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第二十七話 「賢者」


「な、なぜ、貴様がここに……?」


 選考試験から落としたはずのヴィオラ・フェローチェ。

 突如として現れた彼女に、カンパネラは思わず面食らった。

 どうして奴がここにいるのだろうか?

 そもそもどうやってここまで辿り着いたのだ?

 彼女は選考試験も辛うじて突破できただけの、実力が乏しい魔法使いだったはずなのに。

 何より……


(今のは、この女の魔法か……?)


 先刻に見た強烈な突風を思い出す。

 とてつもなく鋭利な風の刃が吹き、あの強固な外皮を持つ黒巨(トロール)を一瞬にして切り刻んだ。

 あれほどの魔法を使える魔法使いなど世界でもかなり限られている。

 だというのに、なぜこの貧民街出身の落ちこぼれがそれほどの威力の魔法を使っているのか。

 何かの見間違い? そうだ、そうに違いない。

 カンパネラが自分にそう言い聞かせる中、ヴィオラが再び杖を構える。


「【ブレイズレイン】!」


 彼女がそう唱えると、黒巨(トロール)たちの頭上に橙色の雲が発生した。

 これも選考試験の時に使っていた魔法。

 雲の中から細い炎が雨のようにして降り注ぎ、雲の下にいる対象者にダメージを与えるというもの。

 それも威力不足で岩体(ゴーレム)には一切効果がなかったが……


 橙色の雲の中から、“大槍”と見紛うほどの巨大な炎が降り注いできた。

 

「――っ!?」


 ズドドドッ!!!

 黒巨(トロール)たちの肉体に業火の大槍が突き刺さる。


「グオオォォォ!!!」


 黒巨(トロール)の叫び声に耳を打たれながら、カンパネラは目を見開いて唖然とした。

 あの時とは比べ物にならないほど破壊力が増している。

 これはヴィオラの魔力値が極限まで高められている何よりの証拠。

 先ほどの風の魔法を使ったのもこの女で、自分の見間違いなどではなかったのだ。


(な、なぜだ……! なぜこの女がこれほどの魔法を……)


 この短期間で、いったい何があった?

 いや、今はそんなことどうだっていい。

 なぜここに駆けつけて来たのかはわからないが、この女が黒巨(トロール)を始末してくれたら生き延びることができる。

 生還の可能性を見たカンパネラは、気持ちを焦らせて声を張り上げた。


「さ、さっさと黒巨(トロール)たちを始末しろ!」


「……」


 その一声を受けて、ヴィオラは帽子の下で微かに目を細める。

 いまだの通路の奥から黒巨(トロール)たちが姿を現す中、奴らに向けていた杖を下げて正論を叩きつけた。


「先に、言うべきことがあるんじゃないんですか?」


「……はっ?」


「私にあれだけ悪態をついておいて、今さら助けてくれなんて自分勝手が過ぎると思います」


 言う、べきこと?

 それが何を意味するのかは言われずともわかり、だからこそカンパネラは額に青筋を立てた。


「この我が、貧民街の女に“謝罪”しろというのか……! 調子に乗るなよ劣等人種がァ……!」


「では、私は一人で帰らせていただきます。その怪我をしながらお一人でも帰れるというのでしたら、手を貸すだけ無駄というものですからね」


 黒髪の少女はそう言い、くるりと踵を返してしまう。

 彼女の背中を見て焦ったカンパネラは、急いで呼び止めようとして一歩を踏み出しかけた。

 だが……


「ぐあっ――!」


 いまだに黒巨(トロール)に受けた傷が痛み、カンパネラは足をふらつかせて無様に転ぶ。

 頭が痛い。

 手足も震える。

 頭だってぼんやりとしている。

 そんな中、後方から黒巨(トロール)たちが迫って来る気配を察して、カンパネラは息を詰まらせた。

 不気味な笑い声が背中側から響いてくる。


「わ、わる、かった……」


 我知らずこぼれた台詞。

 助かりたいという一心で口が勝手に動き、カンパネラは自分でも信じがたい言葉を少女に掛けていた。


「悪かったから、我を助けてくれ!」


 震える声が坑道の奥深くまで響き渡り、ヴィオラは静かに微笑んだ。


「……ここに来た甲斐がありました」


 カンパネラの背後に立つ黒巨(トロール)が棍棒を振り上げた瞬間、ヴィオラはカンパネラの方を向いて杖を構える。

 その先端を黒巨(トロール)たちの頭上に向けると、鋭く目を細めて魔法を唱えた。


「【グラビティパウンド】!」


 刹那、強烈な歪みが黒巨(トロール)たちの頭上に発生する。

 直後、凄まじい勢いで巨人たちが地面に押しつけられて、その光景を前にカンパネラは言葉を失った。


(これは、チャイムと同じ重力魔法……!?)


 黄金の鐘の副リーダーであるチャイム・ガランテが得意としている重力魔法。

 希少と言われているその魔法は歴史的に見ても使い手が極めて少なく、現存している魔法使いの中にこれを使える者はチャイム以外にいない。

 はずなのに、なぜこの少女がチャイムと同じ重力魔法を使えるのか。

 カンパネラはふと選考試験の時のことを思い出す。

 試験の様子を常に監視していたチャイムの話では、確かヴィオラ・フェローチェは視認した魔法を模倣できる力を有している。

 その力を使い、チャイムの魔法を視認して自分のものにしたということか。

 でも、それだけではない。


(な、んだ……!? この力は……!)


 チャイムの重力魔法では、黒巨(トロール)の動きを僅かに阻害するくらいしかできなかったが……


 ヴィオラの放ったその魔法は、空間が歪むほどの重力を発生させ、十数体の黒巨(トロール)たちを一斉に“押し潰した”。

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