第十八話 「仲間」
ギルドを飛び出した後。
僕はヴィオラを連れて、なるべくギルドから遠ざかるように町の通りを歩いた。
やがて通りの先に人気のない小路を見つけて、そちらへと折れていく。
ヴィオラの顔にはいまだに涙が滲んでいたので、きっと周りの人にそれを見られたくないだろうと思ったから。
そこで僕はようやく手を放し、半ば放心状態の彼女に謝った。
「ごめん、急に握っちゃって」
「い、いえ……」
ヴィオラはなんだか気まずそうに目を逸らしてしまう。
女性の手を断りもなく掴んでしまったのは申し訳ないが、あの場からヴィオラを連れ出すならこうするしかないと思った。
そのことは特に気に留めている様子はなく、むしろ彼女は逆に申し訳なさそうな顔をする。
「あ、あの、よかったんですか? せっかくの合格を蹴ってしまって」
「……うん、別にいいよ。黄金の鐘は僕が入りたかったパーティーとは違うものだったし」
妹の解呪費を稼ぐために、高ランクのパーティーに入りたいと思っているのは確かだ。
しかしそれ以前に僕は、本当に信頼できる仲間と出会いたくてパーティー探しをしている。
前のパーティーでは嫌なことがあったし、心の底から信頼し合える仲間を見つけたいと思っているのだ。
あの人たちは、僕の理想とは大きくかけ離れた人物たちである。
「まさか貧民街の育ちってだけで、あそこまで邪険にするような人たちだとは思わなかったよ」
「……無理もないですよ。貧民街の出身者は無法者になりがちですから。警戒する人がいるのも当然です。むしろ、分け隔てなく接してくれるモニカさんが珍しいんですよ」
「そう、なのかな……?」
ただの田舎村生まれの平民だからなのだろうか?
別に貧民街の住人たちにそこまで悪い印象は持っていない。
まあ、盗人や運び屋は町の方に多いと聞くし、そちらの方で育った人たちにとっては脅威的な存在なのかも。
だからってそれだけでヴィオラを不合格にしたり罵ったりするのは間違っている。
その時のことを思い出してしまったのか、ヴィオラは再び顔を曇らせた。
「私はきっと、もうどこのパーティーにも入れてもらえないと思います。それにあの人の言った通り、この先成長する見込みだってありません。岩体を倒せたのも、モニカさんとヘルプさんの助言のおかげですし」
「そ、そんなことは……! 岩体を倒したのは間違いなくヴィオラ自身の力だよ。あれだけたくさんの魔法が使えるんだから、敵の弱点を的確に突ければ、立派な戦力になれると思うし」
慰めの言葉を掛けてあげても、ヴィオラの表情は一向に晴れない。
僕の慰め以上に、罵られたことが強く効いているみたいだ。
あれだけ手厳しい言葉を掛けられてしまったら無理もない。
「遅くなってしまったんですけど、あの時庇っていただいてありがとうございます。でも、同じことはもうしない方がいいと思います。そもそも私とは、もう二度と関わらない方がいいです」
「ど、どうして……?」
「これ以上、私なんかと一緒にいたら、きっとモニカさんまで変な目で見られてしまいますから」
貧民街出身の人間を庇う奴。
そういう変なレッテルを貼られてしまうのを恐れているのだろうか。
僕はそんなの、全然気にしないのに。
「ですから私のことは、もう気に掛けていただかなくて大丈夫です。それでモニカさんは、今度こそ納得のできるパーティーを見つけてください。きっとモニカさんの実力なら、すぐにいいパーティーに入れてもらえると思いますから」
ヴィオラはそう言うと、心なしか苦しそうな表情で頭を下げる。
「短い間でしたけど、一緒に冒険できてとても楽しかったです。妹さんの呪い、治してあげられるといいですね」
その後、彼女は踵を返して、悲しそうな背中を僕の方に向けた。
貧民街の出身者が嫌悪されているのは充分にわかった。
カンパネラのような貴族の人間たちは尚更、そういう人たちを低俗な人種として見下しているということも。
確かにヴィオラと行動を共にしているだけで、僕にもそういう疑いや蔑みの目が向けられてしまう可能性はある。
でも……
「ま、待って!」
「……?」
僕は立ち去ろうとするヴィオラの背中に声を掛けた。
するとヴィオラは足を止めて、こちらを振り返ってくれる。
よもや呼び止められるとは思っていなかったのか、彼女はとても戸惑った表情をしていた。
「……な、なんでしょうか?」
「あのさ、もしよかったらなんだけど……」
僕は意を決して、思いついたままのことをヴィオラに提案した。
「僕と、パーティーを組んでくれないかな?」
「えっ……」
「僕、もっと一緒にヴィオラと冒険がしたいんだ。せっかく同じ目標を持ってる人と会えたし、選考試験の短い間だったけど、一緒に冒険ができて僕もすごく楽しかったから」
「……」
始めは若干険悪な雰囲気で出会ったが、話をすればとても優しい女の子なのだと知ることができた。
目指している場所や叶えたい目標も僕とすごく近くて、ここまで親近感が湧く子はきっと他にいない。
それに僕は、ヴィオラの才能をとても買っている。
是非ともヴィオラと一緒にパーティーを組んで、改めて仲間同士になりたいと思った。
「でも、私と一緒にいたら……」
「周りの目なんて僕は気にしないよ。僕は組みたい人とパーティーを組むだけだから」
「そ、それでも、私はやっぱり実力不足で、モニカさんとは力が釣り合っていないと思います。パーティーを組んでしまったら、きっと足手まといに……」
「たくさんの魔法が使える力があるんだよ。僕はその才能にすごく可能性を感じてる。きっとヴィオラは心強い戦力になってくれるって。それに実力なら、これから少しずつ付けていけばいいんだから」
「……」
ヴィオラの表情から、次第に暗雲が晴れていき、嬉しいのか恥ずかしいのか小さな童顔を仄かに紅潮させていた。
僕は最後にダメ押しと言わんばかりに、再び誘い文句を投げかける。
「僕、頼れる仲間が今はいないんだ。だからヴィオラのその力を貸してくれたら、すごく頼もしい。僕と、パーティーを組んでくれないかな?」
諦めずに説得を続けたことで、その熱意がヴィオラに届いたのか……
彼女は、泣き出しそうな顔になりながらも、ゆっくりと頷きを返してくれた。
「ご、ご迷惑を、おかけしてしまうかと思いますけど……。私なんかでよければ、是非パーティーを組んでください」
「うん、よろしくねヴィオラ!」
当初の予定からはだいぶ変わってしまったけれど……
こうして僕は、改めて仲間を得てパーティーを組むことができたのだった。