか。
ここまで来るといよいよ呆れる気持ちが湧いてきて、僕は人知れずため息をこぼす。
次いで踵を返すと、それ以上ホルンには何も言わずに仲間の手を取った。
「行こう、ヴィオラ」
「えっ、あの……!」
背中に刺すような視線を感じたけれど、僕は一切振り返らずに立ち去って行った。