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第百二十四話 「親友」

 闘技祭、三日目。

 最終本戦の当日となり、僕たちは最後の戦いに挑むべく闘技場へとやってきた。

 連日のように朝早くから観客たちが会場に入り乱れ、席も埋まって立ち見客もすでに窺える。

 そんな中で最終本戦へ出場者する僕たちは、受付広場の奥の廊下に通されて、闘技場の入口手前にやってきた。

 そこには同じ参加者の面々が待っていて、最後にやってきた僕たちに一斉に視線を向けてくる。

 その中にはオルガンもいて、明らかに他の人たちとは違う敵意に満ちた視線をこちらに送ってきていた。


 なんとも居心地の悪い空間だったが、とりあえず僕たちは廊下の壁際で大人しくしておく。

 最終本戦で使うリングの最終チェックのための待機時間らしく、じきに試験官さんが呼びに来てくれるそうだ。

 それまで静かに待っていようと考えていると、驚いたことにオルガンが近づいてきた。

 ヴィオラがビクッと肩を揺らして僕の背中に隠れていると、奴は僕たちには目もくれずミュゼットの前に立つ。


「昨日はどんな小細工したのか知らねえが、いい気になっていられんのも今のうちだ、ミュゼット」


「あらっ? 一次本戦であれだけ一方的に叩きのめして差し上げましたのに、昨日の今日で随分と自信がついているではありませんか」


 その自信がどこから来ているのか、僕たちはすでに知っている。

 しかしミュゼットは八百長のことには触れずにオルガンに言い返すと、奴は憤りの中に確かな自信を覗かせながら彼女に告げた。


「てめえのその仮初めの力ごと、この最終本戦でぶっ潰してやる」


 そうとだけ言うと、オルガンは自分のチームの元へ戻っていった。

 今のは奴なりの宣戦布告というか、勝利宣言のつもりだろう。

 昨日、ミュゼットに一方的に敗れて、その悔しさをすぐに晴らしたいと気持ちが急いたゆえの行動と思われる。

 まあ、ここにいる四チームから支援を受けてミュゼットに再戦できるのだから、多大な自信がついて勝利宣言をしに来ても不思議ではない。

 そういえば一次本戦は昨日のことだったのかと、遠い昔の出来事のように思い返していると、続けて別の人物が傍らから話しかけてきた。


「おやおや、物騒な方に目をつけられていますね」


 紫色の長髪に、切れ長の目を持つ怪しげな長身の男。

 目が痛いほどに全身をごてごてと装飾品で着飾っており、上質なコートやブーツなどから懐の余裕を感じさせてくる。

 今のやり取りを見ていたのだろうか、立ち去って行ったオルガンの背中を一瞥すると、こちらに向き直って自己紹介をしてきた。


「申し遅れました。私はあなたたちと同じ最終本戦に参加する、セタール・カランドと申します」


 瞬間、ヴィオラとミュゼットが息を飲むのが伝わってくる。

 同じく僕も顔には出さないようにしながらも、驚いた気持ちでセタールを見た。

 こいつがくだんの八百長の首謀者。

 見た目はまあ想像通りではあったが、まさか最終本戦前に声をかけてくるとは思わなかった。

 セタールは爽やかな笑みを浮かべたまま、華麗な所作で会釈をする。


「共に予選と一次本戦という激戦を乗り越え、栄誉ある最終本戦に進む者同士、是非とも素晴らしい試合をしましょう」


 そう言ったセタールは、最後に僕たちに不敵な笑みを見せ、自分のチームの場所へ戻っていった。

 そんな彼を見届けた後、僕らは声を落として話す。


「よく言いますわ。何が素晴らしい試合ですのよ。裏でとてつもない悪さをしているくせに……」


「ど、どんな神経で話しかけてきたんでしょうか?」


「僕たちの反応を探って八百長について気付いているのか確かめようとしたんじゃないかな。それか単に余裕のあらわれか。どっちにしてもいい意味はなさそうだけどね」


 まあ、そこまで気にすることでもないだろう。

 もしかしたら最終本戦前に動揺させるつもりで話しかけてきただけかもしれないし。

 特に気に留めることなく、静かに最終本戦を待っていると、横からミュゼットが改まった様子で聞いてきた。


「それにしても、本当に昨夜立てた作戦を実行するのですか? ここにいる全員と戦うとなると、やはりあなたにかかる負担はとてつもないものに……」


「そこはもう承知の上だよ。話し合った通り、三人バラけるのは無しにして、みんなで協力して動こう。それでミュゼットとヴィオラは、僕の“支援”に全力で回ってくれ」


「……本気ですのね」


 その時、闘技場の会場の方から試験官さんがやってくる。

 リングの設営が終わったとのことで参加者たちはリングの方へ招かれ、僕たちは最終本戦の舞台へと上がることになった。

 昨日攻城戦で使われた城はすでに跡形もなく片付けられていて、代わりに中央には一辺100メルほどの石造りのリングが築かれている。

 そこへ上がると同時に、参加者の僕たちが視界に映ったからか、客席から観客たちの歓声が会場を揺らさんばかりの勢いで響き渡った。

 それに背中を押されるようにリングの中央へ辿り着くと、そこにはすでに主任試験官のグーチェンさんが待っていた。


「じゃあただいまより、闘技祭の最終本戦を始める」


 ここで初めて、会場全体に向けて最終本戦の対戦形式が詳しく説明される。

 しかしここにいる参加者全員はすでに内容を知っているため、対戦形式を明かされて反応を示したのは観客たちだけだった。

 やがて説明が終わると、最後にグーチェンさんは観客たちにではなく僕たちに向けるように言う。


「三日に渡って開催されたこの祭りも、いよいよこれで最後になる。後悔が残らないよう、全員力を出し切ってこの戦いに臨んでくれ」


 珍しく真剣な様子でそう言ったグーチェンさんは、戦いに巻き込まれないようにリングから下りていった。

 そして僕たち五チームは指示された通り、それぞれ離れたところに位置取って構えを取る。

 そこで僕は、遅まきながら気が付く。

 他のチームの人たちから、意味ありげな視線を向けられていることに。

 その目は僕たちを嘲笑するように緩んでいて、クスクスと小さな笑い声をこぼす者もおり、これから始まることを如実にあらわしていた。


 先ほどのグーチェンさんの台詞も笑いをこらえながら聞いていたことだろう。

 なぜなら今から始まるのは、正々堂々とした勝負ではなく、一チーム対四チーム……三人対十二人による単なる蹂躙劇なのだから。

 オルガンとセタールも目配せをして笑みを交換しており、向こうの準備は万全のように見えた。

 しかし僕は焦らず、落ち着いた気持ちで嘲笑を浮かべる敵を見据える。

 今は恐れも不安もありはしない。

 僕の中に今あるものは、絶対的な自信と純粋な好奇心。


「それでは最終本戦……開始‼」


 その合図が響くと、リング上の参加者たちは一斉に動き出した。

 視界にいる全員が、こちらに向かって疾走してくる。

 僕たちは三人。対するは十二人。あまりにも絶望的な景色だと言える。


 しかし僕は、先日のヘルプさんとの会話を思い出しながら、迫りくるオルガンたちに深々とした笑みを返した。


『登録したフレンドの中からひとり、【親友】として選択することができます。そして【親友】となった相手からは【サポートスキル】として、武術系スキル・魔法系スキルをひとつだけ借りる(・・・)ことができます』

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