98 新しい命
「殿下、妃殿下、カータンス殿下がお呼びだそうです。」
早朝五時、侍女のマイに起こされた。
グレーシス様は、毎日欠かさず早朝鍛練をするので、既に起きていた。
「こんな時間に、どうされたのでしょうね。」
グレーシス様と疑問に思いながら、迎えに来ていた騎士に連れられて、城内の歩いた事が無い廊下を通り、始めて訪れる部屋の前まで案内された。
カータンス殿下から入室の許可があり、部屋へ足を踏み入れた。
柔らかな明るい色調で統一された室内は、カータンス殿下の私室、では無い気がした。
「急に呼び出してすまない。二人に会わせたい者がいる。入ってくれ。」
カータンス殿下が隣に続く扉を開けると、その部屋はベッドルームになっていた。
ベッドには、白金の長い髪に、カータンス殿下と同じオレンジの瞳をした美しい女性が、おくるみを抱いていた。
赤ちゃんはおくるみに包まれて、私達からは、姿がよく見えない。
「妻のサマンナと、未明に生まれたばかりのブレナンだ。」
カータンス殿下に紹介されて、サマンナ妃殿下が儚げに微笑んだ。
「グレーシス殿下、リーリス妃殿下、ベッドから失礼致します。私と息子の為に薬草を採取して下さったそうですね。有り難うございます。この通り、無事でございます。」
サマンナ妃殿下はそう言うと、ポロリと涙をこぼした。
涙の理由が分からなくて、カータンス殿下を見ると、手を握り込んで、グッと何かに耐えているように見えた。
子どもが生まれて、おめでたいのに、どうしたのかしら?
「カータンス、黙っていては分からない。何かあるから我々を呼んだのだろう。妻を泣かせるな。」
グレーシス殿下が、ズバリと言った。
「ああ、そうだな、すまない。息子を見てくれ。」
カータンス殿下が、サマンナ妃殿下からおくるみを受け取って、私達に見せてくれた。
片手に乗るほど小さな雛鳥が、クタリとしている。
何だか元気がない?それとも、眠っているのかしら。
「これは……大変だな。」
グレーシス様が顎に手を当てて、深刻な表情になった。
「大変、なのですか?」
「ああ、獣人はどの種類も母乳で育つ。トリの場合、普通は半獣人で生まれる。だが、この赤ん坊は獣のままで、口が嘴だから、母乳を上手く飲めない。このままでは、死んでしまうだろう。」
「グレーシスの言う通り、ブレナンは予定より早く生まれたせいで体力がなく、獣のままで出てきてしまったらしい。母乳はスポイトで与えているが、飲むというより、流している状態で、充分な量を与えられない状況だ。」
カータンス殿下が、キュッと我が子を抱き締めて言った。
「薬草採取のお陰で、妻の容態は安定して、無事に生まれたのに、医師には死んでしまう、と言われた。テナールの秘匿とされる治療はどうだ?」
カータンス殿下が、グレーシス様にすがるような眼差しを向けている。
「……前例がないから分からない。助けられるとは言えないが、隣室で確認させてくれ。その際、子どもはカータンスが抱いたままで良い。その代わり私が許可するまで、目と耳を覆って貰う。サマンナ妃殿下の入室も許可出来ない。それでも良いか?」
「ああ。」
再び最初に入室した部屋に移動した。
カータンス殿下には、赤ちゃんを手に乗せたまま、椅子に座って貰い、目と耳を覆った。
今まで病気や怪我、痛みに癒し手は使ってきた。
生まれてきた赤ちゃんは体力が無いだけで、病気をしているわけではない。
癒し手が通用するのか分からない。
「リーリス、どう思う?」
「癒し手を使えるのか分かりません。確認してみますね。」
うつ伏せになって、目を閉じている雛鳥の背に、指先でそっと触れる。
何かの力を感じて、生きたい。と言われている気がした。
「出来る気がしますので、やってみますね。」
そのまま雛鳥の背に指を添えたまま、ゆっくりと撫でた。
「大丈夫、大丈夫。」
癒し手をしている間、グレーシス様は扉の外で待機していたカールセンに、クレインを呼ぶよう言ってくれた。
ピクリ……雛鳥が動いた。
「大丈夫、大丈夫。」
声をかける度に治る力?が増しているのが分かる。
まるで、取り込んだ自然エネルギーをそのまま使っているかのような、今までには無い、不思議な感覚だった。
何時もなら、手を離すタイミングが分かるのに、もっと自然エネルギーが欲しい。と言われている気がして、手を離す気分にはなれなかった。
グレーシス様がクレインを連れて来てくれた時、雛鳥に劇的な変化が訪れ始めていた。
もう大丈夫。そう直感して手を離し、カータンス殿下の目と耳を塞いでいる布を取るよう、グレーシス様にお願いした。
「え!?」
カータンス殿下が、掌の上でピクピクと動く赤ちゃんの姿に、言葉を失った。
雛鳥にヒトの特徴が現れ始めていた。
私達も初めて見るその変化に驚いた。
「サマンナ、見てくれ!」
カータンス殿下が、慌ててベッドルームへと向かったので、グレーシス様と後を追うように、ベッドルームへ入室した。
「え?うそ!何が起きているの?」
サマンナ妃殿下も、カータンス殿下の掌に乗せられた、我が子の変化に驚いている。
獣からヒト型に変化していく赤ちゃんの光景に、全員、言葉を発するのも忘れて、ただ見つめていた。
完全にヒト型になる前に、変化が、ピタリと止まった。と思った時……。
「ふきゃあ、ふぎゃあぁ。」
急に、赤ちゃんが元気に泣き始めた。
「ああ、お腹が空いているのね。待っていてね。直ぐにあげるから。」
サマンナ妃殿下が、愛おしそうにカータンス殿下の手ごと我が子を抱いて、泣きながら微笑んだ。
その涙は、とても美しく、輝いて見えた。
サマンナ妃殿下が母乳をあげている間、カータンス殿下と隣の部屋に移った。
「まさかお腹の中で起こる事が、目の前で起きるなんて、信じられない。奇跡だ。本当に感謝する。」
「頭をあげてくれ、カータンス。槍が振る。今回の治療は我々も驚いている。あそこまでになるとは正直、予想外だった。でも良かったな。」
グレーシス様の言葉に、私とクレインも興奮気味に頷いた。
「母乳を飲み終わったら、念のため診察しておきましょう。」
「そうね、それが安心ね。」
クレインと話していた時、立ち暗みがした。
「リーリス!」
グレーシス様が、サッと体を支えてくれた。
「すみません、少し、よろけました。」
今回は自然エネルギーを分ける。と言うより、持って行かれる感じが強かったので、思ったより消耗したらしい。
体調が崩れる程では無いけれど、ふらついてしまう。
見兼ねたグレーシス様が抱き抱えてくれた。
「クレイン、後は任せても良いか?リーリスはまだ昨日の疲れが残っているらしい。」
「お任せ下さいませ。ハイヤー王国の王宮医師にも引き継いでおきます。」
「カータンス、帰国は午前中だったが、午後からに変更は可能か?リーリスを休ませたい。」
「それは構わない。」
カータンス殿下が、ぐったりしている私を見て、何か言おうとした時、グレーシス様が空かさず話しかけた。
「あと、これから温室を見せて貰えるか?薬草の担当者を派遣するのに、現状を把握しておきたい。」
グレーシス様は、私が自然エネルギーを吸収できるよう考えてくれている。でも、事情を知らないカータンス殿下は、突然の申し出に疑問を持ったらしい。
「これから?」
「食後はリーリスを休ませたいし、帰国の準備で忙しい。先に用を済ませておきたい。」
「なるほど、別に構わない。では、リーリス妃を部屋に送って来い。」
それは困る。
「私は大丈夫です。自然に触れると癒されますから、一緒に行きたいです。」
グレーシス様に抱っこされたまま、大丈夫。と言っても、全く説得力は無い。けれど、折角作ってくれた自然に触れられる機会を逃せば、回復出来ない。
「リーリスの望みを聞いてやりたい。カータンス、案内を頼む。」
「本人が良いなら良いが。」
カータンス殿下は心配そうにしながらも、温室に案内してくれた。
テナール王国に比べて温室の規模は小さく、植物自体、背丈が低い種類が多い気がした。
見慣れない可愛らしい花に癒される。
外気温が低いから温かく感じるけれど、室温自体の温度は、あまり高く無い気がした。
きっと高地に育つ植物に合わせているのだろう。
カータンス殿下とグレーシス様が、作業員と薬草について話している間、私は温室内のベンチに座って、自然エネルギーを吸収しながら、癒し手について考えていた。
今まで癒し手は、治る力を助ける。という認識だった。
でも、今回、赤ちゃんに癒し手をした事で、生きたいと欲する力を助ける。と考える方が府に落ちる気がした。
私達は沢山の自然に生かされている、と書物で読んだ記憶がある。
私が何故、自然エネルギーを感じられるのかは分からない。もしかしたら、皆、自然からエネルギーを貰っているのに、感じていないだけかもしれない。
考え事に没頭していると、ふわりと頬を撫でられて、ハッとした。
「もう顔色は大丈夫そうだな。」
いつの間にか、グレーシス様が隣に腰掛けていた。
「はい。この通り、もう元気です。」
立ち上がろうとすると、グレーシス様が私の肩に手を乗せて、立つのを阻止した。
「あまりにも直ぐに元気になりすぎると不自然だ。」
「なるほど、それもそうですね。」
カータンス殿下には申し訳ないけれど、癒し手について悟られる事は、なるべく避けたい。
「用も済んだし、部屋へ戻ろう。」
グレーシス様が私を再び抱き上げた。
「あの……。」
「言いたい事は分かっている。が、分かるだろ?」
「……はい。」
体調悪いふり、ですね。
「それで、カータンス殿下はどちらに?」
周りを見回した。
「いないな、戻ったのか?まあ、良い。」
まんまと騙された。
もう元気だと分かっていても、グレーシス様は私を休ませたい様子。
そう思わせる程心配させてしまったのだと思うと、申し訳ない気持ちになった。
「では、甘えさせていただきますね。」
安心させたくて、キュッと首に腕を回して抱きついた。
グレーシス様の喉が、ゴクリと鳴った気がした。




