第百一話 「砕けない意思」
「何やら驚いているご様子ですが、わたくしがここにいることがそんなに意外でしたの?」
ミュゼットはブロンドのツインテールの一本を片手で掻き上げながら、余裕綽々といった顔で微笑む。
これまでオルガンと対峙した時は、怯えてばかりいたあの少女が。
今はその影もまるで窺わせず、堂々とした様子で佇んでいる。
オルガンはそれが腹立たしく気に食わなかった。
その憤りを逆撫でするようにミュゼットが笑みを向けてくる。
「ここはわたくしが所属するチームの城なんですから、わたくしがいて当然ではありませんか」
「てめえがここにいることなんかわかり切ってたっつーの。外に出たところで邪魔にしかならねえ役立たずなんだからな」
「にしては意外そうに目を丸くしていたようですが?」
「てめえ“ひとりだけ”がここに残ってるなんて誰が思うってんだ」
オルガンはそう言いながら素早く視線を動かす。
ミュゼットを囮に、他のふたりが不意打ちを仕掛けてくる可能性を睨んだ。
しかし周囲に人気はない。
何かしらの罠が仕掛けられている様子もない。
ここには本当にミュゼットひとりだけしかいないことを改めて理解する。
同時に呆れたため息が自ずとこぼれてしまい、頭を掻きながら吐き捨てるように言った。
「ここまで頭の弱い連中だったとは思わなかったな。てめえひとりに核の番を任せるなんざ正気の沙汰じゃねえ。マジで気でも狂ったんじゃねえのか」
「気が狂っている、ですか。確かにあの方は何を考えているのかいまいちわからない、掴みどころのないまるで雲みたいな人ですわね」
ミュゼットは頬に浮かべた笑みをさらに深めて続ける。
「たった数回話した程度でわたくしのことをあそこまで気に掛けてくれて、心配になるほどにお人好しすぎて、喜んでわたくしのことをチームにまで入れてくれて……。おまけに見たことも聞いたこともない不思議な力を持っている、まさに常軌を逸した人物ですわ」
ミュゼットはその時のことでも思い出すように空を見つめる。
ついで真っ直ぐな眼差しでオルガンを見ると、小さな体躯には似合わない力強い声音で続けた。
「しかしモニカさんはいつも真剣で、何事にも真面目に向き合っている方です。あの方のした選択が間違いだったなど、わたくしが絶対に言わせませんわ」
「……」
オルガンはつまらなそうに翠玉色の目を細める。
そして再び頭を掻きながら、部屋の中央に浮かぶ人の頭ほどのガラス玉に悠々と近づいていった。
「はいはい、ご高説どーも。負け惜しみか何か知らねえが、とにかくこれでてめえらは仲良く揃って敗退ってわけだ」
核がある部屋にはミュゼットひとり。
これといった防衛の仕掛けも何もない。
おまけにただひとりで待ち構えていた肝心のミュゼットは、いまだに動く気配すら見せていない。
とてもじゃないけれどオルガンを止められそうな状況には見えなかった。
これにはさすがにオルガンも拍子抜けしてしまう。
(チッ、俺が出張るまでもなかったじゃねえか)
あの少年があれだけの啖呵を切ったので、何かこちらに対抗する手段でも用意しているのかと思って少しばかり身構えていたが……
まるで期待外れに終わってしまって、少年やミュゼットに対する興味が完全に消え失せた。
抱いていた憤りも思っていたのとは違う形で鎮められてしまい、消化不良の感が否めない。
こんなことなら最終本戦で暴れたらよかったと、今頃になってハーディとガーディとした約束を後悔しながら、オルガンは核の前で立ち止まる。
そしておもむろに右脚を後ろまで振りかぶった。
「せいぜい後で傷の舐め合いでもやってろよ、ミュゼット」
そう言ったオルガンは、勝負をつけるべく、後ろまで引いていた右脚を全力で振り抜く。
この城の心臓となる核が、力強く蹴り飛ばされた。
――刹那、まるで予想もしていなかった感触が右脚に迸る。
ガンッ‼
「……はっ?」
オルガンは、砕けたガラス玉の破片が部屋に飛び散る光景を想像していた。
しかし彼の視界にはガラス玉の破片が映ることもなく、代わりに右脚の先に信じがたい光景を見る。
ガラス玉よりも脆いはずの核……
子供の力でも割り砕くことができると説明もされていた核……
その核は、オルガンの重く鋭い蹴りを受けたのにもかかわらず……
ヒビひとつ、入ってはいなかった。




