第百三十五話 「急転直下」
ミュゼットが正式に『祝福の楽団』に加入することが決まった。
そのため僕たちはギルドへは向かわず、闘技祭の打ち上げをするためにその足で食事処へ向かう。
木造りでシックな雰囲気ながら、メニューが豊富で程よく静かな町中レストラン。
そこで各々料理とお酒を注文し、飲み物が手元に運ばれてくるやすかさずグラスを打ちつけ合ったのだった。
「それじゃあ改めて、『祝福の楽団』の闘技祭の優勝と、ミュゼットの正式加入を祝して……乾杯!」
カンッカンッ!
グラス三つ分の音が響き、いつもと違った雰囲気を感じて思わず顔が綻ぶ。
ヴィオラとふたりだけだったパーティーが、三人になったことで賑やかな空気が漂っていた。
「これでようやく『祝福の楽団』が“パーティー”らしくなってきたね。今まではパーティーっていうよりコンビって感じが強かったし」
「そうですね。駆け出し冒険者なら割と二人組は多いですけど、Aランクでふたりだけのパーティーはほとんど見たことありませんからね」
「……それでAランクにまで上り詰めたあなた方がおかしいだけですわよ」
ミュゼットが呆れながら僕たちを見てくる。
言われてみればふたりだけでAランクにまで来られたのはかなりすごい方かも。
運が良かった部分は大きいけど、たったふたりで数か月でここまでランクを上げられたのは快挙かもしれない。
そして今、頼もしいメンバーがさらにひとり加わってくれた。
「これでSランクへの昇級が本当に現実的になってきたね。そうなったら今まで以上にお金を稼ぎやすくなるし、明日には闘技祭の賞金だって懐に入ってくる。目標金額まですぐに手が届くぞ……!」
僕は手元のグラスに目を落としながら、歓喜に打ち震えて笑みを深める。
すると今の発言を聞いたミュゼットが改まった様子で尋ねてきた。
「目標金額……。確か妹さんの呪いを解くために、莫大な治療費を求めて冒険者活動をしているのでしたっけ?」
「そうそう。数年前に故郷の村に魔人が現れてさ、その時に多くの被害が出て……妹のコルネットはその魔人に呪いをかけられたんだ」
ミュゼットには以前、僕が冒険者活動とお金稼ぎをしている理由をざっくりとだけど話したことがある。
魔人の呪いに苦しめられている妹を救うためだと。
改めてそのことについて、詳しく説明することにした。
「魔人は村人たちに目も暮れず、ただ村の近くを通り過ぎただけらしい。それなのに村には甚大な被害が出て、コルネットは徐々に衰弱していく呪いに侵されたんだ」
魔人が襲来した当時、僕は現場には居合わせていなかったので状況をはっきり把握してはいない。
だから後になって、村の人たちから状況を説明してもらったのだ。
いわく、まるで大きな災害が訪れたみたいだったと。
村の建物が壊され、燃やされ、煙や悲鳴が辺りに充満して、まさに地獄絵図だったと村の人たちは口々に語っていた。
そのため魔人の姿をまともに見た人もいないらしい。
「目的がよくわからない魔人ですわね。その影響を受けてしまった妹さんが気の毒でなりませんわ。しかしその呪いを治すための金額はもうすぐ集まるのですよね」
「うん。解呪師に依頼するための治療費が5000万ノイズ。今の貯蓄がだいたい1500万で、闘技祭の賞金が2000万だから……」
ミュゼットに山分けする賞金を考えて、頭の中で計算をしていると……
先に彼女が金額を口にした。
「ではあとは1500万ノイズですのね。それでしたら遠くないうちに集められそうですわね」
「えっ?」
残り1500万?
それだと闘技祭の賞金が丸々僕の懐に入ったことになるけど……?
どうやらすべてこちらに渡すつもりらしいミュゼットに、僕は眉を寄せて問いかけた。
「2000万の賞金、ぜんぶ僕がもらっちゃってもいいの? ミュゼットの取り分は……?」
「取り分? いりませんわよそんなの。というかわたくしには受け取る資格がありませんわ」
「えっ、なんで?」
「わたくしはあなた方のチームに一次本戦から途中加入したのですよ。それに最終本戦ではほとんどあなたの力だけで敵を一掃してしまいましたし、優勝に貢献した実感がまるでありませんの」
ミュゼットは一度グラスに口をつけ、紫色のお酒で喉を潤してからさらに澄まし顔で続ける。
「そもそもわたくしの力は、あなたのメニュー画面によって引き出されているものですのよ。わたくしの活躍はあなたの活躍と言っても過言ではありませんの」
「だからって、取り分なしっていうのはさすがに……」
「何よりわたくしは、名声さえ上げられたらそれで構いませんの。急ぎでお金が必要なのはあなたの方なのですから、気にせず妹さんの治療費にあててくださいませ」
「……ありがとう、ミュゼット」
その言葉と優しさに救われる。
そういえばヴィオラにも似たようなことを言われたっけな。
急ぎでお金が必要なのは僕の方だから、気にせず全部受け取ってくださいと。
そんな彼女からもすでに賞金の山分けはしなくていいと了承を得ているので、これでいよいよ残りの金額は1500万ノイズになったわけだ。
本当にもう、コルネットの解呪が目と鼻の先にまで迫ってきた。
「……あと少しで」
またコルネットが元気いっぱいに外を駆け回る姿を見られるようになる。
半分寝たきりのような状態になったコルネットを助けられる。
故郷のクラシカルの村を飛び出して冒険者になった時は、果てしない目標だと思ってしまったけれど、コツコツ積み重ねていけば無茶な目標も現実味を帯びてくるんだな。
『あんまり無理しないでね、お兄ちゃん』
思えば村を出てから、もう六年が経ったのか。
コルネットと母さん、元気にしてるかな……?
ずっと顔を見せていなかったから、六年ぶりに帰ったらアルモニカだって気付かれないかもしれない。
そろそろ実家に顔を出した方がよさそうかな。
ホルンのところのパーティーを追い出された時は、心配をかけさせたくないから顔を見せなかったけど、今は心から信頼できる仲間たちに囲まれている。
コルネットの面倒をひとりで見ている母さんも苦労しているだろうし、顔を見せるついでに仕送りを渡すのもいいかもしれないな。
何より今なら、【マップ】メニューの【ファストトラベル】機能があるから、一瞬でここの大陸からクラシカルに飛べるし。
「……よし」
明日、闘技場で賞金を受け取ったら、報告がてら実家に戻ってみよう。
あと少しで解呪費用が貯まるって聞いたら、きっとコルネットも母さんも喜ぶはずだから。
できればヴィオラとミュゼットも連れて行って、自慢の仲間だって紹介もしたいな。
そんなことを人知れず考えて顔を綻ばせながら、僕は打ち上げの賑やかな空気感とお酒に酔いしれたのだった。
翌日。
昼頃に噴水広場で待ち合わせをした僕たちは、賞金を受け取るために再び闘技場へ足を運んだ。
そしてそこで待っていた闘技祭の主任試験官のグーチェンさんから、驚愕の事実を知らされることになる。
「賞金の受け渡しを遅らせてしまって申し訳なかったな。予定通り君たちには優勝賞金の2000万ノイズを受け取ってもらう。そして協議の結果、二位と三位の賞金についてもすべて君たちに進呈する運びとなった」
「えっ?」
急転直下の展開になる、そんな予感がした。




