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第百十四話 「交渉」

「……誰だてめえ?」


 眩しいほどに着飾っている紫髪の男に、オルガンはまったく見覚えがなかった。

 いや、もしかしたらどこかで見た気もする。

 しかし目にしただけで意識を向けたことは微塵もなく、存在が記憶に残っていないだけだろう。

 その予想の通り、男はオルガンと少なからずの接点があった。


「覚えていただいていないとは誠に残念です。闘技祭の最中にも何度か目が合い、こちらからも挨拶をさせていただいたのですが……。私の影が薄いのがいけないのですね」


「闘技祭の最中? ってことは、てめえも出場者のひとりか?」


 その言葉を聞き、ハーディとガーディが唐突にオルガンを守るように立って身構える。

 闘技祭の出場者であればオルガンたちの対戦相手ということになる。

 ふたりが警戒態勢に入るのは当然のことだった。

 それに対してまったく気分を害する様子を見せず、男は切れ長の目を細めて余裕綽々といった感じで微笑む。


「ご察しの通り、私はあなた方と同じく最終本戦に残ったチームの人間です。名をセタール・カランドと申します」


「……聞かねえ名前だな。貴族の人間じゃねえだろ」


「えぇ、私は名家の生まれではなく、ただの“冒険者”です」


「冒険者?」


 ますますこの男――セタールと名乗ったこの人物がこの部屋を訪ねてきた謎が深まる。

 なぜ冒険者の人間がオルガンに会いに来たのか。

 名家の生まれであれば、著名なレント侯爵家の令息であるオルガンと接点を作っておくために訪ねてくるのは不思議ではない。

 そう思って貴族の人間だとあたりをつけていたが、その予想が外れてオルガンは眉を寄せた。

 次いで彼は面倒な思考をやめて、さっさと答え合わせをしにいく。


「で、明日俺らと最終本戦で潰し合う人間が、ここになんの用だ? 最終本戦の前にあらかじめ俺らを叩いておこうって算段か?」


 改めてセタールにそう問いかけると、奴は不敵な笑みを浮かべてオルガンに返した。


「オルガンさん、あなたは一次本戦でミュゼット・ブリランテという少女に負けてしまったようですね」


「――っ‼」


 思わず額に青筋が迸る。

 同じく目の前で身構えているハーディとガーディも、より前傾姿勢になってセタールを睨みつけた。

 こじんまりとした治療室に、凍てつくような緊張感が走る。

 その中でオルガンは、ひと際低い声音でセタールに言い返した。


「……喧嘩売りに来たのか」


「いえいえとんでもございません。私はただ事実の確認をしたかっただけです。人伝てに聞いた話でしたので」


 首と両手を同時に横に振って、煽るような意味はなかったと弁解をしてくる。

 次いですかさずご機嫌を取るように口早に続けた。


「かの有名なレント侯爵家のオルガン氏が、よもやひとりの幼い少女に負けてしまったなどとてもではありませんが信じることができなかったのです。聞けばミュゼット・ブリランテは元々単独参加で予選すら突破できず、別チームに情けで拾われる形で一次本戦に出場するような実力の人物ですから」


 セタールは胸に手を当てながらさらに続ける。


「きっと何か良からぬ手段を使われて、オルガン氏は陥れられたに違いない。裏で手を引いていた者がいた可能性だってあります。そうでなければオルガン氏が負けるはずがありませんから」


「……で、結局なにが言いてぇんだ」


「もしそのことが事実であれば、私はそれが許せないと思い、あなたに良いお話を持ってきたのです」


 良い話。何か裏があると感じさせる常套句。

 いまだに怪しさ全開の男に警戒心は抜けなかったが、オルガンはとりあえず怒りを収めて、良い話とは何か聞かせてもらおうと考えた。

 首を振って話の続きを促すと、セタールは改まった様子で告げてくる。


「もしよろしければ、最終本戦でオルガンさんのチームの優勝を、私たちにお手伝いさせてはくださいませんか?」


「はっ?」


 優勝を手伝ってくれる。

 いよいよ本格的に怪しい話を持ちかけられて、オルガンの中の警戒心は最大限まで高められた。

 あまりにも美味しすぎる話で危険な香りが強烈に漂ってくる。

 同様にハーディとガーディもより強い敵対心でセタールを睨むが、奴はまるで動じることなく話を続けた。


「私たちはぜひあなた方のチームに優勝していただきたいのです。他のチームではなく、オルガン・レントが率いるこのチームに。そのために私たちのチームは最終本戦で尽力するとお約束します」


「……なんだそりゃ? てめえらんとこのチームは俺らのファンか何かなのか? 俺らを優勝させたところで、てめえらにメリットなんかねえだろ」


「いえいえそれがあるのですよ。正確に申し上げれば得があると言うよりかは、損をしないと表現した方が正しいかもしれませんが」


「……?」


 複雑な言い回しにオルガンの眉が寄る。

 他のチームの優勝を手助けすることに、いったいなんの得があるというのか。

 セタールが貴族の人間ならまだわからない話ではない。

 この機会にレント侯爵家の御曹司であるオルガンに恩を売っておけば、後々でかい見返りが得られる可能性があるからだ。

 しかしセタールは冒険者。高位の貴族のオルガンに恩を売ったところで大したリターンは得られない。

 いったい何が目的なのかわからず怪訝な目でセタールを見据えていると、奴は今回の交渉の理由について触れ始めた。


「現在、ドーム大陸のギルド本部で、大規模な“討伐作戦”が計画されているのはご存じですか?」

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