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第二十話 「崩壊」


 ポップス王国、レジェール領。

 三大危険区域の一つであるコード大樹海に面した地で、魔物の出没数も世界で指折りだと言われている。

 そのため冒険者が多く活動する場所でもあり、階級の高い冒険者がそこら中の町に散見される。

 そのうちの一つである『トランスの町』の宿屋に、険悪な雰囲気に包まれている部屋があった。

 三階にある広々とした大部屋で、窓も大きく見晴らしのいい景色が広がっている。

 そんな爽やかな解放感がある部屋にいるにもかかわらず、赤髪の青年は険しい表情でテーブルを叩いた。


「ふざけんな! これで五回連続じゃねえか!」


 赤髪を細く尖らせている活発的な印象を受ける青年。

 名前をリュート・アランという。

 Sランクパーティー『勝利の旋律』にて前線に立ち、頑強な体を用いて仲間たちを守っている盾役だ。

 日常生活では仲間を茶化したり人一倍大きな声でリアクションなどを取るため、パーティーのムードメーカーも兼任している。

 だがそんな彼も、今は不機嫌そうな様子で歯を食いしばっていた。

 そこに緑髪の青年が、冷静な声音で落ち着かせようとする。


「Sランクになって受ける依頼の難易度が上がったんだ。仕方がないことだろ」


「だからってよ、俺たち今まで一度も失敗したことなかったんだぜ!? なのにいきなりこんなことってあり得んのかよ……!」


 緑髪の青年――チェロ・モレンドは、リュートの言葉を聞いて周囲を見渡す。

 部屋にはリュートの他に、同じパーティーの仲間であるホルンとティンシャもいた。

 全員、体の至る箇所に生傷を作り、包帯も巻いてボロボロになっている。

 つい一ヶ月前にSランクに昇級した勝利の旋律は、今日までの間に五回、Sランクの冒険者依頼を受けている。

 しかしそれらの結果は、すべて“失敗”。

 これまで一度の依頼不達成も出さなかった勝利の旋律は、Sランクに昇級してからただの一度も依頼を達成できていなかった。

 Sランク昇級まで特に躓くこともなく、順調に階級を上げてきた手前、全員がこの結果に戸惑いを感じている。


 討伐対象の魔物や魔人にはまったく歯が立たず……

 仲間たちとの連携も失敗続きで……

 何よりこれまで起きることのなかったトラブルが多発し……

 全員が傷だらけになるような大失敗が連続していた。

 その結果、パーティーリーダーのホルンは右半身に重度の火傷を負い、チェロは片目に傷を負って半ば失明している。

 リュートは特殊な毒を浴びて手足の感覚が麻痺しており、パーティーの回復役を務めているティンシャに至っては、呪いによって魔法が使えなくなり戦線復帰も危ぶまれていた。

 勝利の旋律はまさに壊滅状態である。


「なあ、どうすんだよホルン? このままじゃSランクの階級を維持できなくなっちまうぞ。早いとこ目標数を達成しねえと」


「……わかってるわよ」


 階級維持のためには必要数の依頼を達成しなければならない。

 期間内にそれができなければ、実力不足ということで降格処分になってしまう。

 しかし現状、パーティーメンバーの全員が満足に戦闘ができないほど負傷しており、回復するまでは動くことができない。

 現在遠方にいる優秀な治癒師たちに連絡をとって、こちらに向かって来てもらっているが、その者らの手を借りても完治までは届かないだろう。

 仮に万全の状態に戻れたとしても、Sランクの冒険者依頼を達成できるか怪しい。

 とにもかくにも、ホルンはリーダーとして今後の方針を示した。


「差し当たってはティンシャの代わりになる回復役を見つけないと話にならないわ。それとあともう一人くらいは充分な戦力がいないと」


「それならギルドに行って、仲間探しをするってことでいいか?」


 チェロの返しに、ホルンは頷いて応えた。

 このパーティーがSランクの冒険者依頼を達成するには、さらに戦力を増やす必要がある。

 ギルドに行けば単独として活動している冒険者も多数いるので、その中から適任者を見つけて勧誘するんだ。

 ただ、その提案にリュートが渋い顔を見せた。


「けどよぉ、Sランクの冒険者依頼について行けるような奴が、単独(ソロ)でふらついてるとは思えねえんだけど」


「だからって私たち三人だけでSランクの依頼なんか達成できないでしょ。とにかく探すしかないのよ」


 戦力増強は必須事項。

 そうしなければとてもSランクの依頼を成功させることはできないと、もう身を持って味わったのだから。

 その悔しさが胸中を支配し、ホルンは人知れず唇を噛み締める。

 次いで八つ当たりと言わんばかりに、旧メンバーのことを話題に出した。


「それにどんな冒険者だろうと、あの荷物持ちよりかは役に立つはずだもの」


「ま、そりゃそうだな」


 そう。

 あの役立たずの荷物持ちよりかは、優秀な戦力を加えられるはず。

 それで改めてメンバーを揃えてSランク依頼に挑めば、きっと成功させられるに決まっている。

 その時、アルモニカのことを話題に出したことで、ホルンはふとあることに気が付いた。


(あいつが、いなくなってから……)


 アルモニカがいなくなってから、パーティーの調子が崩れたように思う。

 これまで依頼不達成は一度もなく、絵に描いたように順調に階級が上がっていたのに。

 まるで奴を追い出したのを皮切りに調子が悪くなって、依頼に失敗するようになってしまったみたいだ。

 あいつはただの荷物持ちだったはずなのに。


(…………いいえ)


 そう、これは単なる気のせいだ。

 Sランクに昇級したことで依頼の難易度が上がり、その変化にまだついて行けてないだけである。


(あいつがいても別に、何かが変わるわけじゃない。あいつはただの荷物持ちだったんだから)


 ホルンは心の中でそう片付けて、すでに追放した役立たずのことを頭の中から消し去った。

 しかし、その寸前……


『無茶だけは、しないようにしてくれ』


 奴が去り際に放った言葉が脳裏をよぎり、ホルンは思わずチッと舌打ちを漏らした。

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