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第百二十六話 「あり余る力」

 早々に決着をつけるべく、奴らの主力であるオルガンに接近する。

 しかしオルガンを失うわけにはいかないからか、他のチームの人間たちがすかさずオルガンを守るようにして立ちふさがってきた。

 まずはふたり。黒いベールとローブで身を包んだ占い師のような格好の女性と、丸太のように太い手足を持つ筋肉質な半裸の男性。


「ここから先は!」


「行かせん!」


 占い師のような女性がこちらに手を向けると、不可視の力で後ろへ押し返されそうになった。

 目に見えない攻撃。いや、空気の壁があると言った方が的確だろうか。透明な不可視の壁がどんどんとこちらの体を押し返してくる。

 おそらくこれは、以前にヘルプさんから聞いた、リングからの落とし合いで厄介になるだろう能力のひとつ……強力な“念動魔法”。

 しかし今の僕からしたら大した障壁ではなく、石畳を強く踏みしめて強引に突き進むことができた。


「わ、私の念動魔法が、まったく効かない……!」


「俺に任せろ!」


 占い師の女性が狼狽える中、続いて筋肉質な男性が前に出てくる。

 そして唐突に膝をついて、地面に両手をつけた。


「ふんっ!」


「――っ⁉」


 瞬間、僕の足の踏ん張りが利かなくなる。

 そのせいで念動魔法によって、徐々に後ろへ押し返されてしまった。

 目を落とすと、いつの間にか足元が石畳ではなく――


「氷?」


 つるつると滑る“氷の床”に変質していた。

 足が滑るせいで念動魔法を踏ん張ることができない。

 おおかたあの男の能力だろう。そしてこの力に関しても心当たりがある。

 触れたものの材質を自由に変更できるスキル。

 そのスキルで石造りのリングの一部を氷に変質させたのか。

 このままでは強力な念動魔法で押し返されて、最悪そのままリングから突き落とされてしまう。

 なら――


「はっ!」


 僕は右脚を大きく振り上げて、力強く地面を踏みしめた。

 刹那、衝撃によって氷の床が砕け、辺りに氷片が散る。


「なにっ⁉」


 床が陥没したことで引っ掛かりができ、氷の床でも踏ん張りを利かせることができた。

 相当固い氷に変質させたらしいけど、今の僕ならこの程度の固さだったら複雑な姿勢からでも容易に砕くことができる。

 これで念動魔法に押される心配はない。

 足の引っ掛かりができて強く踏み込めるようになった僕は、力いっぱいに地面を蹴って念動力の壁を強引に突破した。

 一気に距離を詰め、占い師の女性を左手で突き飛ばし、筋肉質な男を右脚で蹴りつける。

 殺してしまってはダメなので手を抜いたつもりだったが、『トンッ』と軽く触れた瞬間――


 ズンッ‼


 目の前からふたりが消え、遠くからそんな轟音が聞こえてきた。


「な、なんだなんだ⁉」


 音は闘技場の壁の方……客席の下の方から響き、衝撃で席も揺れて観客たちがどよめいている。

 壁際では土煙まで舞い、やがてそれが晴れていくと、今しがた突き飛ばしたふたりが壁面に埋まってぐったりと項垂れていた。

 これでふたりは場外判定で敗退。そうでなくともあの様子では再起不能のように見える。


「な、なんだよ今の力……!」


「あいつ、速さだけじゃねえのか……!」


 まさか僕も軽く突き飛ばしただけであそこまで吹っ飛ぶとは思わなかった。

 それを傍から見ていた人たちは尚の事驚いただろう。

 僕は自分の今の強さを改めて実感しながら、前方に視線を戻す。

 再びオルガンに照準を合わせると、今度こそ仕留めるために地面を蹴った。


 パチンッ!


 刹那、どこからか指を鳴らす音が聞こえてくる。

 次の瞬間、僕の目に映っていた景色が、本のページをめくるかのようにパッと切り替わり……

 目の前に、“場外の床”が映し出された。


「――っ⁉」


 ここはリングの外?

 今まさに僕の体はリングから落ちようとしている。場外の床に足を突きそうになっている。

 なぜ突然こんな状況に陥ってしまったのか、刹那の思考で僕は答えに辿り着いた。


(これはまさか、他人と位置を入れ替えるスキル⁉)


 敵の中にそんな力を持っている人間がいたはず。

 それが今使われたのだとしたら、この状況も説明がつく。

 くだんのその人間は自らリングの外に飛び出し、場外になる寸前で僕と位置を入れ替えたのだ。

 僕を場外負けにさせるべく。


 ――落ちろ……!


 そんな幻聴がどこからか聞こえてくる中、僕は一秒未満の猶予の中で体を動かす。

 ほぼ反射で右手が閃き、指を二本立てて下から上に弾くと、【クイックスロット】画面が表示された。

 と同時に、ひとつのアイコンを指で押す。


(グラップリングフック――!)


 右手から青白い光が迸ると、それをすかさずリングの方に向ける。

 僕の意思に呼応して魔法の鉤縄が高速で伸び、リングの石畳にピタッと吸着した。

 瞬間、鉤縄を縮め、自分自身の体をリング上に牽引する。

 あわや場外になりそうだった僕の体は、魔法の鉤縄によってリング上に引き寄せられて、間一髪のところで場外を免れたのだった。


「はあっ⁉」


 どこからかそんな声が聞こえてくる。

 いくら僕が強くなったとはいえ、空中に投げ出された状態で向きを変えたり空中を歩いたりすることはできない。

 だからリング外に放り出してしまえば場外負けにさせることができるはずだと誰もが思うだろう。

 でも僕には、空中でも発動ができて自分の体を牽引できる魔法の鉤縄――【グラップリングフック】がある。

 まあ、事前に“他人と位置を入れ替えることができる力”を持っている人がいると知っていなければ、冷静に対処ができなかっただろうが。


 また同じように唐突に位置を変更されたら面倒だな。

 と思った瞬間、ヘルプさんの声が脳内に響いた。


『黒のハット帽と黒いコートを身につけた、中肉中背の男です』


「了解」


 他人と位置を入れ替えるスキルを持った人間の特徴。

 ヘルプさんはすかさずそれを教えてくれて、僕は素早く視線を巡らせる。

 すると【グラップリングフック】で着地したすぐ近くに、特徴と合致する男が立っていた。

 狼狽えた様子で踵を返そうとしている。


 ――逃がさない!


 石畳を蹴って疾走し、瞬く間に男の前方に回り込む。

 奴は突然目の前にきた僕に驚いて目を見開きながら、右手を指を鳴らす形にして構えようとした。

 位置を変えられる直前に聞いた、指を鳴らす音。

 指を鳴らすのがスキルの発動条件か。


「シッ!」


 それをされる前に僕は、右脚を振り抜いて男を蹴り飛ばした。


「うぐっ‼」


 黒ハットの男は帽子だけを残してその場から消え、遠くで轟音と土煙が巻き起こる。

 奴は先刻のふたりと同じように壁の方まで吹き飛んでおり、意識を失って地面に倒れていた。

 最終本戦から敗退となれば、あの厄介な力に頭を悩まされることもない。

 負けになった参加者は試合への介入が許されないので、これで唐突に位置を変更される危険がなくなったわけだ。

 人知れず安堵していると、瞬く間に三人を蹴散らした僕を見て観客席がどよめく。


「だ、誰なんだあれ⁉」


「速すぎて目が追いつかねえよ……!」


「昨日の攻城戦でもまったく目立ってなかったはずだよな」


 一部の者は怪訝な視線を向けてきて、一部の者は高揚した声援を浴びせてくる。

 今はこのどよめきも心地よく、頭が全能感に支配され、さらになんでもできるような気持ちにさせられた。

 闘技祭の最終本戦。猛者ばかりが集まり、僕たちを蹴落とすべく全員が集中的に狙ってくる魔境。


 ――なのに、負ける気がしない。


「わたくしたちの支援、本当に必要ですの?」


「さ、さあ……?」


 傍らからミュゼットとヴィオラのそんな声が聞こえたような気がしたが、僕は次の標的に目を向けて疾走した。

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