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第百八話 「善人と悪人」

「【パーティー】メニュー? というと、仲間の恩恵を調整する力の名称のことでしたわよね?」


「そうそう。ミュゼットとヴィオラが今まさに受けている力のことだよ」


 ミュゼットは首を右側に傾げて、ツインテールも釣られて右に揺れる。

 そんな彼女に頷きを返すと、ミュゼットは続けて反対側に首を傾けた。


「どうしてその【パーティー】メニューの“せい”で、仲間集めを慎重にやらなければいけなくなったのですか? むしろ雑に仲間を集めても、【パーティー】メニューの恩寵でどんな人材も一定水準の活躍が見込めるのが強みではないですか」


「僕も最初はそう思ったよ。メニュー画面の力以外に何も持っていなかった僕でも、恩恵をいじっただけでSランク冒険者に匹敵する力を引き出せたし」


 加えて僕の恩恵の数値は、全体的に見てもそこまで高いものとは言えない。

 並の冒険者だったら僕以上に【パーティー】メニューの恩寵を受けることができるだろう。

 だったらそこまで仲間選びを慎重にする必要はないんじゃないかと、ミュゼットのその疑問も当然だと思うが……


「でも、この力は誰に対しても恩寵がある反面、誰でも容易に強さを手に入れることができる。それこそ邪な心を抱いている“悪人”でもね」


「あっ……」


「もし仲間にした人が悪人で、その人に力が渡ったりでもしたら、犯罪に悪用される可能性があるんだ。見方によっては僕が悪行に加担したことにもなる。だから手当たり次第に声かけするわけにもいかなかったんだよ」


 そう伝えると、ミュゼットは納得したようにこくこくと頷いた。

 言語化するのが少し難しいと思ったけど、ミュゼットに無事に伝わったようで何よりである。

 僕の【パーティー】メニューの力は、言ってしまえば諸刃の剣のようなもの。

 頼もしい味方を得られる力でもあり、恐ろしい悪人を生み出してしまう力でもある。

 仮に悪人を生み出してしまっても、すぐに【パーティー】メニューを操作して力を取り上げてしまえば解消はできるが、それは犯罪が起きた後に発覚することだ。

 起きた後では何もかもが遅い。

 するとミュゼットはハッと何かに気付いたように僅かに碧眼を見開いた。


「ヘルプという方のお力を使って、仲間として招き入れても問題がないか見極めてもらうことはできませんの? 確か聞いたことについてなんでも教えてくれる万能な力でしたわよね?」


「それももちろん最初に考えたよ。実際に一回目の仲間集めの時に、ヘルプさんの力を使って面談をしたし」


 ヘルプさんの力を使えば、その人が過去に犯罪に関わったかどうかも記録として引き出すことはできる。

 けれど僕たちはそれ以降、ヘルプさんの力を使っての面談を執り行っていない。

 その理由は、ヘルプさんにもわからないことがひとつだけあるからだ。


「どうしてヘルプという方の助力を得て、仲間集めを続行しなかったのですか? 清い志を持った方を見抜いていただいて、仲間に勧誘すれば安全な気が……」


「ヘルプさんにも、“人間の心境の変化”までは予測できないからだよ。一度目の面談の時には気が付かなかったけど、あとで改めてそれに気付いてヘルプさんに頼った面談はしなくなったんだ」


 これまたミュゼットは得心したように頷く。

 仮に過去に犯罪に関わった経歴がないとしても、それから先の未来で罪を犯さずにいるかどうかまではわからない。

 もしかしたら強大な力を得た後で気持ちに変化が起きて、犯罪に手を染める可能性だって充分に考えられる。

 そういった心境の変化だったり性格の変動というのは、情報を基に確率を割り出すヘルプさんでは予測が不可能なのだ。

 人間の変化については、人間にしか予測ができない。

 だから僕自身が、その人間の本質をしっかりと見極めて、力を渡してもいいかどうかを慎重に判断しなければならないというわけだ。

 下手に仲間を増やそうとしなかったのは、その辺りのことが理由になっている。

 増やせなかった、というのが正しいかもしれないけど。


「その人が善人か悪人か、それを見極めるだけでも人間っていう生き物は難しいのに、この先悪人になるかどうかまで判断しなきゃいけないなんてあまりにも無茶だ。だから僕が直に接して、本当に志が真っすぐな人だって判断した時だけ、仲間に誘って力を託すことに決めようって思ったんだよ」


 今一度そう言うと、ミュゼットはこくこく頷いた後に、ハッと何かを悟る。

 次いで彼女は碧眼を細めて悪戯っぽい笑みを浮かべると、からかうような口調で言ってきた。


「ふぅーん、それではまるでわたくしが、志が真っすぐで誠実な人間だと言っているようなものですわよ」


「うん、僕はそうだと思ってるよ」


「えっ?」


 素直な頷きを返すと、ミュゼットは意表を突かれたようにきょとんと目を丸くする。

 そのままピタッと固まってしまったが、僕は続けてミュゼットに対する信用の理由を話した。


「ミュゼットは痛みを恐れていて、そのせいで戦いが怖いと思っている臆病な子だ。でもミュゼットは、自分のせいで他の誰かが傷付けられる方が怖いって僕に言ってくれた。あの言葉を聞いて、君への信用は確かなものになったんだよ」


「……」


 あれだけ戦うことに怯えていた子が、他の誰かが傷付けられる方が怖いと言ったんだ。

 そこから僕は、偽りのない純真な心を強く感じ取った。

 ミュゼットはきっといい子で、これからもそれは変わりはしないだろうと。


「同じように、ヴィオラとパーティーを組み続けているのも、志が真っすぐな人だって充分に知ってるからだよ。ふたりはきっと悪人になったりしない、正しい人間であり続ける人たちだって、僕は勝手にそう思ってる」


 そう言うと、目の前で固まっていたミュゼットは、やがて我に返って咄嗟にそっぽを向く。

 なんで顔を背けたのだろうかと思って、表面を覗き込もうとするが、ミュゼットの首はさらに回って完全に後ろを向いてしまった。

 彼女は表情が窺い知れないその状態のまま、鼻を鳴らして返してくる。


「ふ、ふんっ、勝手にいい人扱いされても、こっちが反応に困りますの。わたくしがこの力を使って悪さをしない保証なんてどこにもないというのに、あとで後悔しても遅いんですのよ」


「その言葉で余計にミュゼットへの印象が良くなったよ。これから悪さしようって人は、自分からそんなこと言わないし」


 と返すと、ミュゼットはもう一度鼻を鳴らして体ごとそっぽを向いてしまった。

 そこで話の区切りが見えたけれど、そういえばなんの話から始まってここに着地したんだっけと人知れず首を傾げる。

 まあなんでもいっかと自分の中で疑問を飲み込むと、ずっと会話に入ってこなかったヴィオラが、いまだに窓の外を見つめたままなことに気が付いた。


 そんな彼女は心なしか、唇の端が微かに緩んでいるように見えて、その頬がほのかに赤らんでいるようなそんな気がした。

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