第一話 「セーブ&ロード」
「アルモニカ、あんたこのパーティーから出て行きなさい」
「えっ……」
Sランクの冒険者依頼――『黒龍の討伐』を終えた後のことだった。
酒場を貸し切りにして打ち上げをしている最中、パーティーリーダーのホルンに呼び出されて、何事かと思ったら……
唐突に解雇を言い渡された。
「今回の依頼達成で、私たちは晴れてSランクパーティーに昇級したわ。ただの荷物持ちのあんたは、もうこのパーティーには相応しくないのよ。だからさっさと出て行きなさい」
強力な四属性の魔法を扱うチェロ、強靭な肉体で皆を守るリュート、希少な治癒魔法で回復役を務めるティンシャ。
他の仲間たちもホルンの意見に深く頷いている。
今回の依頼は昇級試験も兼ねていた。
それを無事に達成したことで、僕たちのパーティー『勝利の旋律』はSランクに昇級したのである。
冒険者パーティーとしては最上級の階級だ。
そんなSランクパーティーに、ただの荷物持ちはもういらないということらしい。
「『メニュー画面』の中に荷物や道具を仕舞えるだけ。そんなただの荷物持ちを、この先ずっとパーティーに置いておくことはできないわ。ただでさえ今、パーティーへの加入希望者が大勢いるんだから。他の優秀な人材を入れた方が断然マシよ」
ホルンは金色の長髪を掻き上げて、蔑むような目を向けてくる。
確かに僕はただの荷物持ちだ。
最上級と言われているSランクパーティーには相応しくない人物かもしれないけど……
「駆け出しの頃から、ずっと一緒にパーティーを組んできたじゃないか。それにパーティーを組む時だって、荷物持ちや雑用係をするだけでもいいって……」
「駆け出しの頃は確かに、色んな道具に頼ることが多かったから、荷物持ちも重要な役割だったわよ。でもSランクになって荷物持ちなんて必要なくなったの。幼馴染の縁でここまで一緒にやってきたけど、あんたはもうお荷物なのよ」
荷物持ちだけに、とリュートが茶化すように口を挟み、それを聞いて他の仲間たちも笑い声を上げる。
その中で僕は激しい劣等感に苛まれるけれど、ぐっと堪えて必死に訴えた。
「ぼ、僕がいれば、戦闘用の道具だけじゃなくて、野営用のテントとか食料も好きなだけ持ち運びができるし、これからの冒険でもきっと役に立ってみせるよ。それに、パーティーの身の回りの雑事も、これまで以上に頑張るから……」
我ながら情けないと思いながらも、抵抗を試みる。
だが……
「見苦しいぞアルモニカ」
「チェロ……」
「そこまでしてSランクパーティーに縋りたいのか。呪われた妹のために大金を稼ぎたいのか知らないが、さっさと実力不足を認めてパーティーから出て行け」
心中を見抜かれて、僕は思わず息を詰まらせる。
Sランクパーティーに残っていたいというのは事実だ。
僕は冒険者として大成して、たくさんの“お金”を稼がなければならない。
魔人の呪いに侵されてしまった妹のコルネットのために、莫大な解呪費を稼ぐと誓ったんだ。
それに……
僕がいなくなれば、きっとこのパーティーは“壊滅”してしまうだろうから。
「これからはさらに難しい依頼をたくさん受けることになる。それについて来られる自信があるのか? 今回の昇級試験とは比べ物にならないほど危険な依頼ばかりなんだぞ」
だからこそ、僕はこのパーティーから離れるわけにはいかないのだ。
十二歳になったのを機に、『神託の儀』で僕が神様から授かったスキルは【メニュー】。
目の前に『メニュー画面』と呼ばれる、ガラス板のような不思議な画面を出現させることができる力だ。
そこから自由に荷物や道具を出し入れすることができて、僕はその力を使ってパーティーの荷物持ちをしている。
というのは、あくまで“表向き”の役割。
本当は、僕のメニュー画面には……
◇メニュー◇
【アイテム】
【セーブ】
【ロード】
荷物を出し入れできる【アイテム】という機能の他に、【セーブ】と【ロード】という力も宿っている。
この二つの力は簡単に言うと、“時間を巻き戻す”ことができる能力である。
【セーブ】で現在の状況を記憶して、【ロード】で記憶した状況まで戻る。
僕はその力を使って、何度も何度も仲間たちの失敗や死をなかったことにしてきたのだ。
結果、ホルンがリーダーを務めるパーティー『勝利の旋律』は、これまで一度の依頼不達成もなく、Sランクパーティーと呼ばれるまでに至った。
「俺たちの中で明らかにお前だけ実力が不足してる。このパーティーにいられるほどの力はお前にはない。Sランクになれたのは俺たち四人のおかげなんだからな」
そのことを知らない仲間たちは、自分たちの実力だけでSランクになれたのだとまるで疑っていない。
では、なぜ【セーブ】と【ロード】のことを彼らに伝えないのか。
その理由は、【セーブ】と【ロード】の存在は、僕以外の第三者に伝えることができないからだ。
原因は不明だが、なぜかこのことを第三者が知ると、強制的に【ロード】が執行されてしまうのである。
「ていうかあんた、今回の黒龍の討伐でもほとんど役に立ってなかったじゃない。後ろの方で道具出して魔物にちょっかい掛けてるだけで、実際に魔物たちを倒してたのは私たちの方なんだから」
ちなみに、今回の黒龍の討伐も、無事に成功するまで“七回”もやり直しをした。
ホルンが前に行きすぎて、敵の反撃を食らって死んだのが三回。
チェロが魔法を暴発させて、自らの脚を焼き切ったのが一回。
リュートが敵の注意を引き切れずに、黒龍の攻撃で仲間を死なせたのが二回。
ティンシャが体調を崩して治癒魔法を使えず、ホルンとリュートを死なせてしまったのが一回。
その度に僕は【セーブ】と【ロード】を使い、上手くいくまで時間をやり直した。
ホルンが前に行きすぎないように、それとなく声を掛けたり……
チェロが魔法を暴発させないように、前日に出力の弱い触媒にすり替えておいたり……
リュートが敵の注意を引けるように、黒龍の習性を調べて伝えたり……
ティンシャが体調を崩さないように、食事や身の回りのことを気に掛けたり……
それらを経て、ようやく僕たちは黒龍の討伐を完遂することができたのだが、彼ら彼女らはそれを知らない。
かといって伝える方法もないため、僕は諦めて折れるしかなかった。
「……わかったよ。それじゃあ僕は出て行く」
「さっさとそうしなさいよね。あと、あんたが抱えてる荷物は、当然ここに置いてから出て行きなさいよ」
ホルンにそう言われた僕は、気持ちを落ち込ませながらも人差し指を立てる。
次いで何もない宙をなぞるように下から弾き上げると、鈴に似た音を立てながら半透明の青いガラス板のようなものが目の前に出現した。
◇メニュー◇
【アイテム】
【セーブ】
【ロード】
そのガラス板に表示された文字列を見て、僕はすぐさま【アイテム】の文字に指を伸ばす。
触れた瞬間、水面に雨粒が落ちるような効果音と共に画面が切り替わり、【アイテム】欄に仕舞ってある物がずらっと表示された。
僕はそれを一つ一つ取り出していき、やがて【アイテム】の中が僕の持ち物だけになる。
次いで指を上から下に弾いてメニューを消すと、ホルンたちに背中を向けて、打ち上げをしている酒場から出ようとした。
だが、扉に手を掛けようとした寸前、僕は彼女たちの方を振り返る。
「…………最後に、お節介かもしれないけど」
「んっ?」
「無茶だけは、しないようにしてくれ」
「はっ? 何言ってんのよ? 負け惜しみにしちゃセンスがないわね」
そんな僕の気遣いも、ホルンに鼻で笑われてしまった。
僕がいなくなった後、このパーティーは【セーブ】と【ロード】なしでSランクの依頼に挑むことになる。
だからせめて無茶だけはしてほしくないと思ったのだが、無駄な配慮だったみたいだ。
強烈な失望感に襲われながら、僕は酒場を飛び出す。
直後、屋内からかつての仲間たちの笑い声が聞こえて来て、僕は町の通りを逃げるように走り去って行った。
そのまま町の外にまで飛び出して行く勢いだったが、少し進んだところで僕は足を止める。
「……戻すか?」
今ならまだ、パーティーを追い出される前の状態に戻すことができる。
最後に【セーブ】をしたのは黒龍の討伐直後だ。
そこまで戻せばまだなんとかなるかも……
僕は人差し指を立てて、下から上に弾く。
再びメニュー画面を出現させると、すかさず文字列の一つである【ロード】に指を伸ばした。
水面に雫が滴るような音が頭の奥に鳴り、目の前に一つの文が表示される。
【最後にセーブした地点に戻りますか? 警告:現在の進行状況は失われます】
【Yes】【No】
それを見て、僕は【Yes】の方に指を伸ばそうとしたが……
「…………いいや」
気が付けば、指先を【No】の文字に伸ばしていた。
シュンッと簡素な音と共に文字列が消滅する。
もし黒龍の討伐直後に戻っても、こうなる未来を変えることはできないだろう。
ホルンはもっと前々から僕に大して不満を抱いていたし、最近は特に仲間たちからの叱責も多かった。
その評価を今さら覆すことはどうやったってできないと思う。
何より、先ほどの彼女たちの笑い声が脳裏をよぎってしまい、再び仲間に戻るのは嫌だと思ってしまった。
代わりに僕は【セーブ】の方に指を伸ばして、それをトンッと軽く叩いた。
【現在の進行状況を記憶しますか?】
【Yes】【No】
ここで完全にホルンたちと関係を断つために、僕は【Yes】を押した。
もう、後戻りはできない。
こうして僕は、Sランクパーティー『勝利の旋律』を追い出されて、一人ぼっちになったのだった。