第百三十三話 「別れ」
「そうか……。そういうことになる……のか」
ミュゼットから『協力関係はおしまい』と言われて、僕は遅まきながら別れの時であると気が付く。
今ではこうして三人でいるのが当たり前のように感じていたが、あくまで僕たちは闘技祭の間だけ共闘することを誓った間柄だ。
そのお祭りが終わってしまえば、この関係も解消される。
わかってはいたことなのに、この楽しい時間がもっと続いてほしいと願うばかり、僕はいつか訪れる別れから目を逸らしていたのかもしれない。
その事実に思わず顔を強張らせて、同じくヴィオラも表情を曇らせていると、そんな僕たちを見たミュゼットが幼げな顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「まったくなんですの、そのしょぼくれた顔は? まさかわたくしがいなくなることに、寂しさでも感じてくれていますの?」
少し茶化すような声音と表情。
彼女なりに湿っぽい空気を変えようとしてくれたのだろうけど、僕は浮かない顔をそのままに素直な気持ちを伝えた。
「……寂しいよ」
「えっ?」
「三日間っていう短い間だったけど、ミュゼットと一緒に過ごした時間はすごく楽しかった。ずっと前からこの三人でいたような気さえするほどに。だからミュゼットがいなくなるのは、寂しいに決まってる」
「……」
悪戯っぽい笑みを見せていたミュゼットは、ぽかんとした様子で固まってしまう。
まさかここまで真っ直ぐに気持ちを明かしてくるとは思わなかったのだろう。
でもこれが僕の本音だ。僕たち祝福の楽団の本当の気持ちだ。
ミュゼットがいなくなってしまうのは、心から寂しいと思う。
その気持ちを正面から吐露すると、固まっていたミュゼットはハッとして頬を紅潮させた。
「……そ、そんなにはっきりと言うなんて、あなたってそんな人でしたか」
動揺を示すようにブロンドのツインテールを手で忙しなく伸ばし、次いで半笑いでため息を吐く。
「あーもう、これでは空気が台無しですわ……! せっかく淑女らしくスマートに別れを終えるつもりでしたのに。嫌でもしんみりしてしまうではありませんか」
「淑女らしく、か。なんかミュゼットらしいね」
そんなこともわかってしまうほどに、僕たちはたった三日でお互いを知りすぎてしまっている。
だからなおのこと別れを寂しく思っていると、今度はヴィオラがおずおずと口を開いた。
「あ、あの、本当にここでお別れしなければいけないんでしょうか? せっかくこうして仲良くなれたのに……」
ヴィオラの言いたいこともわかる。
ただでさえ僕たちは人付き合いが苦手で知り合いや友人がほとんどいない身。
だからこそ、この短期間でここまで仲良くなれたミュゼットと別れるのを惜しんでいる。
なんらかの形でまだ一緒にいられないかと、人知れず希望を探してしまうほどに。
でも、その願いが叶わないということも、僕たちは充分に理解していた。
「わたくしは冒険者ではなく、あくまで令嬢ですから、相応の責務というものがあります。闘技祭へは家族の反対を押し切ってやってきましたから、ここからはもう我儘は無しなんです」
令嬢の責務。
僕には縁遠い話なのでピンとは来ないけど、社交界や舞踏会に参加したり、習い事をやったり色々あるのだろう。
そうしてブリランテ家の令嬢として務める義務が、ミュゼットにはある。
そうでなくてもブリランテ家は一度没落し、れっきとした貴族というわけではないのでその地位を取り戻すためにまい進する必要があるんだ。
ミュゼットはそのためにいち早く生家へ戻らなければならない。
「そもそもわたくしたちは住む世界が違いますから、こうして一緒にいること自体が夢みたいなものなんですよ。さらにはモニカさんから力と勇気まで与えてもらって、あんな風に立派に戦うこともできて……本当に短い夢を見させていただいた気持ちです」
その時ふと、前にミュゼットが口にした台詞が脳裏をよぎる。
『本当に、短い夢を見させていただいている気分です』
当時はなんの意味かは理解できなかったけど、今ならそれがはっきりとわかる。
ミュゼットは闘技祭が終わったら僕たちのパーティーから離れることになる。
そして僕の【パーティー】メニューの恩寵を手放すことになるんだ。
だけでなく、ミュゼットは三人で過ごす時間もかけがえのないものだと思ってくれていたらしい。
だからふたつの意味で、『夢を見させてもらうのはここまで』と言ったようだ。
そして今、その別れの瞬間に差しかかっている。
「闘技祭も終わったことですし、お互いに元の生活に帰る時です。さあ、ギルドへ行ってわたしくのことを『パーティー』から外してもらいましょう」
改めてミュゼットはそう言い、ギルドへ向かうために止まっていた足を踏み出しかける。
そんな彼女をせき止めるように、僕はかぶりを振って返した。
「……いや、『パーティー』はそのままにしておくよ」
「えっ?」
「ミュゼットは【祝福の楽団】のメンバーのままにしておく。そうしておけば僕の【パーティー】メニューの恩寵をずっと受け続けることができるからさ」
ミュゼットは鉄壁の淑女として、その強さのまま元の生活に戻ることができる。
きっとその力は彼女の今後の人生で役立ってくれるはずだし、そうなったら僕としてもとても嬉しい。
そんな返事がくるとは思っていなかったのか、ミュゼットは目を丸くしながらこちらを振り向いた。
「よろしいん……ですの? 正式なメンバーではないわたくしを、ずっとパーティーに居座らせておいても? 確か冒険者のパーティーには人数の制限があるはずでは……」
「いいよ別に。しばらくそんな大規模なパーティーになる予定はないし、名前を置いておくだけならなんの支障もないから。何より離れていても、ミュゼットはずっと僕たちの仲間だからさ」
「……」
その言葉にヴィオラも同調し、こくこくと頷きを見せる。
対してミュゼットはしばらく呆然とした様子で立ち尽くすと、何かをこらえるように唇を噛み締めて、次いで頭を下げてきた。
「何から何まで、本当にありがとうございます……!」
やがて上げられた顔には、少しの寂しさを含んだ笑みが浮かんでおり、その表情に釣られて再び寂しさを覚える。
それでもミュゼットは令嬢として、責務を果たすために別れを切り出そうとした。
「あなた方と一緒にいた時間は、とても三日間とは思えないほど濃密なものでした。臆病なわたくしの背中を力強く押してくれて、たくさんの勇気も与えてくれました。この三日間のことは決して忘れませんわ。また機会がありましたら、是非とも一緒に……」
不意に言葉が詰まり、ミュゼットは微かに声を震わせる。
「一緒に……一緒に……」
やがて声だけではなく唇まで震えさせると、サファイアのように綺麗な碧眼から、一滴の雫が流れ落ちた。
「もっと一緒に、あなた方と冒険がしたかったです」
「……ミュゼット」
彼女は涙を流しながら、無理やりに作った笑みをこちらに向ける。
隣ではミュゼットの気持ちを聞いたヴィオラが同じく涙を流し、僕も思わず瞳の奥を熱くさせた。
もっと一緒に冒険を……。それができたらどれだけ嬉しいことか。
その時――
「行ってくればいいじゃないか、ミュゼット」
「えっ?」
不意に後ろから聞き覚えのない声が聞こえてくる。
咄嗟に振り返ると、そこにはブロンドの短髪にサファイアのような碧眼を持つ、十三、四歳ほどの“少年”が立っていた。
どこで見た髪色と目の色の組み合わせ。それに上質なフロッグコートに身を包んでいて、装いが貴族の子供のようである。
そんなことを思っていると、同じく少年の姿を見たミュゼットが、目を見開いて大きな声を上げた。
「ショ、ショームお兄様⁉」




