第百十五話 「地獄耳」
「討伐作戦? 知ってるわけねえだろそんなこと。低俗な冒険者どもの事情なんて貴族階級には伝わってこねえんだよ」
「そうですよね。しかしお聞き苦しいでしょうが、あなた方のチームの優勝をお手伝いする理由にもなっているので、どうか最後までお耳に入れていただけたら幸いです」
セタールは流れるような所作で会釈をすると、小さな咳払いをひとつ挟んで話を進めた。
「ドーム大陸では近年、とある魔人集団による被害が深刻化しております。それを受けたギルド本部は精鋭と認められた冒険者を集めて、魔人集団の掃討作戦を実施しようと計画しているのです」
さすがにオルガンも、このドーム大陸に住んでいるため魔人集団の被害については知っている。
大陸全土で魔人集団の被害が甚大で、各地の領主が頭を悩ませている状況だ。
対応しようにも奴らの目的は明らかになっておらず、襲われた人物や狙われた場所に共通点も規則性もまったくないとのことだ。
そして辛くも足取りだけは掴むことができたと、オルガンは数か月前に父の口から聞いた。
ただセタールが話した後半の部分についてはあずかり知らなかった。
「てっきり国が対応を進めてんのかと思ったが、ギルド本部が主導で討伐作戦を計画してるとはな」
「厳密に言えばブルース王国側からギルド本部に持ちかけられた話のようですがね。武闘派の名家に声をかけて有力者を集めてもよかったそうですが、冒険者にやらせた方が何かと“都合”がよろしいようです」
もし王国側が主導で計画していたとしたら、間違いなく武闘派として著名なレント侯爵家にも話がきていたはず。
そうしなかった理由については色々と察することはできるが、健全なところで名家には自陣の領地を守ってもらおうと考えたのだろう。
そして自由に動き回れる冒険者に魔人集団の討伐へ向かってもらうという形にしたのではないだろうか。
黒い考察としては、魔人集団の総力が計り知れないので、まずは冒険者を犠牲にする形で様子見をする。
その後に貴族家の有力者を招集して、消耗している魔人集団を掃討しようという腹ではないだろうか。
つまり冒険者で削りを入れて、美味しいところは貴族家に持っていかせる。
自国の名家が名声を上げれば国としても周辺国に力を示せるし、冒険者が負けたところで貴族家の名前に傷はつかない。
国としては実に合理的な作戦になっているというわけだ。
「……血も涙もねえな。で、その掃討作戦とやらと闘技祭の優勝になんの関係があんだよ」
「魔人集団の掃討作戦では、招集した精鋭の冒険者を四つの討伐隊に分けるそうなのです。そしてその中でも特に実力を認められた冒険者に、討伐隊の“指揮権”が与えられるという話になっているとか」
「……なるほどな」
今の話だけで、オルガンはセタールが闘技祭に参加している理由を悟る。
「ようは闘技祭で名前を残して実力を示せば、その討伐隊の指揮権がもらえるかもしれねえってことか。てめえはそれが喉から手が出るほど欲しいんだろ?」
「ご察しの通りでございます。私はこう見えてもSランクの冒険者なのですが、指揮権を得られるかどうかは怪しいラインなのですよ」
恥ずかしがる様子もなく、セタールは素直な頷きを返してくる。
続けてオルガンは、ひとつの疑問を抱いて再度問いかけた。
「なら尚更わかんねえな。その指揮権がほしいんなら、どうしててめえらは自分らで優勝を狙わねえんだよ? 優勝した方が指揮権を得られる可能性は明らかに高いだろ。そこでどうして“俺らの優勝を手伝う”って選択になんだ」
「当然の疑問でございますね」
セタールはその返しを予想していたかのように口早に答える。
「もちろん自分たちで優勝できるのでしたらそれに越したことはありません。しかし最終本戦の内容と残っているチームから考えると、優勝はあまり現実的ではないのですよ。下手をすれば三位に入賞することすら叶わず姿を消すことになるでしょう」
「ハッ、負け犬の思考だな。よくそれでSランク冒険者が務まるもんだ」
「返す言葉もございません」
オルガンの嘲笑にもまるで気分を害する様子を見せず、逆にオルガンが拍子抜けして気分を悪くすることになる。
その気持ちを知る由もなく、セタールは穏やかな声音で続けた。
「ですから私たちは確率の低い優勝を狙うのではなく、確実に名前を残せる入賞を狙うことに決めたのです」
「……そのために俺らと手を組んで、互いに一位二位を目指して協力しようってわけか」
ここでオルガンはセタールの思惑を完全に理解する。
最終本戦の内容というのは定かではないけれど、セタールの話からすると他のチームと協力することはできる形になっているようだ。
であればどこかのチームと手を組んだ方が、上位入賞を狙いやすくなる。
そこまで考えたオルガンは、ひとつの予感が脳裏をよぎってセタールに問いかけた。
「ここまで早い根回しをしてるってことは、てめえ他のチームにもとっくに同じ話してんだろ?」
「……さすがに気付かれてしまいますか。これはオルガンさんの承諾を得る最後の切り札としてとっておこうと思っていたのですが」
セタールは観念したようにかぶりを振ると、次いで不敵な笑みをその頬に浮かべる。
「えぇ、すでに最終本戦に残っている五チームのうち、自チームを除いた二チームに同じ提案をさせていただいています。もっとも他のチームは賞金だけが目当てだったので、こちらが入賞した際の賞金を譲る約束で懐柔できましたが」
「そいつらもてめえんとこのチームの入賞を手伝うために動いてくれるってわけか。随分と緊張感のねえ最終本戦じゃねえかよ」
八百長ここに極まれり、と言える状況である。
だが、このやり方ができてしまうルールにした闘技祭運営側にも問題があると言える。
もちろん八百長がバレたら、関与したチームは揃って失格処分になるだろうが。
ともかくこの提案は、言い方を変えれば三チームがオルガンのチームの優勝のために手助けしてくれるということ。
願ってもない話だ。
そこでオルガンは、話を通したチームがふたつということを聞いてあることを察する。
「その話をしてねえ残りの一チームはミュゼットんとこか。なんであいつらには提案しに行かなかったんだ」
「あのチームはまだ若いですからね。おそらくこちらの話には断固として乗らず、あまつさえ正義感でこちらの計画を闘技祭の運営側に暴露する可能性すらあります」
オルガンは思わず乾いた笑い声をこぼす。
そうなる結果は容易に想像できたからだ。
あのチームなら絶対にこの話には乗らない。ついでに運営側に暴露するに決まっている。
あのチームには話すことすらリスクになってしまう。
それがわかり切っているから、セタールはあのチームにだけこの話をしていないようだ。
「それとあのチームには“冒険者”がいる。彼らがこちらより良い順位を取ってしまうと、私たちとしても不都合なんですよ」
「あぁ、さっき言ってた掃討作戦の指揮権の問題か。下手したらあいつらにそれを取られることになるからな」
セタールとしてはなんとしても避けたい事態だろう。
あのチームは色々な意味で、セタールにとって邪魔な存在らしい。
「で、俺らんとこのチームなら優勝されてもいいってのかよ? 俺らに負けたって事実は嫌でも残るだろうが」
「著名な武闘派名家のレント侯爵家の神童が率いるチームなら申し分ありません。そこに食らいつく形で準優勝の席につければ、よく健闘したと称賛されることでしょう。何よりオルガンさんたちのチームからは、優勝をお譲りする形でしか協力を得られないと思いましたから」
加えてオルガンたちは冒険者でもないため、上の順位を取られたところで指揮権を奪われたりはしない。
ゆえにセタールが行き着いた結論は、『オルガンのチームの優勝を手助けする』ということだった。
すでに二チームと協力関係を結んだのなら、無理にこちらのチームを誘う必要はないとも思ったが、何かの間違いでミュゼットのチームと結託されることを危惧したのだろう。
下手をしたら“二チーム対三チーム”の形になり、勝敗の行方はわからなくなるから。
そして今、オルガンがこの話に乗れば、“一チーム対四チーム”という残酷な状況を実現させることができてしまう。
「いかがですか、オルガンさん? もし私たちに協力していただけるのでしたら、最終本戦では三チームであなた方の優勝をお膳立てさせていただきます。ミュゼット・ブリランテとそのチームを、なんとしても落としたくはありませんか?」
「……」
セタールは不敵な笑みを浮かべながら手を差し伸べてくる。
オルガンはその手を見つめてしばし考え込み、やがておもむろに悪魔の誘いに手を伸ばしたのだった。
――――
『……という話になっているとのことです』
「なるほどね。教えてくれてありがとうヘルプさん」
ヘルプさんから情報を提供された僕は、人知れず静かに頷く。
どうやら最終本戦に出場するチーム同士で、手を組む流れになっているらしい。
人物たちの会話は情報として記録されていて、ヘルプさんはそれを引き出すことができる。
常に僕たちに有益な情報を検索しているヘルプさんは、今の情報を重要事項と判断して事前にこうして教えてくれたというわけだ。
なんだか面倒な話になってきたな。




