第百三十六話 「目標金額」
「二位と三位の賞金……?」
一位の賞金だけでなく、すべての賞金をもらえることになった。
その事実を受けて僕のみならず、ヴィオラとミュゼットも目を大きく見張っている。
そんな驚愕の中でも僕の現金な思考は冷静に働き、ほぼ反射的に頭の奥底で金額の計算を行っていた。
一位の賞金が2000万ノイズ。
そして二位が1000万で三位が500万だ。
つまり僕たちの手元に入ってくる金額は……合わせて3500万。
さらにそこに、今の貯蓄の1500万が合わされば……
「……届く」
コルネットの呪いを解くための5000万に、ちょうど届く。
その事実がゆっくりと頭の中に浸透していき、手足が歓喜によって震えてくる。
しかし当然疑問もあったため、僕は遅れてグーチェンさんに尋ねた。
「ど、どうして二位と三位の賞金も、僕たちに贈られることになったんですか? 贈ってもらう覚えがない気が……」
「簡単な話さ。ようは“お詫び”だよ。色々迷惑をかけたお詫び」
「お詫び……?」
眉を寄せる僕を見て、グーチェンさんはさらに続ける。
「闘技祭の最終本戦で八百長が行われた。それも君たちが圧倒的に不利になる八百長だ。それを防げなかったことと、そもそも八百長を介入させる対戦形式にしてしまったこと、それらすべてを謝罪する意味を込めて賞金の全額を渡すことが決まったんだ。この度は本当にすまなかった」
「いえいえ……! グーチェンさんたちが悪いわけじゃないですし、僕たちは対戦形式に納得した上で参加してましたから」
それでもグーチェンさんは申し訳なさそうに眉を下げている。
主任試験官として闘技祭を公平なものにできなかったことを悔やんでいるらしい。
僕としては、あれだけの数の人間が参加していた闘技祭を、最後の八百長ひとつだけのトラブルで収めただけでも相当凄いことだと思っている。
やがて彼は顔を上げて、もうひとつ別の理由を告げてきた。
「あとは単純に、八百長した連中が失格になったことで、二位と三位のチームが不在になり、用意した賞金の行き場が失われたこともある。そして何より、八百長による四対一の環境下でも優勝をもぎ取った君たちを称賛する意味も込めて、すべての賞金を受け渡す運びになったってわけだ」
「称賛……」
「君たちこそ、真の闘技祭の覇者だ。それを証明する賞金でもある。だから遠慮せずにすべて受け取ってほしい」
その時、グーチェンさんの言葉を合図にするように、別の試験官さんがやってくる。
その人は両手で金属製のチェストを抱えており、それを僕たちの前に運んできた。
中身の確認のためにそのチェストは開けられて、僕たちの目にはまさに夢のような光景が飛び込んできたのだった。
「……カさん! モニカさん!」
「えっ……?」
ハッと我に返ると、僕はいつの間にか闘技場の外にいた。
僅かに拓けた広場の中央で、ヴィオラとミュゼットに怪訝な視線を向けられながら佇んでいる。
「さっきからずっと呆けてますけど大丈夫ですか? なんだか抜け殻みたいになって……」
「まあ、無理もありませんわね。まさかいきなりあれだけの大金を渡されるなんて思いませんでしたから」
「え、えっと……」
そう、僕たちは闘技祭の優勝賞金を受け取りに来たんだ。
それでグーチェンさんから、二位と三位の賞金も受け取ってほしいと言われて大金が運ばれてきた。
そしてチェストの中身を見せられて、夢みたいな景色が視界に飛び込んできて、それからの記憶がまったくない。
あまりにも衝撃的な光景すぎて、現実をすぐに呑み込むことができなかったのだ。
咄嗟に【アイテム】メニューを開いて【所持金】を確かめると、そこにはちゃんと目標金額の5000万ノイズが表示された。
本当に、僕は目標を達成することができたんだ。
六年間、ずっとこのためだけに冒険者活動を続けてきて、その目的がようやく達成されて……
「まだぼぉーっとしていますの? なんでしたらわたしくが、頬を一発ひっぱたいて目を覚まさせてあげますわよ」
「ご、ごめん、もう大丈夫。まさかこんな形で、いきなり目標金額が貯まるとは思ってなかったからさ」
ミュゼットがニヤニヤしながら小さな手を振り上げるのを見て、僕はかぶりを振って平常であることを伝える。
正直5000万まではもう少し時間がかかると思っていたから、その段階を一気に飛び越えることができたのは衝撃的だった。
新しく旅の仲間に加わったミュゼットとしては消化不良だろうけど、僕の目的が達成されてもまだヴィオラとミュゼットの目的がある。
そのために旅は続けるつもりなので、ミュゼットが仲間に入った意味はそれから出てくるだろう。
いまだに微かに頭をぼんやりとさせながら、僕は辿々しく口を開く。
「お、お金……。そう! お金貯まったから、すぐにコルネットと母さんに伝えに行かなきゃ! それでその後に解呪師に依頼を出して、コルネットの呪いを治してもらって……! で、合ってるよね?」
「はい、大丈夫ですよモニカさん。落ち着いてください」
ヴィオラに冷静に返されて、少しずつ僕の気持ちも落ち着いてくる。
やるべきことはちゃんとわかっている。
まずはコルネットと母さんにお金のことを伝えに行かなきゃいけない。
元々、闘技場で賞金を受け取ったら、一度実家に戻ろうと思っていたので結果的によかった。
「じゃ、じゃあさっそくだけど、僕の故郷のクラシカルの村に行こうと思うんだけど、よかったらふたりも一緒に来てくれないかな? コルネットと母さんに一緒に旅をしてる仲間だって紹介したいから」
「あっ、ぜひぜひ! モニカさんのご家族にお会いしてみたいです」
「ええ。あなたが育った村というのも興味がありますし、ご一緒させてくださいませ」
ふたりからも了承を得られたので、僕はさっそく【マップ】メニューを開く。
そこから世界地図である【ワールドマップ】に切り替えて、スッスッと地図を大きく動かした。
やがてこの大陸から遠く離れた、故郷のクラシカルの村を見つける。
久々に見た故郷の姿にもう懐かしさを感じながら、僕は村のシルエットを指先で押そうとした。
しかしその時……
「そこの君、少しいいかしら?」
「……?」
突然後ろから声をかけられて、僕は指先をピタッと止める。
振り返った先では、白い上衣に黒い胸当てをつけ、ミニスカートの後ろでウエストケープを靡かせる、白と黒のツートンヘアの女性がいた。




