第三十話 「これからも冒険を」
その後、ギルドの受付口で昇級手続きをしてもらい、それが済んでから僕たちはギルド内のベンチに座った。
一度、腰を据えて心を落ち着かせようと思ったからである。
「まさかいきなりCランクとはね……」
「ですね……」
いきなりそんなことを告げられたせいで、僕たちの頭は完全に停止してしまった。
過去に例のない三階級進級で、FランクからいきなりCランクへと昇級。
特別昇級は狙ってできるものではないから、地道に階級を上げていこうと言っていた矢先にこれだ。
ヴィオラも天井を見上げてぼんやりとしている。
その時、ふと周りからたくさんの視線を感じた。
「あいつら、特別昇級したって聞いたけど……」
「確か名前は、祝福の楽団だったか?」
「パーティー結成から一ヶ月も経ってねえんだとよ」
「それでCランクとか異例すぎるだろ」
特別昇級した際は大々的に発表されるため、必然的に冒険者たち全員に知れ渡ることになる。
だから良くも悪くもこちらに視線が集まっているようだ。
なんだか居心地が悪い。
昇級できたことに関しては嬉しいし、夢の実現に近づけたのはとてもいいことだけど、周囲から妬みや嫉みの感情がぶつけられないか心配である。
そういえば、“昇級”と言えば……
「黄金の鐘、Aランク昇級を見送りにしたらしいね」
「えっ、そうなんですか?」
「さっき冒険者たちの会話が聞こえてきた」
本当だったら昨日で昇級を果たしているはずの黄金の鐘。
しかし彼らはAランクへは昇級せず、黒巨の討伐証明も提出はしなかったみたいだ。
「もしかして、リーダーさんが裏切ったことで、パーティーを解散するからとか……?」
「いいや、パーティー自体は解散してないみたいだよ。だからカンパネラが裏切ったことに関してはあの二人が許したんじゃないのかな? 昇級しなかった理由はわからないけどね」
何か心の変化でもあったのか。
詳しいことは何一つわからないし、知ろうとも思わないけどね。
「何はともあれ、あいつらを見返すこともできたし、特別昇級も果たせたし、僕たちとしては万々歳だね」
「はい、そうですね!」
色々な目的を果たすことができて、僕たちはお互いに笑みを交わし合ったのだった。
その後、何かお祝いに美味しいものでも食べに行こうかと提案しようとする。
黒巨討伐の成果としてかなりの報酬金ももらったことだし、少し高めの食堂とかに誘おうかと思った。
しかし僕が言うよりも早く、ヴィオラがこちらに問いかけてくる。
「ところで、モニカさん」
「……?」
「祝福の楽団は、解散したりしないんですか?」
「えっ……」
あまりにも思いがけない問いかけ。
理解が追いつかずに、しばし我を忘れてしまった。
解散? 祝福の楽団を解散させる?
「す、するわけないでしょ。せっかくCランクに昇級もしたんだし……な、なんで急にそんなことを?」
もしかして僕、何か気に障るようなこと言っちゃったかな?
唐突な質問を受けて困惑していると、ヴィオラは問いかけの理由を話してくれた。
「私がモニカさんのお力を……ひ、“独り占め”しているような感じがするので、それがなんだか申し訳ないなと」
「独り占め?」
ど、どういうこと?
別に独り占めされているような感覚はまったくないんだけど。
「私は確かに強くなれました。ですけどそれはモニカさんのメニュー画面のおかげで、今も支えていただいている状態です」
ヴィオラは膝の上で両手を開いて、そこに目を落としながら不安げに語る。
「そんなモニカさんのお力は、どこのパーティーに行っても腐ることはありません。むしろ色んなパーティーの助けになります。ですから私一人とパーティーを組んでいるよりかは、他の大型パーティーに加入した方がいいのではないかと思いまして……」
「……」
色んなパーティーの助けになる、か。
確かに新しく覚醒した“パーティーメニュー”の力は、どこのパーティーでも腐ることはないだろう。
パーティーメンバーの恩恵値を自由に操作できるようになったので、実質メンバー全員の能力を底上げすることができる。
しかもパーティーを組んでいる人なら人数の制限なく恩恵値の操作が可能で、大規模なパーティーに加入できればその真価を最大限に活用することができるのだ。
ヴィオラはその力を、自分一人のために使ってもらっているのが心苦しいのではないだろうか。
パーティーメニューの力は、パーティーを解散した時点で効果がなくなってしまうので、なおさら支えてもらっているという感覚が強いのかもしれない。
「同情でパーティーを組んでくださっているのでしたら、私のことは気にしなくても大丈夫です。本音を言えば、私はモニカさんと離れ離れになるのが怖いですけど、私の我儘一つでモニカさんの可能性を閉ざしてしまいたくありませんから」
だから祝福の楽団を解散しないのか、僕に問いかけてきたってわけか。
僕の可能性を閉ざしたくない、か。
僕はそんな言葉を掛けてもらって密かに頬を緩めながら、ヴィオラに本心を語った。
「祝福の楽団は解散しないよ。僕は“一緒にいたい人”と、パーティーを組んでるだけだからね」
「えっ……」
ヴィオラのつぶらな瞳が大きく見開かれる。
思いがけない言葉を掛けられて、戸惑っている様子だった。
「確かに大規模のパーティーに入れたらいいなとは思うよ。その分冒険者としての収入も上がるし、妹の解呪費を早く稼げると思うからね」
目標の実現のためにはそうする方がいいのかもしれない。
なるべく大きなパーティーに入って、メニュー画面の力でパーティーに貢献し、上の階級を目指していく。
その方が利口な選択だと言う人もいるかもしれないけど……
「でも、それ以前に僕は、同じような志を持っているヴィオラと一緒に冒険をしたいって思ってるんだ。何よりヴィオラの才能は底知れないものがある。魔力値が上がったことでとんでもない魔法使いになったし、同情とかそういうの無しで、僕の方こそヴィオラのことを頼りにしてるんだから」
「……」
どんな魔法も見ただけで模倣が可能な魔法使い、ヴィオラ・フェローチェ。
十人の冒険者の恩恵値を操作するより、彼女一人の魔力値を底上げする方が効果的な可能性がある。
それくらいヴィオラの才能は目覚ましいものがあり、その力を僕は大いに頼りにしている。
「だからさ、これからも僕と一緒に、冒険をしてくれないかな?」
改めてこちらからお願いをすると、ヴィオラは見開いていた黒目を伏せるように俯いてしまう。
そして黒ローブの袖でごしごしと目元を擦ると……
微かに赤く腫れた目元を上げて、人形さんのような童顔に眩しい笑みをたたえた。
「……はい!」
こうして祝福の楽団は、Cランクへと昇級し、僕とヴィオラは夢の実現にまた一歩近づいたのだった。
第一章 おわり