幼馴染に好きな人がいるか尋ねたら、「好きな幼馴染はいるよ。誰かは教えないけど」と返された。彼女の幼馴染なんて、俺しかいないというのに……
俺・笹木龍と花城花梨は、幼馴染だ。
自宅が隣同士であり、親同士が高校時代の元同級生。その上近所に俺たち以外の子供がいなかったこともあり、小さい頃は毎日のように遊んでいた。
朝は一緒に登校して、放課後は日が暮れるギリギリまでキャッチボールやらおままごとやらを楽しんで。
汗だく且つ泥だらけになるわけだから、そのまま2人で浴室に直行して。だから俺たちは、互いのホクロの位置なんかも知っていたりする。
俺と花梨は、いつも一緒だった。
これからもずっとこういう関係が続くんだろう。小学生から中学生へ、中学生から高校生へ、子供から大人へ。どんなに肩書きが変わったとしても、幼馴染という繋がりは決してなくならないのだろう。
当時の俺は、そう信じていた。でも……
変わらない関係などない。異性ならば、特に。
当然のことながら、成長するにつれて俺と花梨は徐々に疎遠になってきた。
花梨はキャッチボールをしなくなったし、俺はおままごとをしなくなった。第二次性徴期に入る頃には、一緒にお風呂に入ることだってなくなっている。
俺には俺の友達が出来たし、花梨には花梨の友達がいる。
嫌い合っているわけではないから、互いに顔を合わせれば挨拶や軽い会話を交わしたりはするけれど、それ以上のことは何もなかった。
ラブコメの世界では、よく幼馴染同士が紆余曲折を経てカップルになるなんて設定があるけれど、あれはあくまでフィクションの中の話だ。現実の幼馴染同士がカップルになるなんて、皆が思う以上に低確率なのである。だけどーー
チラッと、俺は自室の窓から隣の家を……花城家を見る。
俺はそのフィクションを、ノンフィクションにしたいと思っていた。
「でも花梨の奴、めっちゃ人気あるんだよなぁ」
贔屓目を抜きにしても、花梨は魅力的な女の子だ。
可愛いし、優しいし、コミュ力あるし。交友関係の狭い俺でも、花梨のことが好きだと言っている男子を何人も知っている。
花梨に好意を寄せている男子生徒は様々で、その中には運動部のイケメンや成績優秀なインテリくんも含まれる。
そんなハイスペック男子たちに、俺みたいな凡人が勝てる筈もなかった。
平均的な男子高校生たる俺の強みは、精々花梨と幼馴染であることくらい。しかしそのアドバンテージも、今やあってないようなものだ。
せめて学校外の時間だけで良いから、昔みたいに花梨と話す機会が訪れないかな。そう思っていると、俺の願いが神に通じたのか、花梨からメッセージが届いた。
『ねぇ、宿題見せてくれない? 全然終わんなくてヤバいんだけど!』
……ですよねー。
久しぶりに連絡が来たと思ったら、人を便利屋扱いだ。
まぁ花梨に嫌われたくない俺は、文句を言いつつも結局見せちゃうんだけど。
花梨もそれを見越して、俺にお願いしてくる。こちらの気も知らずに人の足下ばかり見て、全くタチが悪い。
この日もいつものみたいに「良いよ」と返信しようとしたところで、ふと手を止める。
……こうも毎回タダで貸すのは、なんとなく釈然としない。花梨に対して何か条件を提示しても、罰は当たらないんじゃないか?
善は急げだ。俺は早速、花梨宛にメッセージを打ち込む。
『構わないけど、条件がある』
『条件? エッチな要求はなしよ』
『誰がそんな要求するか!』
確かに一瞬そんな考えも頭をよぎったけれども! そこまでクズに成り下がってはいない。
俺の花梨に対する要求は、ある質問に答えてもらうことだった。
『……好きな人がいるのか、教えてくれ』
『は? 何で?』
そんなの、お前が好きだからに決まってるじゃないか!
などと言うわけにはいかず、俺は必死で言い訳を考える。
『……友達に聞かれたんだよ。そいつ、花梨のことが気になっているみたいでさ』
『ふーーーん』
随分と長い「ふーん」だった。
花梨さん、もしかしなくても不機嫌ですかね?
『まぁそれが宿題を見せる条件だって言うなら、答えてあげるわよ。……答えは「イエス」よ。好きな幼馴染はいるわ。誰かまでは教えないけど』
『……え?』
『とにかく! 答えたんだから、宿題のページを写メしなさいよ! 今すぐ! 早急に! 良いわね!」
『あっ、あぁ』
気圧されてつい了承してしまったが、正直今のやり取りの中で大変気になる箇所があった。
花梨は今、「好きな幼馴染はいる」って答えたけど……幼馴染って、俺しかいないはずだよな?
単なる打ち間違いかもしれない。だけどうっかり本音が漏れてしまった可能性もある。
……これは確かめてみるしかなさそうだな。
しかしド直球で「お前の好きな人って、俺?」と聞いても、否定するに決まっている。
実にさり気なく、あたかも口を滑らせたかのような感じで聞き出さなければならない。
その為には、花梨と2人きりで会う必要があるな。
「……」
思考を巡らせた末に、俺は花梨をデートに誘うことにした。
『なぁ、花梨。今度の週末って、空いてるか? たまには2人で出かけるのも良いかなーって思うんだけど』
明らかなデートの誘い。
もし花梨が俺に微塵と興味がないのなら、このデートの誘いも一蹴する筈だ。
だけど俺を少しでも意識しているならば、何らかの反応を見せるわけで。
果たして、花梨の反応はというと――
『pjdwt@dtrwdjgwj!!』
何を言っているのか全くわからない。頼むから日本語を打ち込んでくれよ。
顔は見えないし、声も聞こえない。しかし花梨が焦っているのだけは、よくわかった。
『で、どうなんだ? 空いてるのか?』
『……空いてるわよ』
『オーケー。それじゃあ10時にお前ん家に行くから』
このデートが吉と出るか凶と出るか、それはまだわからない。
ただ一つ、確実に言えることがあるとしたら……今の俺が、週末のデートを心待ちにしているということだけだった。
◇
週末。
俺は出来うる限りのおしゃれをして、花梨の自宅の前までやって来ていた。
普段は上下ジャージ姿だからな。
この日の為に、勇気を振り絞った「マネキン買い」。花梨は一体何点をつけてくれるだろうか? カッコ良いと褒めてくれるだろうか?
……ヤバい。まだ心の準備が出来ていない。
それもその筈、なんたって俺と花梨の自宅は隣同士なのだから。
スーハー。気分を落ち着けるべく深呼吸をしていると、玄関チャイムを鳴らしていないというのに花梨が自宅から出てきた。
「花梨!?」
「遅かったから、私の方から迎えに行こうと思っていたんだけど……もう着いていたんじゃない。さっさとチャイムを押しなさいよ」
「……はい、ごめんなさい」
この日の花梨の服装は、流石は花の女子高生と言うに相応しいくらい可愛かった。
これは、おしゃれをして来ているんだよな? 花梨もデートだと認識してくれているんだよな?
都合の良く、そんな解釈を加える。
「で、どこに行くのかは決まっているの?」
「あっ、あぁ。まずはショッピングにでも……」
「却下」
言い終える前に、花梨は俺のデートプランを却下した。
「どうせ「初デート 女の子 喜ぶ」みたいなありふれたキーワードを打ち込んで、ネットで検索したんでしょ? あなたみたいな非モテ男が、デートプランなんて立てられるわけないじゃない」
「……はい、仰る通りです」
ただし厳密に言えば、俺の検索したキーワードは「初デート 女の子 惚れる」の3つだ。下心が存分に埋め込まれている。
「私はデートがしたいんじゃないの。あなたと、デートがしたいの。その違い、わかる?」
「……一般的なデートで行くべき場所じゃなく、俺とお前が行きたい場所に行くべきってことか?」
「そういうこと。……というわけで、はい!」
花梨は俺にグローブを投げ付けてきた。
「公園に行きましょう! 久しぶりに、キャッチボールをするわよ!」
◇
初デートが近所の公園だなんて……。初めはそうな風に思っていたけれど、予想以上に花梨が楽しそうなので、良しとすることにした。
「わあ!」と子供のようにはしゃぐ花梨もまた、可愛らしい。
「この公園に来るのも、久しぶりね! あっ、あの滑り台、まだ残っていたんだ!」
「みたいだな。ブランコは危ないから撤去されたって聞いたけど」
「へぇ。自分の遊んでいた遊具がなくなると、なんだか寂しい気がするわね」
それについては、同感だ。
どっちがより遠くまで靴を飛ばせるか競い合ったブランコ。それがなくなるというのは、まるで思い出が一つなくなってしまったような喪失感だった。
俺と花梨は公園の広場で、キャッチボールを始める。
昔は筋力もなかったので、近い距離でボールを投げ合っていた。今は広場の端と端に立っていても、ボールは十分届く。
「こうして二人でキャッチボールをしていると、懐かしい気分になるわね」
「高校生になって、お互いの生活が確立していって。気付けば疎遠になっていたからな」
「友達なら、沢山いる。でも幼馴染は、この世に一人しかいない。そう考えると、今の距離感が少し寂しいとか、そんな風に思ったことってある?」
「……キャッチボールをしているんだ。近すぎたらつまらないだろ」
「寂しい」と本心を語るのが恥ずかしかったので、俺はわざと頓珍漢な答えを返した。
俺の返答に、花梨は「そっか」と呟く。彼女がどこまで理解したのかは、わからない。
「それじゃあ、次! フォークいくわよ!」
「え!? お前、フォーク投げられんの!?」
俺の幼馴染、天才すぎない!?
「冗談よ。フォークなんて、投げられるわけないでしょ。……精々カーブくらいよ」
「いや、カーブでも十分凄いから!」
俺の幼馴染は、やはりハイスペックだった。
形から入るタイプなのか、花梨は大きく足を振り上げる。
余談だが、花梨の今日のコーディネートはミニスカート。そんな服装で足を振り上げれば、どうなるのかは言うまでもなくて。
「ちょっ! パンツ見えてる!」
「は? 何よ、パンツくらいでギャーギャー騒いじゃって。昔嫌ってほど見たじゃない」
「確かにそうなんだけど……」
でもあの頃はお互いに幼くて、異性の下着を見てもなんとも思わなかった。
それに当時花梨が身につけていたパンツは、クマさんやウサギさんがプリントされているやつで。間違っても、今みたいな色気たっぷりなやつじゃない。
花梨の投げたカーブボールを、俺はキャッチすることが出来なかった。
仕方ないだろう? 想像以上にボールが変化したのだから。決して目を逸らしたり瞑っていたことが原因じゃない。多分。
◇
ひとしきりキャッチボールを楽しんだ後も、俺たちのデートもとい思い出巡りは続いた。
子供の頃によく両親に連れて行って貰ったおもちゃ屋に足を運び、二人で通った駄菓子屋にも行った。
おおよそ、高校生の初デートとは思えない場所に行ったわけだが、これは他ならぬ俺たちの初デートなのだ。だったら、これで良い。
今日一日花梨を見ていて、気付いたことがある。
それは彼女が心底このデートを楽しんでいるということだった。
嫌われていないのはわかっていた。今日のデートで、少なからず好意を抱いてくれているのも理解した。
でも、その好意の種類がわからない。
幼馴染として好きなのか、それとも恋愛的な意味合いで好きなのか。
先日花梨がメッセージで漏らした「好きな幼馴染がいる」。その言葉の真意は、どうやら直接聞いてみないとわからないようだった。
……もう、逃げるのはやめよう。
帰路の途中で立ち止まり、俺は花梨を呼ぶ。
「なぁ、花梨。もう一回だけ聞きたいんだが……花梨に、好きな人っているのか?」
「……」
以前も同じ質問をしていて、既に「いる」と答えているのだから、今更返答に悩む必要なんてない。
だというのに、花梨は即答しなかった。
1分程時間を置いて、花梨はようやく口を開く。
「好きな幼馴染はいるわよ。だけど、私からは告白しない。絶対にしてあげないんだから」
俺を真っ直ぐ見ながら、花梨は言う。
その時、俺は気が付いた。この前も今も、彼女はわざと「好きな幼馴染」と言ったのだと。
はっきりと俺の名前は言わない。あくまで「幼馴染」という敬称を使うだけ。
しかしその敬称が俺を指していることは、言うまでもなくて。
では、どうして花梨はそんな小細工をしたのか? ……その答えは、わかっている。俺に告白させる為だ。
もう、逃げるな。
俺は自分に再度言い聞かせる。
これだけ花梨が御膳立てしてくれているんだ。ここで告白しないで、どうして男を名乗れようか?
「俺も、好きな幼馴染がいる。だから花梨、俺と付き合って欲しい」
もし交際が順調に進んだのなら、次はプロポーズをすることになるだろう。
その時は花梨の予期せぬタイミングで、あっと驚くような方法で、俺の方から彼女に伝えるとしよう。