第十五話 「貧民街」
賢者の魔眼。
視認した魔法を習得可能。
その説明に目を通して、僕は声を震わせながらヴィオラに問いかけた。
「こ、これってつまり、目で見た魔法を全部、自分のものにできるってこと?」
「はい。それが私が授かった力です」
「……」
……と、とんでもないスキルだ。
ヴィオラがあれだけたくさんの魔法が使えたのは、このスキルのおかげだったのか。
基本的に魔法系スキルを扱う魔法使いと呼ばれる人たちは、一系統か二系統ほどの魔法しか使えない。
火属性魔法を扱える火属性魔法使い、水属性魔法を扱える水属性魔法使い、はたまた治癒魔法を扱える治癒魔法使いなど。
そうしてたった一つの系統を極めていくのが魔法使いの基本となるのだが、ヴィオラの場合は多種多様な魔法を意のままに操ることができる。
どうしてこんな逸材がEランク冒険者なんだろう?
しかもパーティー加入の選考試験を受けているということは、単独冒険者でもあるってことだよね?
このような力があるなら、どのパーティーからも引く手数多だと思うんだけど。
そう思いながら改めて恩恵を見てみると、魔力の数値だけ異様に低いことに遅まきながら気が付く。
魔力値150。評価の位は下から二番目の“E”。
直後、先ほどの岩体との戦いを思い出して、僕はこの子がEランク冒険者である理由を悟った。
見ただけでどんな魔法も模倣できる力。しかし魔力値が低いせいで、模倣できたとしても威力が低くなってしまうんだ。
「低い、ですよね。私の魔力値。そのせいで、色んな魔法が使えたとしても、大して戦闘の役には立てないんですよ」
「……もしかして、それが原因で今は単独冒険者をやってるの?」
「はい。たくさんの魔法が使えても、魔力値が低いせいで役立たずとしか思ってもらえなくて……。これまでパーティーに入れてもらったこともなくて」
まあ、この魔力値ならそう思われても仕方がないか。
幾百幾千の魔法が使えるとしても、そのすべてが威力不足ではなんの意味もない。
岩体を倒した時みたいに、弱点を上手く突ければ戦力として数えられなくもないけど。
だからヴィオラは選考試験で実力を示して、パーティーに加入しようと考えたわけか。
やっぱりなんだか惜しい才能だ。
これから少しずつでも魔力の恩恵値が上がることを祈るばかりである。
「でもまあこれで試験には合格できるわけだし、これから黄金の鐘で少しずつ地力を付けていけばいいんじゃないかな」
「はい、そうですね」
ヴィオラは意気込むように、笑みを浮かべて両拳をぐっと握りしめた。
その時のヴィオラの顔を見て、僕はふと些細な疑問を覚える。
「ところで、どうしてヴィオラは冒険者をやってるの? 黄金の鐘の選考試験を受けるくらいだし、何か大きな目標があるとか?」
「……」
そもそも女性の冒険者という時点でそれなりに珍しい。
そのため女性冒険者の多くは、確固たる目的や大きな目標を抱えていたりする。
ヴィオラはそれでなくても、争い事とは縁遠いような気弱さと大人しい性格を持ち合わせているので、どうして冒険者になったのか純粋に気になってしまった。
すると問いかけられたヴィオラは、唐突に気まずそうに目を逸らしてしまう。
何かまずいことでも聞いてしまっただろうか。
不躾に踏み込みすぎたと思って、すぐに謝罪しようとするけど、それより先にヴィオラが言った。
「そういうのも、ヘルプさんはわかっちゃうものなんですか?」
「う、うん、たぶんね。あっ、でも、僕がそういう質問をしなかったら何も答えてくれないから、勝手に教えてくれるってことはないよ。そこだけは安心して」
「まあ、モニカさんでしたら、このことを話しても大丈夫だと思うので、私から話しますけど……私、元々は孤児だったんですよ」
「えっ……」
思いがけない返答に、僕は思わず困惑してしまう。
ヴィオラが元々は孤児だった?
冒険者になった理由を尋ねて身の上の話をしたということは、それも冒険者になったことに関係しているということだ。
ヴィオラの声音から真剣な様子を感じ取った僕は、静かに彼女の声に耳を傾ける。
「生まれた時から体が弱くて、将来は立って歩くこともままならないとお医者さんに言われたみたいです。そういった障害があったため、家族共々生活が困難になると見て両親は私を山奥に捨てていきました」
「……ひどい」
障害を抱えた家族を支えながら生活するのは確かに大変だ。
しかしそれでも大切な家族ということに変わりはない。
無情にも山奥に捨てるなんて、あまりにも酷い話だ。
そんな辛さを感じさせないような笑みと共に、ヴィオラはさらに続ける。
「そんな私を見つけて拾ってくれたのが、山の近くにある貧民街で孤児院を営んでいるオカリナおばさんです」
「オカリナおばさん?」
「オカリナおばさんは山奥や貧民街に捨てられた子供たちを引き取って、営んでいる孤児院で面倒を見ている優しい人なんですよ。将来は貧しさに苦しむ子供たちがいなくなるように、世界で一番大きな孤児院を建てるのが夢みたいです」
「じゃあヴィオラは、その孤児院で面倒を見てもらってたの?」
「はい。体が弱いことも寛容に受け入れてくれて、色々と献身的に見てもらったおかげで、私はここまで大きくなることができました。寝たきりになると言われていたのに、今ではこうして自由に立って歩くこともできています」
ヴィオラはそのオカリナおばさんのことを思い出しているのか、嬉しそうに微笑みながら言う。
「私はここまで面倒を見てくれたオカリナおばさんに、恩返しがしたいんです。孤児院の維持のために、オカリナおばさんは無理をしながら働きに出ていて、生活はいつもカツカツで……」
「だから冒険者として大金を稼いで、孤児院を助けようと思ったってこと?」
「まあ、私が多額のお金を稼ぐ方法は、冒険者くらいしかなかったので。一応、神託の儀では戦闘に生かせる力を授かりましたし」
なるほど。
確かに孤児院からの出身だと、多額のお金を稼ぐなら冒険者くらいしか考えられない。
それでヴィオラは……
「冒険者として大金を稼げるようになれば、オカリナおばさんの夢も叶えてあげられるかもしれませんからね。これが、私が冒険者になった理由です」
「……」
理由を聞き終えた僕は、ヴィオラが最初に言い渋った理由も悟った。
おそらく“貧民街”の出身ということを知られたくなかったのだろう。
貧民街の出身者は、世間的に見れば無法者が多い印象があるから。
貧民街の出身だと知って邪険にする人もいるくらいだし。
だから出身地を話して、僕にどう思われるか不安だったのだろう。
でも、最後は僕のことを信用してくれて話してくれた。
それに嬉しさを感じると同時に、強い親近感を覚えて僕は思わず綻ぶ。
「僕と同じだ」
「えっ?」
「僕も、呪いに冒された妹を助けるために、お金をたくさん稼ぎたいって思ってるんだ。そのためには冒険者として大成するのが一番の近道だったから、僕も冒険者になったんだよ」
「……」
こちらもお返しとして身の上話をする。
まさかお互いに似たような理由で冒険者になったと思わず、つい嬉しくなって僕も話してしまった。
なんだか俄然、この試験へのやる気が出てきた気がする。
「一緒にこの選考試験に合格して、『黄金の鐘』に入ろうね。お互いに、夢を叶えるために」
「は、はい……!」
ヴィオラも同じ気持ちになってくれたらしく、力強い頷きを返してくれた。
ヴィオラと一緒に黄金の鐘に入れたらとても嬉しい。
だから僕も岩体の核をしっかりと手に入れないと。
そんな意気込みを神様が聞き届けてくれたのだろうか……
突然、ヴィオラが通路の先に鋭い視線を向けた。
「岩体の気配を感じます」
「えっ……?」