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第十七話 「理不尽への怒り」


 選考試験の内容は、単独で岩体(ゴーレム)を討伐して核を持ち帰って来るということ。

 制限時間は日没まで。

 それを達成できたというのに、なぜかヴィオラは不合格の判定をもらってしまった。

 その合否に一番驚いているのは、当然ながら当人のヴィオラだった。


「ど、どうして私、不合格……なんですか?」


 黄金の鐘の副リーダーであるチャイムさんは、何も言わずに冷めた目をヴィオラに向けている。

 やがて視線を逸らして、後ろにいる金髪の男に目配せをすると、それに合わせて男が前に出て来た。

 貴族風のコートを身に纏い、宝石があしらわれた長剣を腰に差している金色短髪の高身長青年。

 確か、黄金の鐘のリーダーのカンパネラ・フレスコ、だったかな。

 彼はヴィオラの前に立ち、小さな彼女を見下ろしながら言う。


「貴様、“貧民街”の人間らしいな」


「えっ……」


 その言葉が出た瞬間、周囲の冒険者たちもざわめき始める。

 どうしてあの人がヴィオラの出生地を知っているのだろう?

 ヴィオラが事前にそのことを伝えているとは思えない。

 そもそも貧民街の出身であることは、彼女自身他言することを躊躇っている。

 だからおそらくその事実を知っているのは、この場で僕だけのはずじゃ……


「……千里眼」


 遅まきながらハタと気が付く。

 黄金の鐘の副リーダー兼、今回の選考試験の試験官を務めているチャイムさん。

 彼女は試験場となるノーツ地下遺跡を【千里眼】なるスキルで常に監視していた。

 となるともしかしたら、僕たちのあの会話の場面も見ていたのかもしれない。

 果たして会話の内容まで聞き取ることができるのか定かではないが、口の動きを見て言葉を察することができる人もいる。

 それでヴィオラが貧民街の出身だとバレてしまったのか。

 でも、いったいそれがなんだというのだ……?


「そ、そう……ですけど。それが何か……?」


 ヴィオラ自身もそう疑問に思って、カンパネラさんに返す。

 すると彼はチャイムさんの手から、ヴィオラが持ち帰って来た岩体(ゴーレム)の核を受け取った。

 それを……


 パリンッ!


 唐突に床に叩きつけて、粉々に砕いてしまった。

 周囲が沈黙に包まれる。

 直後、カンパネラさんの口から、驚くべき台詞が飛び出してきた。


「貧民街育ちの愚鈍な人間が、我が黄金の鐘に入れると思ったか? 身の程を知れ無能が」


「……」


 明らかな憎悪を真正面から向けられて、ヴィオラは動揺するように後退りする。

 この場の空気が一変したことで、周囲の冒険者たちも表情を強張らせていた。

 さらにカンパネラは続ける。


「貧民街の人間は哀れな物乞いや、汚らわしいゴミ拾い、果てには盗人や違法な運び屋になる者が多い。見るだけでひどい不快感を覚える。そんな低俗な人種が、フレスコ侯爵家の人間と同じパーティーに入れると思ったか?」


 フレスコ侯爵家。

 身に付けている装飾品や格好、髪艶や肉付きから見ても、いいところの生まれだとは思っていたけど。

 まさかれっきとした貴族の家の出身だったなんて。

 貧民街の生まれの人間と同じパーティーになるのを嫌がるはずだ。

 無駄に自尊心が高い人物が多く、下の人間を見下す傾向が強いから。


「我がフレスコ家の屋敷にも何度か貧民街生まれの盗人が入って来た。奴らは自分たちさえよければ他はどうでもいいと考えている。あのような“ゴミ溜め”からやって来た女など、信頼できるはずもない」


 確かに、貧民街の人間を忌み嫌う人がいるのは事実だ。

 実際、ヴィオラが貧民街出身とわかって、身構えた冒険者が周囲にも少なからずいる。

 黄金の鐘のリーダーのカンパネラは、過去に実際に貧民街生まれの盗人から被害を受けているようだし。

 でも、貧民街の育ちだからと一括りにして、ヴィオラを全否定するのは間違っている。

 加えて選考試験の結果を不合格にするのも、あまりにも理不尽だ。


「そんな……理由で……」


 僕は密かに拳を握りしめる。

 そして気が付けば足が動いており、何も言い返せずに俯いているヴィオラを庇うようにして前に立った。

 カンパネラが不快そうに顔をしかめる。


「何の真似だ……?」


「ヴィオラを、そんな盗人たちと同じにしないでください」


「……モニカさん」


 一緒に選考試験を受けたから、僕は彼女のいいところを知っている。

 貧民街の出身者だからと盲目的に見るような人たちに、僕ははっきりと告げてやった。


「ヴィオラはとても義理堅くて、盗人になるような人間とは違います。立派な目標も持っていて、ちゃんと冒険者をやっているんです。それに試験内容だってきちんと達成してるじゃないですか。それで不合格だなんて理不尽すぎます」


 抱えていた不満をリーダーのカンパネラにぶつける。

 いいや、もしかしたらこれは不満などではなく、ヴィオラと一緒にパーティーに入れるかもという期待を折られた“怒り”かもしれない。

 その怒りの言葉を、カンパネラは鼻で笑って一蹴した。


「その選考試験も辛うじて突破したに過ぎないではないか。大した魔力値もなく、不出来な魔法しか使えない無能な魔法使いが、Aランクの昇級試験を控えたこのパーティーに本気で加入できると思ったのか?」


「……」


 罵られたヴィオラは、何も言い返せずに俯き続けている。

 肩と手も密かに震わせながら、カンパネラだけではなく周りからの視線にも怯えている様子だった。

 そんな彼女の心情も知らずに、カンパネラはさらに続ける。


「足を引っ張るのは目に見えている。そもそも神から授かる恩恵は血筋によって大きく変わるようになっている。貴様のような低俗な人種は、この先成長する見込みが一切残されていない。そのような無能は身の丈にあった最底辺を一生彷徨っているがいい」


 気が付けば、三角帽子の下に覗くヴィオラの頬には、一筋の涙が伝っていた。

 その涙からは、実力不足だと罵られた悔しさが滲んでいるように見える。

 それと、オカリナおばさんの孤児院がある大切な貧民街を、ゴミ溜めと評された悲しみもあるのだろう。

 僕はヴィオラの気持ちに同調するように、強く歯を食いしばった。


「ふざ、けんな……!」


 いよいよ手が出そうになったけれど、その気配を察してかヴィオラが顔を上げる。

 そして慌てた様子で僕の腕を掴み、無言でかぶりを振った。

 言われずともわかる。

 ここで手を出したら、僕も不合格になってしまう。

 ヴィオラはそれを望んでいないんだ。

 自分のためにせっかくの合格を棒に振ってほしくないと。

 Bランクパーティーに加入できる機会なんて、もうこの先訪れないかもしれないから。


「カンパネラ様がそう仰っているのだ。此度の選考試験の合格者は一人。わかったらさっさとどこぞへ立ち去れ」


 カンパネラに執心しているらしいチャイムさんは、理不尽な不合格に何も言わずそう宣言した。

 もしかしたら彼女も貧民街の人間に対してよくない印象を抱いているのかもしれない。

 じゃあもう、この人たちには何を言っても、ヴィオラが合格になることはないのか。

 ようやくその結論に辿り着いた僕は、チャイム・ガランテの宣言に対して異を唱えた。


「いいえ、少し訂正があります」


「んっ?」


「今回の選考試験の合格者は、ゼロ人です」


「はっ……?」


 チャイムだけでなくカンパネラも驚いた様子で目を丸くする。

 そんな彼らに対して、僕は今一度強く宣言した。


「僕は、合格を辞退します」


「……」


 Bランクパーティーに入れる機会を、自ら放棄する愚行。

 チャイムとカンパネラだけでなく、周囲の冒険者たちも言葉を失って僕を見ていた。

 でも、これでいい。

 こんなパーティー、こっちから願い下げだ。

 ヴィオラのことをよく知りもしないで、育ちの地だけで危険人物扱いするパーティーなんて。

 ヴィオラも僕の宣言に目をぱちくりとさせていて、そんな彼女の手を取って僕は歩き出した。


「行こうヴィオラ」


「えっ、あの、ちょ……!」


 そのまま僕は、ヴィオラを連れてギルドを後にした。

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