第十四話 「賢者の魔眼」
ヴィオラが岩体を倒した後。
崩れた岩の中から核を拾った少女が、気まずそうな顔で僕のところに歩いて来た。
そして何やら申し訳なさそうな顔で会釈をしてくる。
「あ、あの……ありがとう、ございます。弱点、教えていただいて」
「いいよ、別にこれくらい」
ものすごく貴重な情報というわけでもないし。
岩体との戦闘経験が多い冒険者なら、たぶん普通に知っていることだろうから。
見ると、ヴィオラは終始落ち込んだような様子で俯いている。
獲物を横取りされると思って突き放した手前、弱点を教えてもらって罪悪感を覚えているのだろう。
一見はつんけんしているように思えたけど、根は優しい少女のようだから。
すると彼女はおもむろに顔を上げて、上目遣いで問いかけてくる。
「あ、あなたも、試験参加者ですよね?」
「えっ? うん、そうだけど」
「もう、岩体は見つけて討伐されたんですか?」
「ううん、それがまだなんだよね。なんか全然見つからなくてさ」
「……」
もしかしたらステータスメニューで“幸運”の数値をいじってしまったからなのかな?
そんな可能性に遅まきながら気が付くけど、ヘルプさんは基本的に意味のない数値だと言っていたし。
僕自身の運の悪さが災いしているんだろうなぁ、なんて思っていると、ヴィオラから思いがけない提案をされた。
「でしたら、岩体探しお手伝いします」
「えっ……」
「一応、感知魔法が使えるので、あなた一人で探すよりかは早く見つかるかと。弱点も教えていただいたので」
「で、でも、試験は協力して受けちゃいけないんじゃ……」
そんなことしてもらったら、下手したらお互いに失格になってしまう。
「きょ、協力して討伐するのは禁止ですけど、一緒に岩体を探すのはダメとは、言われていないですよね」
「ま、まあ、それは言われてないけど……」
「それにあなただって、私に助言してきたじゃないですか。一緒に探すのもダメでしたら、助言するのだって禁止行為に触れると思います」
そ、そうなのかな?
屁理屈のようにも思えるけれど、確かに一緒に探すのまでは禁止されていない。
あくまでこの選考試験は戦闘能力を測るものだと言っていたし、一緒に標的を探すくらいなら大丈夫なのだろうか?
『過去、類似した試験が行われた際、同様の状況になった参加者がおりましたが、協力行為として罰則は受けておりません』
そ、そうなんだ。
じゃあまあ、ヘルプさんもこう言っていることだし、お言葉に甘えさせてもらおうかな。
「借りを作りっぱなしというのも歯痒いので、何かお手伝いできたらと思ったんですけど……」
「そ、それじゃあ、お願いしようかな」
改めてそう言うと、ヴィオラは三角帽子の下の顔に、初めて笑みを滲ませた。
まさかこんな形で誰かと協力することになるとは。
ともあれそうなったからには、自己紹介をしておくことにする。
「あっ、僕の名前はモニカだよ。モニカ・アニマート。よろしくね、ヴィオラ」
「はい、よろしくお願い…………って、あれ? 私、名前言いましたっけ?」
「あっ……」
思わず名前を口走ってしまうと、途端にヴィオラが僕から距離をとった。
「もも、もしかしてあなた! 私のストーカーですか!?」
「ち、違うって! なんでも教えてくれるヘルプさんっていう相棒がいるんだ。相棒っていうか僕の能力なんだけど、それで君の名前もわかって……」
「ヘルプ、さん……?」
うーん、一言で説明するのは難しいなぁ。
ヘルプさんのことを話すなら、まずは僕のメニュー画面のことから説明する必要があるし。
まあ、彼女の警戒心を解くために、これは必要不可欠なことか。
「と、とりあえず、先に進みながら説明してもいいかな? 本当にストーカーとかじゃないからさ……」
「…………は、はい、わかりました」
まだ若干の警戒心を感じはしたけれど、とりあえずヴィオラはついて来てくれた。
そんなこんなあって、僕とヴィオラは一時的に行動を共にすることになったのだった。
ヴィオラと探索を始めて三十分ほど。
岩体はいまだに見つかっていないけれど、その時間で僕の能力について説明することができた。
僕が神託の儀で神様から与えられたのは、【メニュー】という名前の珍しいスキルだということ。
そのスキルの効果で、メニュー画面という特殊な機能を複数搭載した画面を出せるということ。
その機能の中に、ヘルプメニューというものがあって、知識の泉であるヘルプさんを呼び出せるということを。
「メニュー画面……。このような力は初めて見ました。とても不思議な力をお持ちなんですね」
ヴィオラは僕の目の前に表示されているメニュー画面を、物珍しげに見つめている。
そういえば僕も、自分以外にメニュー画面を開ける人は見たことがないな。
ヘルプさんも現存しているスキルの中に、似たようなものが一つもないって言っているくらいだし。
やがてヴィオラは細い指を伸ばして、ゆっくりとメニュー画面に近づけてくる。
「これって、私も触れるものなんですか?」
「ううん、僕しか操作はできないよ。ヘルプさんの声も、たぶん僕しか聞き取れないんじゃないかな」
その言葉の通り、ヴィオラの指はメニュー画面をするっと素通りしてしまった。
このメニュー画面を操作できるのは僕だけだ。
前にも一度、勝利の旋律にいた時にホルンたちが試したことがあって、その時もこうして煙のように素通りしていた。
それとヘルプさんの声も、僕の頭に直接響いているものなので、たぶん他の人に聞かせることはできないだろう。
改めてそう説明すると、ヴィオラはメニュー画面に表示されている“とある文字”を見て、きょとんと小首を傾げる。
「ところで、この【セーブ】と【ロード】というのはなんですか?」
「えっ!? そ、それはその、戦闘にはあんまり役に立たない機能だよ……」
慌ててそう伝えると、ヴィオラは「へぇ、そうですか」と言って流してくれた。
メニュー画面の【セーブ】と【ロード】の機能は、第三者に認知された時点で強制的に【ロード】が執行される。
ここで僕がこの二つの機能を詳しく説明してしまうと、このノーツ地下遺跡に入る直前の状態まで戻されてしまうのだ。
そのため咄嗟に嘘を吐いて誤魔化した。
「とりあえず、これで私の名前を知っていた理由がわかりました。ストーカーの変質者じゃなくてよかったです」
「なんかさっきよりひどくなってない?」
さっきはただのストーカーと言っていたのに、不名誉な称号が一つ追加されていた。
ともあれ誤解が解けて何よりである。
「もしかして岩体の弱点をご存知だったのも、そのヘルプさんの知識のおかげなんですか?」
「そっ。僕自身、岩体と戦ったことはあったけど、弱点までは知らなかったからね。それでヘルプさんが教えてくれたんだ」
「でしたら、ヘルプさんにもお礼を言わなければなりませんね。ありがとうございますと、モニカさんからお伝えしてくださいませんか?」
だってさ、と心中でヘルプさんに伝えると、ヘルプさんは『ご質問に回答したまでです』と端的に受け答えをした。
ヘルプさんらしい。
すると今度はヴィオラが、懐から可愛らしい縁の手鏡を取り出した。
「ヘルプさんがいらっしゃるので、わざわざこうしてお教えする必要はないと思いますけど、メニュー画面のことを明かしていただいたお礼に私の能力についてもお話ししますね」
「えっ……?」
そう言ったヴィオラは、手鏡を持ちながらお馴染みの式句を唱えた。
「【恩恵を開示せよ】」
瞬間、手鏡が仄かに光り、じわじわと文字が表示された。
◇ヴィオラ・フェローチェ
筋力:D280
頑強:C320
敏捷:C+420
魔力:E150
体力:D210
精神力:C350
幸運:D220
◇スキル
【賢者の魔眼】・視認した魔法を習得可能
・保有魔法数33
これが、ヴィオラの恩恵とスキル。
メニュー画面のことを話したお礼に、ここまで見せてくれるなんて義理堅いな。
そう思う傍らで、僕は彼女の持つスキルを見て、思いがけず呟いた。
「賢者の、魔眼……?」