第百二十三話 「フレンドメニュー」
「フレンド、メニュー?」
目の前に映し出された画面を見て、僕は怪訝な気持ちで顔をしかめる。
相変わらずメニュー画面に表示される文字は不思議で、見ただけでは意味がまったくわからなかった。
“フレンド”とはどういう意味なのだろう?
そんな心の声を聞いて、ヘルプさんが答えてくれる。
『“フレンド”とはいわゆる“友人”のことを指します』
「友人? 友達ってこと?」
『その通りでございます』
友人……そんな意味の言葉なのか。
であれば今回解放されたフレンドメニューとは、『友達メニュー』ってこと?
いったいどういう機能なのだろう?
マップメニューは地図メニュー、ステータスメニューは恩恵メニューという感じで、一言でどんなメニューかはある程度示してくれている。
しかし友達メニューはどんな機能を備えているのか皆目見当もつかない。
というかこの時点で、“戦い”に役立ちそうな気配は毛ほども感じないんだけど……
いまだに山頂手前の夜道で寒さに襲われていたが、それ以上に不安がまさってしまい、寒さも忘れてその場でヘルプさんに尋ねた。
「で、このフレンドメニューではどういうことができるの?」
『フレンドメニューでは付近にいる人物を指定して、【フレンド】として名前を登録することができます』
「と、登録……?」
友達として記録しておくことができるってこと?
それは本当の友達と言えるのだろうか?
そもそも友達は登録しておくものじゃない気が……と思っていると、ヘルプさんが補足してくれる。
『ただしフレンド登録は承認制となっていて、指定した人物の前に承認を要求する画面が表示されます。そこで指定した人物が“承諾”を選んだ場合に登録が完了されるようになっております』
「つまり勝手に友達として登録はできないってことか」
現実の友達よりも残酷な仕組みになっているな。
現実なら相手がどう思っていようが、こちらが勝手に友達認定できるようになっているのに。
そこで僕の頭に、またひとつの疑問が思い浮かぶ。
「それで、友達として登録して何かいいことでもあるの? まさかただ友達の名前を記録しておくだけの機能じゃないよね?」
『フレンドになった相手とは、【ボイスチャット】機能で“遠隔で会話”ができるようになります』
「か、会話? それって『音魔法』とか『念話』のスキルみたいに、遠くに離れていても話ができる機能ってこと?」
『【ボイスチャット】機能では精神力も体力も消費せず、距離の制限なく会話を続けることが可能となっております』
それはかなり便利な機能だな。
遠隔で会話するという力そのものは、他の魔法やスキルの中にも類似したものが多くある。
しかしそれらは決まって距離や会話時間によって精神力や体力を大きく消耗し、長時間念話を繋げておくというのが難しくなっているのだ。
だけど【フレンド】メニューの中にある【ボイスチャット】機能というものは、精神力も体力も消費しないため距離や時間の制限がないらしい。
戦いの最中で味方と離れることは往々にしてあるので、いつでも会話ができて連携をとれるというのは確かな強みだな。
ちょっと試してみたい。
「ヘルプさんとは友達になれないの?」
『ヘルプ機能はあくまでアルモニカ様ご本人の力の一部です。フレンドになることはできません』
「……ひどい」
まあヘルプさんはいつも僕の頭の中にいるから、そもそも離れるという機会がないか。
【ボイスチャット】機能についてはヴィオラかミュゼットと合流した時に試せばいい。
『それと【フレンド】メニューでは、フレンドを選択して【ファストトラベル】の地点として指定することが可能です』
「あっ、【ファストトラベル】もできるようになるんだ」
好きな場所に転移地点を設定できる【トラベルポート】の機能と似たようなものか。
【トラベルポート】と違って、動き回っている仲間でも【ファストトラベル】の対象にできるのは便利だな。
連携や救援もよりやりやすくなるだろうし、いざという時にすぐに仲間の元に駆けつけられるのは明らかに強い。
遠隔の会話と仲間への転移……まさにフレンドとの連携力を高められる機能になっているみたいだ。
「えっ、でもそれだけ? 仲間と連携はとりやすくなるだろうけど、これだけ苦労して手に入れた力がこれだけなんて……」
『いいえ。【フレンド】メニューにはもうひとつ、重要な機能が備わっております』
「……?」
重要な機能……?
僕が首を傾げると、ヘルプさんは続けてその重要な機能というものについて説明してくれる。
『登録したフレンドの中からひとり、【親友】として選択することができます』
「親友?」
『こちらもフレンド登録と同様、承認制となっており、相手から承諾を得られた場合に限り【親友】登録が成立となります。そして親友選択を一度行うと、三十日間その親友を変更することができなくなりますのでご注意ください』
友達として登録した人の中から、さらに親友を選べるってこと?
しかもこっちは一度行うと、三十日間は親友の変更ができない仕様になっているらしい。
すごく慎重に選ばないといけないというのは聞いただけでわかる。
でも、親友になったからいったいなんだというのだろう?
その疑問に対して、相変わらずヘルプさんは淡々とした口調で答えてくれて、それを聞いた僕は……
『そして【親友】となった相手からは……』
淡白なヘルプさんとは対照的に、あまりの驚きで思わずその場で立ち上がってしまったのだった。
夜。
真夜中の手前に差しかかろうという時間に、僕は大都市マキナに戻ってきた。
そして宿屋を目指し、人気の少ない街道を全力で走り抜ける。
程なくしてとっている宿屋に辿り着くと、僕は足早に階段を駆け上がってひとつの部屋の前に到着した。
若干息を切らしながら、急くような思いでドアをノックする。
「は~い」
時間帯的に怪しかったが、どうやらまだ眠っていなかったらしい。
部屋にいた人物はドアを開けてくれて、扉の前に立っていた僕を見て少し驚いたように目を丸くした。
「モ、モニカさん? どうしたんですかこんな時間に……」
まさか僕が来るとは思っていなかったのか、ヴィオラは怪訝な顔で僕を見る。
すると部屋の中には、なんとミュゼットもいた。
どうやらふたりで何か話し合いをしていたらしい。
彼女も僕のことに気が付くと、部屋の中から声をかけてきた。
「もう用事というのは済んだんですの? まあちょうどよかったですわ。今ヴィオラさんとふたりで、チームでできそうな戦術を考えていましたから、あなたもご一緒に……」
考えてくださいませんか? とでも言おうとしたのだろう。
しかし僕は、そんなミュゼットの声を振り払うように、目の前のヴィオラに前のめりになって告げた。
「ヴィオラ!」
「……は、はい?」
「僕と……親友になってくれないか!」
「…………はえっ?」
一時の沈黙がこの場を支配した。




