第二十四話 「仕返し」
「黄金の、鐘……」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思ったら……
そこには因縁深き相手が立っていた。
カントリーの町でパーティーメンバーの選考試験をしていたBランクパーティー――『黄金の鐘』。
リーダーのカンパネラだけでなく、奴の後ろには銀髪の女性と褐色髪の女性もいる。
チャイム・ガランテとハンドベル・メストだ。
その三人の姿を見て、ヴィオラもあの時のことを思い出してしまったのか、微かに肩が震えている。
「お、おい、あれ……」
「Bランクパーティーの黄金の鐘……」
「どうしてこの町に……?」
周りの冒険者たちもカンパネラたちに気付いて、また違ったどよめきを生んでいた。
最近になって頭角をあらわしてきただけあって、さすがに顔が知れ渡っているらしい。
カンパネラは仲間を引き連れて僕たちの目の前まで歩いて来ると、受付窓口にて提示されている依頼書を見て不敵な笑みを浮かべた。
「その黒巨の討伐とやら、我らが引き受けよう」
「えっ……」
「無名の低級冒険者に任せるよりも、Bランクパーティーの我が黄金の鐘に依頼を託す方が確実だ」
唐突にそんなことを言われて、僕とヴィオラは思わず言葉を失う。
直後、カンパネラの顔に勝気な笑みが滲んだのを見て、その言葉の真意を悟った。
こいつ、僕とヴィオラの邪魔をするために……!
それほどまでに貧民街出身の人間が嫌いなのか。
「これは僕たちが最初に引き受けた依頼だ。黒巨は僕たちが……」
「お前たちで討伐ができるのか? 結成したばかりで階級も低く、足手まといの貧民街の女も抱えたパーティーが」
「……っ!」
思わず手が出そうになるが、ここで先に手を上げた方が負けだと思って気持ちを抑える。
周囲の冒険者たちも不思議そうに見守る中、カンパネラはさらに続けた。
「無駄死にするのは目に見えている。黒巨の餌を増やすだけの愚行など誰にも褒められるものではない。その代わりに我らが討伐しに行ってやると言っているのだ。むしろここは感謝をすべきところだろう」
勝手に横入りして依頼を奪おうとしているくせに……
そんな文句をぶつけようかと思ったが、続く正論に反論することができなかった。
「もちろん、どのパーティーに任せるかはギルド側が判断することだ。無理矢理に依頼を奪うことなどはしない。その結果貴様らが選ばれれば、何食わぬ顔で黒巨の討伐に向かえばいいだろう」
確かにその通りだと思って、僕は黙り込むしかなかった。
受付さんたちも再度話し合いを始めて、僕たちはその結果を待つことにする。
程なくして、先ほどの受付さんが苦い顔をしながら戻って来た。
「申し訳ございません。発行した黒巨討伐の依頼は、黄金の鐘に任せることに決まりました」
「……」
「実力と実績を鑑みたのもそうですが、黄金の鐘はAランク昇級間近で昇級試験の申請も出していただいているので、今回の黒巨討伐の依頼を昇級試験に設定させていただこうと思いまして……」
まあ、討伐推奨階級がAランクなので、確かに色々と都合はよさそうだ。
そうでなくても、FランクパーティーとBランクパーティーでは信頼度が段違いである。
呆気なく依頼を取られてしまうと、カンパネラが勝ち誇った顔を僕たちに見せつけてきた。
「貴様らは大人しく指を咥えて待っているがいい。黄金の鐘がAランクに昇級するのをな。そして選考試験の合格を棒に振ったこと、存分に後悔するといい」
そう言い残して、黄金の鐘はギルドを後にした。
合格を棒に振ったことを後悔しろ、か。
ヴィオラだけでなく、僕に対しての嫌悪感も絶大なものだったな。
ヴィオラは再び罵られた時のことを思い出してしまったのか、体を縮こまらせて静かに震えている。
それを知る由もない周囲の冒険者たちは、深く安堵したように息を吐いていた。
「黄金の鐘が討伐に行ってくれるなら安心だな」
「ホント、一時はどうなることかと思ったよ」
ギルド内は一難去ったような安心感に包まれていたが、僕の心中は反対に穏やかではなかった。
あの時と同じように、縮こまるヴィオラの手を取って、僕はギルドを飛び出したのだった。
ヴィオラの手を引いて、町の中央広場にあるベンチまでやって来た。
とりあえずそこで気持ちを落ち着かせるように休息を取ることにする。
すっかり苦手意識が付いてしまった相手と出会ったことで、ヴィオラは精神的に疲弊した様子を見せていた。
どう声を掛けたらいいか迷ったが、とりあえず先刻のことを謝ることにする。
「ごめんヴィオラ。あいつらに依頼取られちゃって……」
ギルド側が判断したこととはいえ、まんまと依頼を取られてしまったのはとても悔しい。
しかも一方的に悪態をつかれただけなので、何か言い返せたらよかったんだけど。
そう思っていると、不意にヴィオラが隣でかぶりを振った。
「……いいえ、むしろこれでよかったのかもしれません」
「えっ?」
「もしあのまま黒巨討伐の依頼を受けていたら、きっとモニカさんに負担を掛けさせてしまっていたと思います」
負担?
それってさっき言っていた、僕ばかりが前に出て戦って、ヴィオラがあまり活躍できずに終わってしまうみたいなことかな?
確かに現状の戦い方で黒巨討伐に挑んでいたとしたら、僕がほとんど前に出て戦うことになっていただろう。
それくらいの負担は別にいいんだけど……
「それで仮に特別昇級をさせてもらっても、たぶん私は素直に喜べていませんでした。モニカさんにおんぶに抱っこで昇級しても、私が私を認めることができていなかったと思います」
ヴィオラはその展開になるのが嫌だったようで、『むしろこれでよかった』のだと思っているようだ。
もしかしたら、先ほどカンパネラに言われた“足手まとい”という言葉が心に重くのしかかっているのかもしれない。
ヴィオラはすでに充分、このパーティーに尽くしてくれているというのに。
「こちらのわがままで申し訳ないんですけど、やっぱり難しい討伐依頼は私がもっと強くなってからにしてください。モニカさんばかりに負担が掛からないように、これから強くなりますから」
「……」
ヴィオラは無理に作った笑みをこちらに向けた。
苦しそうなその表情を見て、僕はやり場のない怒りを胸中に抱く。
やっぱり悔しい。
一方的に言われるままになって、せっかく特別昇級が叶うかもしれなかった依頼を横取りされて、ヴィオラの悲しい顔を見せられて……
ヴィオラは足手まといなんかじゃないのに。
依頼を取り返すことは難しいかもしれないけど、せめてあいつらに何か仕返しをしてやりたいな。
密かにそう思っていると……
『アルモニカ様』
唐突に頭の中に、ヘルプさんの声が響いた。
その声音は、今までとは少し違った感じに聞こえて、僕は若干狼狽えながらヘルプさんに返す。
(な、なに?)
『一つ、ご提案がございます』
(提案?)
いったい何事だろうと思ってヘルプさんの声に耳を傾けると、驚くべき提案を投げかけられた。
『黄金の鐘よりも先に黒巨を倒してしまえば、報酬と成果はこちらのものになります』
「えっ……」
『ギルドに討伐証明を提出すれば祝福の楽団の評価も上がり、昇級に繋がる見込みもございます。加えて黄金の鐘の昇級を阻止することも可能です』
ヘルプさんはかなり大胆な意見を、淡々と述べていく。
黄金の鐘よりも先に黒巨を倒しちゃえばいいって……
確かにそれなら報酬と成果もこっちのものになって、実質取られてしまった依頼を取り返す形になる。
祝福の楽団の評価も上がるし、何よりあいつらの昇級を阻止できるわけで……
(い、いや、僕は別にそこまでしたいって思ったわけじゃ……)
と、自分に言い聞かせるようにヘルプさんに返そうとするが、途中で言葉を切る。
そこまでしたいって思ったわけじゃない?
いいや、本音を言えば、仕返しをしたい気持ちでいっぱいだ。
ただ貧民街の出身というだけで、仲間のヴィオラが散々罵られて、我慢もいよいよ限界に近かった。
その怒りを察してくれて、ヘルプさんは『先に倒してしまおう』という提案を出してくれたのか。
そんなこと考えもしなかったな。
ヘルプさんも、なかなかに悪いことを考える。
でも……
(ヴィオラが、それを嫌だって言ってるんだ。今の実力差で黒巨討伐に行ったら、絶対に僕に負担が掛かるからって。だからもっと強くなってからじゃないと、そういう依頼は受けたくないんだってさ)
たとえそれで昇級ができたとしても、ヴィオラ自身は納得しないだろう。
僕としては一向に構わないし、早く二人で昇級できた方がいいと思うんだけど。
なんて思っていると、これまた驚くべき答えがヘルプさんから返ってきた。
『そちらも問題はございません』
(えっ、問題ない……?)
『ヴィオラ様も充分に戦力として活躍ができます。アルモニカ様だけに負担が掛かることはございません』
(そ、それってどういう……)
困惑する僕の脳内で、ヘルプさんはヴィオラが活躍できると言い切った根拠を教えてくれた。
それを聞いて、僕は人知れず瞳を見開く。
次いで、いまだに落ち込んだ様子で隣に腰掛けているヴィオラに、僕は改めて問いかけた。
「ねえ、ヴィオラ」
「……は、はい?」
「あいつらに、一泡吹かせてやりたいって思わない?」
「えっ……?」
僕は右手の人差し指を、下から上に弾くように動かし、メニュー画面を出現させた。