第三十七話 「崖っぷち」
酒場に一人の女性冒険者が腰掛けている。
彼女は金色の長髪をしきりに掻きむしりながら、不機嫌そうに安酒を飲んでいた。
その度に顔の火傷が痛むのか、顔をしかめて舌打ちを漏らしている。
Sランクパーティー『勝利の旋律』のリーダー――ホルン・カプリシユ。
彼女は全身に傷を作り、頬は痩せこけて、目元にはクマを滲ませて、とても最前線を走る期待の冒険者の姿をしていなかった。
「なん、でよ……!」
ホルンは安酒を呷ると、怒りをぶつけるようにグラスを強く卓上に叩きつける。
彼女がこれほどまでに荒れている理由は、現在のパーティーの状況のせいである。
Sランクパーティー『勝利の旋律』は、今の階級に上がってからただの一度も、Sランクの依頼を達成できずにいるのだ。
おまけにパーティーメンバーたちはホルンを除いて、全員が戦線復帰を危ぶまれるほどの重体に陥っている。
前衛守備役のリュートは魔物の攻撃を受けすぎて半ば寝たきりの状態。
回復役のティンシャはいまだに呪いを払えず魔法が使えない。
魔法支援役のチェロは凶悪な魔人との戦闘で恐怖を植えつけられて精神的に病んでしまった。
ホルン以外、もう誰も戦える状態ではなくなってしまったのだ。
そんな彼女も半身に重度の火傷を負って治療中の身である。
「……くそっ!」
ホルンは誰に言うでもなく毒吐く。
このままではSランクを維持することができない。
冒険者階級の維持のためには、必要数の依頼を達成しなければならないのだ。
勝利の旋律はSランク依頼を一度も達成できていないので、じきに降格対応を受けるだろう。
かといって今のメンバーでは依頼の達成も不可能で、他所から新しい仲間を募るのも難しい状況である。
Sランクパーティーに入りたいと言う者は多いが、Sランク依頼について行ける者でなくては意味がないのだ。
その焦りが憤りを迸らせて、ホルンは現実逃避をするように最近は酒場にこもることが多い。
「どう、すればいいのよ……」
降格……降格……降格……
そのことだけが頭を埋め尽くして、ホルンは人知れず歯を食いしばった。
ホルンは元々、一流冒険者の兄に憧れて冒険者を志した。
兄のメロフォン・カプリシユは、昔から頭が良くかなりの人格者で、村では評判の人物だった。
強い正義感から冒険者を志していて、そんなメロフォンは冒険者として規格外の才能を宿していた。
メロフォンが神託の儀で授かったスキルは、【剣聖の心得】という超希少な力だった。
条件を満たすだけであらゆる武術系スキルを習得することができる万能な能力。
その才能はすぐに芽を出し、メロフォンは瞬く間に冒険者として躍進していった。
だから家族や周囲が期待するのは、いつも兄の方だった。
そんな兄が羨ましかった。自分も周りの人たちから認めてもらいたかった。
ホルン・カプリシユもすごい人間なのだと、周囲の人間にわからせたかった。
だから冒険者を志した。強くなるために力を付けてきた。パーティーを牽引してきた。
自分がリーダーを務めている『勝利の旋律』が躍進するほど、自分の評価も上がると信じてきたから。
――だから、あの役立たずの荷物持ちをパーティーから追い出した。
自分が指揮するパーティーは完璧でなくてはいけないから。
僅かな濁りも残すわけにはいかなかったから。
今でもその判断は間違っていなかったと思っている。
けれど悲惨なこの現状が、それが間違いだったと告げてきているような気がしてならない。
『…………最後に、お節介かもしれないけど』
『んっ?』
『無茶だけは、しないようにしてくれ』
アルモニカ・アニマートを追い出してから、すべての流れが変わってしまった。
自分は間違ったことをしてしまったのだろうか。
アルモニカは勝利の旋律から追い出すべきではなかったのだろうか。
それとも単純にSランクという階級について行くことができていないだけなのだろうか。
わからない。もう何もわからない。
ただ一人残されたホルンは、ぐちゃぐちゃの感情のまま酒場を後にした。
それからギルドや宿に向かうでもなく、当てもなく町の通りを彷徨い続ける。
ギルドに行って依頼を受けなければと思うが、たった一人だけではとてもSランクの依頼など達成できるわけがない。
最近は勝利の旋律の落ち込み具合を知って、加入申請をしてくる冒険者もまったくいなくなってしまったし、仲間集めだってできない状況だ。
自分はいったい、これからどうすればいいのだろう。
呆然としながら町の通りを歩いていると、不意に男女の二人組とすれ違った。
その時――
「魔物の出没数が多くて物騒って聞いてたけど、意外と町は賑わってるんだね」
「それだけこの地方の人たちが逞しいってことじゃないですか?」
「――っ!?」
聞き覚えのある声が聞こえて、ホルンは咄嗟に後ろを振り返る。
中肉中背の青年と黒ローブの少女。
少女の方については見覚えがないが、青年の方には記憶を刺激されるほどの覚えがある。
無造作な銀髪に地味なコート。中性的な横顔と幼さの残る声音。
何よりもホルンの目を釘づけにしたのは、彼が体の正面でいじっている半透明のガラス板のようなもの……
幾度となく目にしてきた、“メニュー画面”だった。
「アル、モニカ……?」
「えっ?」
思わずこぼれた呟きに、目の前の青年がすかさずこちらを振り返ってくる。
聞き間違いや見間違いではなかった。
その青年は、以前にパーティーを追い出した荷物持ち…………アルモニカ・アニマートその人だった。




