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第百二十八話 「冒険者らしく」

 悲鳴を上げたオルガンは、自分の右脚を押さえながら石畳に転がる。

 そのまま体を丸めるように脚を押さえて、壇上で悶え苦しみ、しばらくその体勢から動くことがなかった。

 痛みのせいでまともに立つこともままならないようだ。

 いや、それだけじゃないのか。

 彼の苦しみ悶える表情から、圧倒的な絶望感が滲み出ている。

 得意の蹴り技の勝負で一方的に負けて、完全に自信を喪失してしまったらしい。

 オルガンの得意に合わせて勝負したのはそれも理由だったので、僕としては狙い通りの展開だった。


 ……けど、気分はあまり良くないな。


 宿敵とも呼べるオルガンを倒し、いよいよ闘技祭の優勝が目前まで迫ったというのに。

 僕の気持ちは晴れやかなものとはとても言えず、むしろ不快感で満たされていた。

 その理由がなんなのかもわかっていて、僕は原因である人物に目を向ける。

 いまだにリングの上に立って、仲間ふたりに守られるように佇んでいる、ごてごてと着飾った紫髪の男。


「……あいつ」


 闘技祭最終本戦で八百長を首謀し、四チームを結託させたSランク冒険者――セタール・カランド。

 奴は周りに転がっている共闘仲間たちを呆然と見渡し、最後に頽れているオルガンに目を止めて舌打ちを漏らしていた。

 そのセタールを見て、僕は唇を噛み締めながら近づいていく。

 奴は僕たちよりも階級が上のSランク冒険者だ。

 でも今の僕は、自己強化魔法の【オーバードライブ】で能力値を底上げしている。

 持続時間は発動からおよそ五分で、効果が切れたらしばらく僕は動けなくなってしまうが、まだその制限時間まで余裕がある。

 今の僕なら、セタールを倒すことも容易いはずだ。

 そして早々に決着をつけるべく、セタールのチームに飛びかかろうとすると……


 不意に奴の慌てるような視線がこちらに向けられ、同時に脳内に何者かの声が響いた。


(す、少し待ってくださいませんか!)


「……っ?」


 思わず僕は足を止める。

 今の声には聞き覚えがあった。

 というか、その声を出したと思しき人物は今、目の前にいる。

 間違いなく脳内に響いたのは“セタール”の声だ。


(私はセタールと申します。そしてこれは私の仲間の魔法で行っている念話で、モニカさんの頭の中に直接話しかけさせてもらっています)


 これが念話か。ヘルプさんに話しかけられる感覚とほとんど変わらないな。

 仲間のふたりのうちの片方の能力で、セタールが僕の脳内に話しかけてきているらしい。

 ていうか僕の名前を知っていたのか。

 いったいなぜこのタイミングで僕に念話を? まさかただの一時しのぎのため?

 と思っていると、セタールは遠くで笑みを浮かべて、その理由を早々に念話で伝えてきた。


(ひとつ、取引をしませんか?)


(取引?)


(あなたが闘技祭に出場した理由は、おそらく賞金のためですよね?)


 ピクッと眉を動かしてしまう。

 どうやら今の反応で確信を与えてしまったらしく、セタールの頬にさらに深い笑みが滲んだ。

 どうして僕たちが賞金目当てに闘技祭に出場したと目星をつけたのだろうか?

 闘技祭に出場する理由なんて、もっと他にあるはずなのに。


(地位や名誉を求めて参加したのでしたら、予選と一次本戦のあなた方はいくらなんでも大人しすぎた。名声を轟かせるのが目的なら、もっと目立つ行動をとって活躍を大衆の目に触れさせていたはず)


 ……なるほどな。

 それで僕たちが名声目的で闘技祭に参加したわけではないと踏み、賞金目当てで優勝を目指しているのではないかと考えたのか。

 鋭い考察だと思いながら、かといって肯定も否定もしないでいると、セタールはそのつもりで話を進めてくる。


(そこでご提案です。私たちに優勝を譲っていただけませんか?)


(はっ?)


(その代わりに私たちは、優勝して得た賞金をすべてあなた方にお渡しします)


 優勝賞金を、すべて譲る?

 こいつは何を言っているんだ?

 と、一瞬だけ疑問に思うが、すぐに奴の意図を悟る。

 また、“八百長”をするつもりのようだ。

 オルガンたちに話を持ちかけた時のように。

 念話なら他の誰にも聞かれることはないし、今の状況でも僕に話を切り出すことができる。

 実際今、僕らの会話は誰にも聞かれていないため、ただ僕が立ち止まってセタールたちにどう切り込もうか悩んでいるようにしか見えないはずだ。

 おまけにこの八百長が失敗した場合も、念話でのやり取りなら明確な証拠も残らない。


(もしこの提案を呑んでいただけるのでしたら、あなた方は二位の賞金と一位の賞金をどちらも獲得することができるのです。理由は定かではありませんが、あなた方は今お金を欲しているのではありませんか? あればあるだけよいのではありませんか?)


 こちらの表情から図星だと察したのか、セタールがさらに誘惑するように言ってくる。

 実際、お金はあればあるだけいい。

 妹のコルネットの呪いを解くのに必要な治療費はあまりにも莫大で、優勝賞金だけではまだ届かない金額だから。

 それにヴィオラも故郷の孤児院に仕送りしたり、恩人のオカリナおばさんの『大きな孤児院を建てる』という夢を叶えてあげるために大金を求めている。

 今の僕からしたら、かなり魅力的な提案だった。


(もしや金額が足りませんでしたか? では優勝賞金に少し色も乗せましょう。ついでにSランク冒険者として、馴染みのあるギルドにあなた方のことも良く伝えておきます。きっと報酬のいい依頼を紹介してもらえるはずですよ)


 名の知れたSランク冒険者の口利きまで上乗せされる。

 もしこの提案を呑めば、おそらくコルネットの解呪費用は近いうちに集め切ることができると思う。

 ようやく長くて辛かった旅に終止符を打って、コルネットが再び元気に駆け回る姿を見られるようになるんだ。

 純粋な笑みを浮かべるコルネットの姿を脳裏によぎらせながら、僕は静かに息を吸って呟いた。


「……ふざけんな」


 刹那、僕は右脚を振り上げる。

 先刻踏み砕いた氷の破片が足元に転がっていて、その鋭利な氷を全力で“蹴り飛ばした”。

 氷の飛礫が音を置き去りにする速度で風を切り、『スパッ!』とセタールの顔面を横切る。

 頬に微かな切り傷が付いて唖然とするセタールに、僕は念話ではなく直接口で伝えた。


「この闘技祭で一位になって名声を上げることが、よっぽど大事なことなのか知らないけど……」


 奴からの提案を一蹴するように、セタールを強く睨みつけた。


「ここは力をぶつけ合って戦うための舞台だ。数字の順番のために汚い工作をする場所じゃない」


「――っ!」


 セタールはふたりの仲間の後ろで、静かに唇を噛んでいる。

 突然声を上げた僕に、ヴィオラとミュゼットはもちろん、観客たちも怪訝な顔をしてどよめていた。

 そんな中でも僕は、変わらずセタールに敵意を込めた視線を向け続ける。

 こいつの提案を呑めば、確かにコルネットをより早く治療してあげることができる。

 けど、こんな汚いやり方で得たお金で救ったところで、コルネットは心から喜んでくれるはずがない。

 何より僕自身が、それでは満足できなかった。


「この闘技祭にかける想いは人それぞれ違うけど、みんなこの闘技祭のために鍛錬を積み重ねてきた。そして真っ直ぐに勝利を目指して、出せる限りの全力を尽くして戦士として戦っていた」


 少なくともオルガンたちだって、戦いからは逃げずに自分の手で勝利をもぎ取ろうとしていた。

 それなのにこいつは、最後の最後まで自分で戦おうとはせず、他人を戦わせたり口だけで乗り切ろうとしている。

 こんな奴の言いなりになんて、絶対になってたまるか。


「お前だって冒険者なんだろ! だったら最後くらい“冒険者らしく”、自分自身の力で戦ってみせろ!」


 今一度強く告げると、セタールのこめかみに青筋が走るのが確かに見える。

 奴は不意に目を伏せると、前に立っていた仲間のふたりを押しのけておもむろに前に出てきた。


「冒険者らしく、だと……? Aランク風情がSランクの私に、“冒険者らしく”だと……⁉ 下手に出ていれば図に乗りおって……!」


 やがてセタールは怒りに満ちた顔を上げる。

 鋭い眼光からは絶大な敵意が滲み出ていて、握りしめられた拳には血が滴るほどの力が込められていた。

 どうやらようやく、自分で戦う気になったらしい。


「望み通り蹴散らしてくれる‼ 後悔するなよ底辺冒険者がァ‼」


 セタールは装飾品をジャラジャラと鳴らしながら、懐からナイフを取り出して飛びかかってきた。


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