第百話 「小さくて頼もしい背中」
オルガン・レントにとって、ミュゼット・ブリランテは目障りな存在だ。
ミュゼットが色々な場所に出しゃばるほどに、オルガンは不利益を被っている。
レント侯爵家はブリランテ侯爵家が守り切れなかった領地を代わりに賜った。
そしてオルガンはその領地の次期当主として任命されている。
すでにブリランテ侯爵家の手を離れた領地だが、元々その領地を治めていた事実は変わらない。
そんなブリランテ家の令嬢としてミュゼットが恥を晒すほどに、後釜となったレント侯爵家……ひいては領地の次期当主に任命されたオルガンの株まで下がることになる。
ブリランテ侯爵家は思った以上に無能で、後釜のレント侯爵家も実は大したことはないのではないかと。
(……邪魔くせぇな)
ゆえにオルガンは、ミュゼットが闘技祭に出場することを懸念していた。
出場されてこれ以上恥の上塗りをされるのが迷惑だったから。
出たところでどうせ勝てるはずがないと、結果なんて見えていたから。
それでもミュゼットは闘技祭に出て、案の定予選で落ちた。
その上、一次本戦に出場するための青札を物乞いまでするつもりでいて、なんとしてもミュゼットをこの闘技祭から遠ざけるべきだと思った。
だから突っかかった。自分の評価まで落とされては困ると思って、貶して闘技祭から遠ざけようとした。
しかしそこに思わぬ横やりが入ってきた。
『これは少し、やりすぎじゃないか』
まったく関係のない奴がミュゼットのことを助けた。
あまつさえそいつはミュゼットをチームに入れて、一次本戦にまで出場させた。
邪魔くさい人間がもうひとり増えた。
加えてそいつの目的や思惑もわからない状態で、オルガンの憤りは増していく一方だった。
(なぜあいつはミュゼットをチームに入れた? 少しでも俺を動揺させるため……? あるいは俺に目をつけられたから、その注意を少しでも逸らすためか?)
考えたところで真意はわからない。
割り切ったオルガンは面倒な思考をやめて、シンプルな答えを出した。
(まあ、なんにしろ俺のやることは変わんねえ。あの男のチームを落とせばこれ以上ミュゼットがさえずることもなくなる)
この憤りと懸念を解消する方法は非常に簡単だ。
おあつらえ向きに一次本戦の対戦形式も、標的にしたいチームを意図的に狙える仕組みになっている。
どのチームがどの城を与えられたかは抽選によって明らかになっているので、真っ直ぐにミュゼットのチームの城に攻め込めばいい。
そう考えながら、一次本戦が始まるのを城の中で待っていると、チームの仲間がオルガンに声をかけた。
「ねえねえオルガンー」
「本当にひとりで攻めるつもりなの?」
オルガンがそちらに目を向けると、大きなガラス玉のような“核”の前で不機嫌そうに頬を膨らませる赤髪の少女がふたりいた。
つり目だった赤目や、絵の具をかけたような濃紅の髪など見た目がそっくりで、歳の程は十七、八ほど。
細めの体格を包む丈の短い黒のジャケットと、際どい赤のミニスカートも同じで、違いがあるとすれば後ろで結んだ赤髪が一本か二本というくらいだ。
ふたりは双子の姉妹で、一本結びの方がハーディ・ペザンテ、二本結びの方がガーディ・ペザンテという。
レント侯爵家と同じく大きな武力を持つペザンテ侯爵家の令嬢。
古くから両家は親交があり、家の繋がりでオルガンたちは幼い頃から付き合いがある。
そして両家の意向で、そんな彼女たちと一緒に闘技祭へ出場することになり、家の名前をもっと広く知らしめてくるように父から命じられた。
以上の理由からチームの仲間となっているふたりに、オルガンは呆れ気味に返す。
「何度も言っただろうが。他のチームの城に攻め入るのは俺ひとりで充分だ。てめえらはここで核を守ってろ」
「そうじゃなくてー! ウチらにも暴れさせてほしいっていうかー」
「ウチらだけ暴れられないのは不公平っていうかー」
ハーディとガーディはふくれっ面でそっぽを向いて、結った赤髪を振り乱す。
ふたりは好戦的で遊び好きという性格も瓜二つで、幼い頃からオルガンはそんな彼女たちに振り回されてきた。
武闘派一家の令嬢ということもあり、その血筋らしく実力も確かで、暴れ馬なふたりを押さえつけるのにいつも苦労を強いられている。
面倒なことにはならないでほしいと思いながら、オルガンはふたりの説得に取りかかった。
「一次本戦が始まったら、そのうちその核を狙ってどっかのチームがここに攻め込んでくんだろ。そいつらと遊んでろよ」
「攻めてくるわけないじゃん。だってここ、オルガンがいるチームの城なんだよ」
「みんな怖がって近寄るわけないって」
珍しくふたりが冷静な判断で返してくる。
確かにここに近付こうとする者は少ないだろう。
オルガンの名前を知っている本戦出場者も多数残っていたので、すでに警戒されているはずだ。
戦って暴れたいのなら自陣の城を離れて、他の城へ攻め入る必要がある。
というのを理解しているふたりを見て、オルガンは面倒くさそうにため息を吐いた。
ただ、ふたりの面倒くささにはすでに慣れているオルガンは、すぐに別案を提示する。
「だったら次の最終本戦で似た対戦形式になったら攻め側は譲ってやるよ。これでどうだ」
「まあ、それだったら別に……」
「でもまったく違う対戦形式になったら、オルガンがウチらと遊んでよね」
ひとまずは納得させることができて安堵する。
できれば次の最終本戦でもオルガン自身の手で優勝をもぎ取りたかったが、この際仕方がないだろう。
それに今回の戦いだけはどうしても譲れなかった。
(ミュゼットとあのガキは俺の手で潰す……!)
でなければこの憤りを鎮めることができそうにない。
それにオルガンがミュゼットのチームを落とさなければ、おそらく奴らは次の最終本戦に進むことになるから。
ハーディとガーディが言ったように、オルガンのいるチームの城は誰も狙いたがらない。
同じくオルガンが狙っているチームの城も、誰も近付きたがらないはずだ。
先日、闘技場の受付広場であれだけ大胆に騒ぎを起こした。
ミュゼットとあの少年はオルガンに目をつけられたと、あの場にいた者たちはすでに知っている。
ゆえにミュゼットのいるチームの城には、オルガンが攻め入っているかもしれないと思い、近付こうとはしないだろう。
だから図らずも、オルガン自身が手を下さなければならない状況が出来上がってしまったのだ。
(……俺としちゃ好都合だがな)
そう人知れずほくそ笑んでいると、一次本戦の開始を告げる笛の音が外から響いてきた。
直後、オルガンはすかさず観客たちの歓声が響き渡る外に飛び出し、迷いなく石畳の街道を疾走する。
(おそらく奴らの城にはミュゼットと、もうひとり黒髪の女が待ち構えてるはず)
オルガンの考えでは、城を攻める役目はあの少年が担っている可能性が高いと踏んでいた。
先日一度だけ手を合わせた限りだが、あの少年がチームの主力で間違いない。
(俺の蹴りを片手で止めて、そのうえ体の芯もまるでブレてなかった。あれだけの実力ならひとりで他のチームの城を崩すことも可能だ)
であればこちらのチームと同じく、核の守りをふたりに任せて、主力ひとりで城の攻めを行うに違いない。
無能のミュゼットは人員として数えることができないはずなので、せいぜい邪魔にならないよう核の守りを黒髪の少女と一緒に担っていることだろう。
あの少年をじかに打ち負かすことができなさそうなのは癪だが、戻ってきた際に自分の城が崩れ落ちていることに絶望する顔は見られるはずだ。
今回はそれで良しとしよう。
そんなことを考えている間に、目的の城の前に辿り着く。
自陣の城からかなり遠い位置にあったため少々時間がかかり、他の参加者たちもすでに戦いを始めていた。
少年とすれ違っていればついでに叩きのめしていたところだが、あいにく彼の姿はここに来るまで見当たらなかった。
そのことに軽く舌打ちを漏らしながら、オルガンは城の中へと入っていく。
庭を横切り、玄関の扉を蹴破って、薄暗い室内を悠々と探索し始める。
やがて三階まで上がって部屋のひとつに踏み込むと、そこで驚きの光景を目の当たりにすることになった。
「おいおい、本当にこいつはなんの冗談だよ」
その部屋には城の心臓となる核があり、それを守る役目として……ミュゼット“ただひとり”がそこにいた。




