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第百三話 「矜持」

「はっ? 1500……?」


 1500。

 いったいなんの数字か、オルガンはすぐに理解ができなかった。

 恩恵の数値にしてはあまりにも荒唐無稽で、それがミュゼットの頑強の数値だと飲み込めずに困惑する。

 何よりあのミュゼットの恩恵が、それだけ急激に向上しているとは考えられなかった。


(……ハッタリだ。確実にこいつは嘘を吐いている)


 あれだけ貧弱な恩恵だったミュゼットが、昨日の今日でそこまで急成長しているはずがない。

 おおかた、何かしらの小細工でこちらの攻撃を無効化しており、でたらめな数値を口にして諦めさせる算段だ。

 ミュゼットの【淑女の加護】をこちらが把握していることを利用したイカサマに決まっている。


「その様子からして、わたくしの言葉は信じていただけていないようですわね。でしたらもう仕方ありません」


 動揺が顔に出ていたのだろうか、ミュゼットはオルガンを見ながら不敵に微笑む。

 次いで彼女は不意に懐に手を入れて、そこから青いフレームの小さな“手鏡”を取り出した。


「【恩恵を開示せよ】」


 そう呟くと、手鏡がほのかに白い光を放つ。

 直後、ミュゼットは手鏡をオルガンの方に投げた。

 怪しいところはなかったため、オルガンは警戒せずにそれを掴み取る。

 ミュゼットが軽く首を振って鏡面を確かめるように促してきたため、オルガンは手元の手鏡に目を落とした。

 すると、そこに映し出されていたミュゼットの恩恵とスキルを見て、オルガンは声を震わせる。


「なん、だよ……これ……?」


◇ミュゼット・ブリランテ

筋力:E150

頑強:SSS+1500

敏捷:E150

魔力:F0

体力:D300

精神力:F0

幸運:F0


◇スキル

淑女しゅくじょの加護】・触れた対象に加護を付与

              ・消費した頑強値に応じて耐久性が変動

              ・加護も本人として扱われる


淑女しゅくじょの従者】・攻撃を受けることで従者の召喚が可能

              ・攻撃の蓄積量に応じて従者の強さが変動

              ・従者階級――男爵バロン


 頑強恩恵値――1500。

 ミュゼットが言っていた通りの数値が、そこには表示されていた。

 恩恵評価値も見たことがない“SSS+”という未知に到達している。

 オルガンは手鏡を持つ手を震わせながら、目に映るものを信じられずに声を荒げた。


「で、でたらめだ! これもどうせなんかの小細工だろ! てめえの恩恵がここまで変わってるはずがねえ」


 何より数値が0になっているものまであり、いくらなんでも不自然な恩恵だった。

 だからオルガンが信じられずにいるのも無理はない。

 事実、昨日までのミュゼットはどの恩恵をとっても、駆け出し冒険者に毛が生えた程度の数値しかなかった。


◇ミュゼット・ブリランテ

筋力:C320

頑強:C350

敏捷:D260

魔力:E200

体力:C+410

精神力:C310

幸運:D250


 しかし今は違う。

 これができる人間が、ミュゼットの仲間の中にいる。

 どうしても現実を受け入れられなかったオルガンは、怒りに任せて手鏡を地面に叩きつける。

 しかし手鏡は地面で弾んだだけで割れることはなく、鏡面にもヒビひとつ入っていなかった。

 よく見ると、手鏡は半透明な膜によって守られており、それがミュゼットが仕掛けた加護であるとすぐに悟る。


「本当にわかりやすい方ですわね。あなたならそうすると思ってあらかじめ加護を付与しておきましたわ。今のも見てわかる通り、わたくしの加護は容易に打ち破れるものではありませんのよ」


 心まで見透かされているようでオルガンのこめかみが激しく動く。

 到底受け入れがたい現実ではあったが、今の状況が鏡面に映る恩恵が真実であるとしかと裏付けていた。

 ミュゼットがここにひとりで残っていたのは、彼女だけで充分だったからだ。

 これだけの恩恵と能力があれば、たったひとりでも核を絶対に守り切ることができる。

 そして残りのふたりは安心して攻城に専念できる。


 加えて臆病だった彼女が、今は強気になっている説明もつく。

 ここまで頑強の恩恵が高まっているとなると、どんな攻撃も痛くも痒くも感じないはずだから。

 痛みを恐れていた彼女は、もう痛みを感じることはない。

 戦いを恐れる理由は、もうどこにも存在しない。


「わたくし自身、まだこれを現実だと受け止め切れておりませんの。わたくしがここまで強くなれるなんて、本当に夢でも見ているみたいですわ」


 ミュゼットは感慨深そうに呟きながら、自分の小さな右手に目を落とす。

 臆病だった頃の自分を消し去るように、ゆっくりとその手を握りしめると、自信に満ちた顔でオルガンを見据えた。


「これでいかなる攻撃も無意味であるとおわかりになったでしょう。あなたごときでわたくしたちの城は決して崩せませんわ」


「くっ……!」


 ミュゼットの自信に気圧されて、オルガンは悔しげに唇を噛み締める。

 人知れず拳を握りしめて怒りに打ち震えていると、ミュゼットがツインテールの一本を片手で掻き上げながら勝気に言った。


「このまま諦めて帰っていただけるのでしたら見逃します。どうぞお引き取りくださいませ」


「見逃す、だと……?」


 不可解な物言いに一瞬だけ疑問を覚えるが、すぐにオルガンはハッと気が付く。

 頑強の恩恵が高いだけで相手を制圧する戦闘能力は持っていないと思ったが、先ほど見たミュゼットの恩恵の中に、オルガンの記憶にはないスキルがひとつあった。

 その効果が脳裏をよぎってオルガンは寒気を覚える。

 解釈違いでなければ、自分は今とんでもない状況に置かれているかもしれない。

 そのことに冷や汗を禁じ得なかったが、オルガンの矜持が退くことを選ばせなかった。


「見逃すだと……? ミュゼットごときが、上からもの言ってんじゃねえぞ……! この俺が、てめえから逃げるわけねえだろうが‼」


 オルガンは眼前の核から目を逸らし、視線をミュゼットの方に向ける。

 そして全力で地面を蹴って、今度はミュゼットに肉薄した。


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