第十三話 「豊富な知識」
「あれは……」
岩を積み上げて作ったような巨人の怪物。
僕も以前に戦ったことのある岩体で間違いない。
一方で黒髪の少女の方は見覚えがなかった。
黒いローブと黒い三角帽子を着用しており、帽子の下からはボサッとした黒い長髪が覗いている。
まさに“魔女”という言葉を連想させるような服装と容姿の少女は、枯れ木のような杖を構えながら岩体と対峙していた。
「【エアロブラスト】!」
少女の構えた杖の先端から鋭い風が吹く。
それは細かい刃のようになって通路を吹き抜け、岩体の岩の体を瞬く間に包み込んだ。
無数の風の刃が岩体を襲う。
だが……
「くっ――!」
威力が弱いせいで、岩体には傷一つ付いていなかった。
今のは間違いなく“魔法”による攻撃。
だけど、魔法にしてはかなり威力が乏しいように見える。
あれでは岩体の強固な体を貫くことはできない。
「そ、それでしたら……!」
少女は風系統の魔法が効かないとわかると、即座に杖を構え直した。
「【ブレイズレイン】!」
瞬間、少女が岩体の頭上に杖を向けると、遺跡の天井間際に橙色の“雲”が発生する。
そこから細い炎が雨のようにして降り注ぎ、岩体の岩の体に被弾した。
しかし……
「ゴゴゴォォォォォ!」
「ひ、ひぃぃ!」
岩体は特徴的な叫び声を上げて、橙色の雲を右腕の一振りで消し去った。
せっかく繰り出した魔法が容易く一蹴されて、少女はあわあわと戸惑う。
どうやら彼女はたくさんの魔法が使えるみたいだけど、魔力値が低いせいで岩体に傷を付けられないようだ。
低級の魔物ならそれでも倒すことはできるんだろうけど、岩体の強靭な体を砕くならもっと強力な魔法でないと。
「どど、どうすればいいんでしょうか……!」
ジリジリと迫って来る岩体を見て、少女は涙目になる。
次第に壁際の方まで追い込まれてしまい、為す術もなく困惑するしかなかった。
助けなきゃ、と思う一方で、僕は踏み出しかけた足を止める。
岩体と戦っているということは、同じ試験参加者だろうか?
ギルドにいた時は気が付かなかったけど、もしあの子も選考試験を受けているなら助けるのは悪手だと思う。
この試験は単独での戦闘能力を測るものだと言っていたし、協力行為は禁止だと聞いた。
もしかしたら僕が助けに入ったその時点で、あの子は失格になってしまうかもしれない。
同時に僕もだけど。
だから試験参加者かどうか、まずは確認することにした。
「ヘルプさん、あの子って……」
すると僕の心中を疑問として受け取ったヘルプさんが、こちらが言い終えるよりも先に、とんでもない情報を口走り始めた。
『本名、ヴィオラ・フェローチェ。性別女性。Eランク冒険者。黄金の鐘の選考試験に参加中。年齢十七歳。身長1.55メル。体重と胸囲は……』
「わぁぁ! そこまで言わなくていいって!」
「んっ?」
思わず大声を上げてしまうと、案の定少女と岩体に気付かれてしまった。
ヴィオラという名の少女は、驚いた様子でこちらに目を向ける。
「あ、あなたは確か、冒険者ギルドにいた……」
「ちょ! まえまえ!」
その隙を、岩体は見逃さなかった。
逞しい岩の右腕を掲げて、ヴィオラを目掛けて振り下ろしてくる。
「ひっ!」
彼女はその一撃を、奇跡的にも寸前のところで回避して、すかさず岩体から距離をとった。
続けて岩体が右手の平から岩を生成して、高速で飛ばして来るが、少女はそれすらも間一髪のところで躱す。
逃げ足は結構速いな。
魔力値は低いみたいだけど、敏捷値はそれなりに高いみたいだ。
ただ、あまりにも防戦一方なので、見ているこちらがハラハラさせられてしまうけど。
だから僕は気遣うような言葉を掛けようとした。
「だ、だいじょう……」
「手を出さないでください!」
「……?」
「これは、私の獲物ですので……! 絶対に、手を出さないでください……!」
「……別に、横取りするつもりはないけど」
まあ、このタイミングで他の試験参加者が来たら、そう疑うのも無理はないか。
ていうかあそこまで追い込まれておいて、強気にそう言えるのは大した根性である。
ともあれ手を出すなと言われたからには、僕は黙って見守ることにした。
あれだけ強気な態度を見せていたので、他にも隠している奥の手などがあるのかもしれないし。
と、思ったのだが……
「ゴゴゴゴッ!」
「うにゃああぁぁぁ!!!」
ヴィオラの多種多様な魔法は、岩体の岩の体に一つも傷を付けることができなかった。
……ダメそう。
本当に色んな種類の魔法を使えるみたいだけど、やはり魔力値が足りていない。
だから魔法を撃っては逃げて、また撃っては逃げてをひたすらに繰り返している。
なんだか色々と惜しい子だ。
いよいよ危なくなったら、助けに入っちゃっても大丈夫だよね?
『ヴィオラ・フェローチェでも、岩体を討伐することは可能です』
「えっ……?」
『いまだに試していない魔法の中に、雷系統の魔法がございます。一見は効果的に見えない魔法ですが、それが岩体の弱点であり、たとえ魔力値が低くても……』
「……それで倒せるってことか」
どうやら彼女はそれを知らないらしいので、先ほどから別系統の魔法で応戦しようとしている。
まあ、渇き切った岩の体に雷魔法が効く印象はないもんね。
それだったら早いところ、彼女にこのことを伝えないと。
今回の選考試験は協力して討伐するのは禁止されているけど、助言をすることまで禁じられているわけじゃないし。
たぶん、大丈夫だよね?
「岩体は雷系統の魔法が弱点らしいよ」
「えっ?」
戦闘中のヴィオラに不意にそう伝えると、彼女はきょとんと目を丸くした。
初耳だと言わんばかりの表情。
やっぱり知らなかったのか。
すると彼女は岩体の一撃から逃げながら、杖を構え直して唱える。
「【サンダーバード】!」
瞬間、少女の背後に鳥の形をした雷が生成された。
合計で五羽。小ぶりな雷の鳥たちが、息を合わせて岩体のもとに飛翔する。
岩体はそれを落とすべく岩の腕を振り回すが、雷の鳥たちはそれを掻い潜って腹部に衝突した。
バチバチッ! と弾けるような音が響く。
「――っ!」
すると、いくら魔法を撃ち込んでも傷一つ付かなかった岩の巨体が、微かに欠けているのが見えた。
雷系統の魔法が弱点というのは本当のことみたいだ。
そこに勝機を見たヴィオラは、続け様に同様の魔法を放つ。
「【サンダーバード】!」
再び五羽の雷鳥を出現させると、岩体の体を目掛けて飛ばした。
岩体も対抗して岩石を飛ばして来るが、ヴィオラの機敏な逃げ足を捉えることはできない。
バチバチッ! バチバチッ! と岩体が一方的に雷魔法の餌食になる。
それを五回ほど繰り返すと、いよいよ岩体の全身に深い亀裂が走り……
岩の体は、バラバラになって遺跡の床に崩れた。