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第百二十七話 「仮初めの自信」

「なにが、起きてやがる……」


 オルガン・レントの目の前では、奇妙な現象が起きていた。

 長い歴史を持つ闘技大会で、過去最大規模と謳われている今回の闘技祭。

 出場者のほとんどが腕自慢の強者ばかりで、名の知れた冒険者や騎士も大勢いる。

 その中でも選りすぐりの猛者だけが残った最終本戦。

 ……の、はずなのに、その精鋭たちが今、目の前で次々と薙ぎ倒されていた。


 ある者は軽く押されただけで、流星の如き速度で場外へ吹っ飛ばされたり……

 ある者は脚先で蹴られた瞬間に、蹴鞠のように石畳の上を弾んで気絶させられたり……

 ある者は首筋への手刀ひとつで、完全に意識を奪われてしまったり……

 しかもそれをおこなっているのはたったひとりの人間だ。

 さらに驚くべきことに、その者はまったく名の知れていない平民の冒険者で、出場者の中でも際立って若い少年である。

 なぜあんな子供ひとりに、最終本戦にまで残った強豪たちが次々と倒されてしまうのだろう。

 その少年の魔の手が、瞬く間にオルガンの元へ近づいてくる。


「はあっ!」


 ひとり、またひとりとオルガンを守る精鋭たちが場外へ吹き飛ばされていく。

 どんな攻撃もものともせず、真紅のモヤを全身から迸らせながら、猛者たちを薙ぎ倒していく恐るべき少年。


 ――鬼神。


 そんな言葉が、オルガンの脳裏によぎった。


「あと半分だな」


 少年の気迫に押されて固まっていたのは、おそらく十秒にも満たないだろう。

 しかしいつの間にか、オルガンの周りにいたはずの十一人の共闘仲間が、五人にまで減らされていた。

 もう六人はすでに場外で気を失っていたり、這いつくばって呻き声を漏らしている。

 残るはオルガンのチームとセタールのチームの六人だけ。


「オルガン! ウチらが隙を作るから!」


「そのうちにオルガンが……!」


 仲間のハーディとガーディがそう言って、赤髪を振り乱しながら少年に飛びかかる。

 ふたりも武闘派のペザンテ侯爵家の生まれで実力は確か。

 性格も好戦的で幼い頃から実戦の場に駆り出されており、十九という若さですでに歴戦の戦士と変わらない経験を積み重ねている。

 神から授かったスキルも戦闘向きで、ハーディはとった構えに応じて各種の恩恵値が上昇する【快勝の布石】のスキルを持ち、ガーディは赤い物を供物にしなければいけない代わりに絶大な威力を発揮する【赤炎魔法】を使うことができる。

 そしてハーディは左手で右拳を包んで“筋力恩恵値を上昇させる構え”をとり、ガーディは自分の赤髪を引き抜いてそれを燃え盛る炎の剣に変えた。

 ふたりの剛拳と炎剣が少年の元に迫る。


 だが――


「はっ?」


 少年はハーディの拳を右手でいなし、ガーディの剣を左腕で弾き飛ばした。

 直後、少年はハーディとガーディの腕を掴んで左右に投げ飛ばす。

 ふたりは糸の切れた操り人形のように手足を振り乱しながら場外へ飛ばされ、壁面に激突して地面に倒れた。

 オルガンほどではないにしろ、ふたりも最終本戦に相応しい実力を備えた強者である。

 しかしこの鬼神の前では、まるで赤子も同然だった。


「次はお前だな」


 目の前に来た少年がこちらを見る。

 もうオルガンを守る者は誰もいない。

 残されているセタール・カランドと仲間のふたりも、少年の圧倒的な強さを前に言葉を失くして立ち尽くしている。

 オルガンはいまだに蹴られた痛みが腹部に残る中、憤りの感情に背中を押されてなんとか立ち上がった。

 そして今一度、場外で倒れている猛者たちを一瞥してから、少年に鋭い視線を向ける。


「てめえも何か、小細工をしてやがんだな……!」


 ミュゼットに敗北を喫した時のことが脳裏をよぎる。

 その時の怒りも言葉に乗せて、オルガンは少年を強く罵った。


「てめえにそれだけの力はなかったはずだ! どうせ他の誰かの力でも借りてんだろ! 所詮てめえもミュゼットと同じ、仮初めの力で調子づいてる自惚れ野郎じゃねえか!」


 その声に、少年アルモニカは僅かに目を伏せる。

 オルガンは知らずに核心をついており、事実アルモニカは仲間の少女から魔法を借りて今の力を引き出していた。

 しかし彼は負けじと強気な視線を向けてきて、オルガンに返す。


「仮初めの力はどっちの方だよ、オルガン・レント」


「あぁっ⁉」


「今のその強さが、全部自分の力のおかげだと思っているなら、お前にミュゼットを非難する権利なんてない」


 そう言われ、オルガンは遅れて思い出す。

 自分が今、傍らで立ち尽くしているセタール・カランドの恩恵を分け与えられていることに。

 そして少年は、そのことに気が付いている。

 すべてを見透かされたオルガンは言葉を失くして固まり、少年はさらにオルガンに続けた。


「それに、誰かの力を借りたり、一緒に戦ったりすることは何も悪いことじゃない。人は何かに行き詰った時、他の人の力を頼ったり協力したって別にいいんだ。だって、そのための仲間なんだから」


 少年の仲間の少女ふたりが、傍らで息を飲んだような気配を感じる。

 次いで少年は、オルガンに鋭い視線を向けて強く言い放った。


「一番いけないのは、それを自分の力だと過信して、仮初めの自信をつけてしまうことだ」


「――っ!」


 オルガンの脳内に電流のような衝撃が走り、額に青筋が走る。

 怒りを覚えてしまったのは、図星だったからだ。

 心を見透かされて、核心をつかれてしまったからだ。

 しかしそのことを認めたくはなく、オルガンは歯を食いしばりながら強烈な視線を返す。


「俺が、仮初めの力で得意げになってるとでも言いてぇのか……!」


「その怒りが何よりの証拠じゃないか」


 ブチッ。

 オルガンの中で何かが切れた。

 いまだに残留する腹部の痛みも無視し、少年に飛びかかるように身構える。

 脚に全霊の力を込めると、その姿勢を見た少年が右脚を軽く振りかぶり、つま先でトントンと床を小突いてみせた。


「そっちの“得意”に合わせるよ」


「――っ!」


 少年は言っている。“蹴り”で勝負をつけようと。

 こちらの得意とは、間違いなく“蹴り”を指している。

 オルガンは【覇者の剛脚】のスキルによって、脚先に対してかかる筋力恩恵値が1.5倍にまで上昇しているから。

 さらにはセタール・カランドの【神の冒涜者】のスキルで恩恵を分け与えられており、現在の脚先の筋力恩恵値は数値にすると……1800オーバー。

 あの鉄壁の淑女であるミュゼットの加護すら打ち砕くことが可能となっている。

 その悪魔的な力を持った脚に、少年は同じく脚で対抗しようとしているのだ。


(後悔しやがれ、クソガキがァ……‼)


 まるで挑発されたような気持ちになったオルガンは、さらに右脚に力を込める。

 そして左脚で地面を蹴り、一瞬にして少年の目前に肉薄した。

 ぐっと体を捻って右脚を振りかぶる。

 対して少年も軽くふわっと右脚を振りかぶる。

 どこまでも余裕を貫く少年に、オルガンは怒りを乗せた右脚を全力で振り抜いた。


「砕け散れッ‼」


 ――ドゴッッ‼


 オルガンと少年の脚が激突する。

 刹那、衝撃が豪風となって四散し、リング上の参加者たちは両手で顔を覆った。

 同時に客席までもが激しく揺れて、観客たちの間から悲鳴が上がる。

 まさに、闘技場全体を激震させる力のぶつかり合い。

 その後、一瞬の静寂が闘技場の中を満たした。

 全員の視線が闘技場の中央に集まる中、やがてその沈黙を打ち破るように――


 強烈な痛みが、オルガンの右脚に迸った。


「ぐ、ああああぁぁぁ‼」

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