97 ブレナルーク国王陛下謁見
午後七時、カータンス殿下に案内されて、グレーシス様と謁見の間へ向かった。
玉座に座っているブレナルーク国王陛下は五十代位で、体はガッチリと大きく、白い髪を後ろに流し、オレンジの瞳は眼光鋭く、厳つい顔つきをしていた。
隣に座っている王妃殿下は四十代位に見える。
獣人特有の豊満な体つきにスラリと長い手足、茶色い髪にオレンジの瞳、少し冷たい印象のするつり目と、小さな口が特徴的だった。
二人ともカンムリクマタカの獣人らしい。
ブレナルーク国王陛下の前まで、カータンス殿下が先導して歩き、私とグレーシス様はその後に横並びで付いていく。
国王陛下の前に着き、跪くと、カータンス殿下が口を開いた。
「父上、ご挨拶が遅れました。テナール王国の第三王子グレーシス殿下と、妻のリーリス妃殿下です。」
「二人とも楽にしてくれ。」
ブレナルーク国王陛下の声を聞いてから、顔を上げて立ち上がった。
「二人とも急な呼び出しに応じてくれた事、感謝する。また、リーリスには薬草採取で我が息子の妻や、お腹の子を救っただけではなく、悲願であった薬草栽培の切っ掛けを作ってくれた事にも感謝する。」
「お役に立てて何よりでございます。」
畏まって、淑女の礼をした。
「今回、採取した薬草を調べた結果、狂気病の治療薬になり得るとも判明した。が、今までそのような文献は無く、冬の最盛期限定だと思われる。栽培はこれからであり、成功するかも分からない。治療薬として輸出するには、我が国で量産でき、有り余る程にならねば難しい。もし今、他国で狂気病が流行っても、我が国は応じられない。」
きっとクレインと王宮医師が調べた結果に違いない。
黙っていてもいずれ分かるから、敢えて頼らないで欲しいと釘を刺したのね。
「お話して下さってありがとうございます。ホーウル王国でも、我が国でも治療薬になり得る材料は探しております。しかし、今後、どうしても見つからなくて、狂気病の感染が深刻になった時、ハイヤー王国の薬草が有り余る程あった場合は、ご協力お願い致します。その為に、もし薬草栽培が失敗した場合は、私が再び採取致しますので、お声掛け下さいませ。」
私の発言にブレナルーク国王陛下が、玉座から少し身を乗り出した。
「我々の薬草栽培が失敗したら再び採取すると?」
「はい、成功するまで何度でも取りに行きます。」
ブレナルーク国王陛下の目を、しっかりと見て答えた。
私の隣にいたグレーシス様が、スッと一歩前に進み出た。
「恐れながら国王陛下、我が国の薬草園に勤務する者は、植物の栽培を得意としております。何かお力になれるかもしれません。必要があれば、ハイヤー王国に派遣するよう父上に話を致しますので、我が妻に依頼するのは最終手段にして頂きたく、お願い申し上げます。」
「分かっている。そう簡単に王族の女性に頼まぬ。今回が異例だっただけだ。我が国は自生している薬草に困っていないから、栽培を得意とはしていない。助言者を派遣して貰うのは良い案だ。私からもリロイに手紙を書こう。」
「よろしくお願い致します。」
私が無茶をしないよう、グレーシス様は常に建設的な提案をしてくれる。
本当に頭が下がる。
「リーリス、その気持ち、有り難く受け取っておく。どうしても上手く行かない時は、頼むかも知れぬ。」
「はい、お任せ下さいませ。」
にっこりと微笑むと、ブレナルーク国王陛下も少し優しい目を向けてくれた気がした。
「ではリーリス、今回の働きに感謝して褒美を取らせたい。希望はあるか。」
特に何も……あ、一つだけあった。
「失礼かとは思うのですが、獣化した方の羽毛に、もう一度包まれたいです。出来れば女性だと有難いです。」
ブレナルーク国王陛下が、クワッと目を見開いた。
凄い迫力の目力に少し驚く。
「羽毛に包まれたい?そんな事か?」
「はい、やはり失礼、でしょうか。」
「そのくらい、私が叶えて差し上げましょう。」
ブレナルーク国王陛下の隣に座っていた王妃殿下が、スッと立ち上がった。
「少しお待ちなさい。」
王妃殿下が後ろの物陰に隠れたかと思ったら、大きなカンムリクマタカが出てきた。
高座から降りてきたカンムリクマタカが、私の前に来て、翼を広げて言った。
「さあ、いらっしゃい。遠慮は要らないわ。」
その声は王妃殿下!?
王妃殿下の胸に飛び込むなんて畏れ多い。それに、今は謁見の最中。
でも、カータンス殿下やブレナルーク国王陛下、グレーシス様が私を待っているのが分かる。
諦めて行ってこい。
私を見て、頷いたグレーシス様が、そう言っている気がした。
「では、お言葉に甘えて失礼致します。」
両手を広げて、ハグするように近付く。
「お待ちなさい。前からだと息苦しくなってしまうわ。後ろを向きなさい。」
「はい。」
王妃殿下に背中を向けると、ふわりと背中全体に柔らかい感触がした。
「そのまま後ろに下がりなさい。」
「はい。」
言われるがまま少しずつ後ろに下がると、体がどんどん羽毛に包まれて、カンムリクマタカの胸に埋まった。
なんて素晴らしいふわふわ心地なのかしら。幸せ。
思わず横を向いてスリスリと頬を寄せた。
「うふふ、くすぐったいわ。」
「あ、すみません。」
離れようと前に進んだら、その分だけ前に進み出られたので、ふわふわに埋まったままになった。
「良いのよ。もう満足なの?私自らが包んで差上げるなんて、もうありませんよ。」
それは少し、いえ、かなり名残惜しい。
「では、もう少しだけお願い致します。」
スリスリしまくった。
「本当に雛みたいね。カータンスの幼い頃を思い出すわ。」
王妃殿下は心行くまで、いや、離れようとしても距離を詰められて、ふわふわから解放してくれなかった。
けれど、それはとても幸せなひとときだった。
「ご免なさい、つい母性本能が刺激されてしまったわ。」
「いえ、大満足です。」
王妃殿下の羽毛に埋まった私を見ていた、ブレナルーク国王陛下が言った。
「そんなに良いなら、我々の羽毛で作った羽根布団を送ってやろう。我々は獣化するのが日常だ。抜け毛も多いから、羽毛はいくらでもある。どうだ?」
グレーシス様とふわふわが、いつも堪能出来るなんて、きっと幸せに違いない。
「それはとても嬉しいです。」
そう言った後、ふと思い出した。
「あの、私はとても良い思いを致しましたから、お布団は祖国に居る私の兄に差し上げても宜しいでしょうか?結婚のお祝いに送って差し上げたいのです。勿論、ハイヤー王国の事は秘密に致します。」
「兄、とは人間の方か。」
「はい、セーラン王国の王太子です。今、テナール王国と国交正常化出来るよう尽力しています。」
ブレナルーク国王陛下は玉座に深く腰掛けて、足を組んだ。
「リーリスの兄はセーラン王国の王太子だったのか。実は我々もセーラン王国の製品をテナール王国から輸入している。また、輸出もしている。」
「そうだったのですね。」
セーラン王国に入ってくる品は全て、テナール王国の物だと思っていたけれど、ハイヤー王国の品も含まれていたらしい。
「セーラン王国と直接やり取りはしないが、我が国の製品を気に入って外貨に繋がるなら、秘密裏に輸出しても損は無い。兄の分も送ってやろう。」
「有り難うございます。きっと兄も喜びます。」
最高のご褒美を頂ける事になってしまったわ。
お兄様もお義姉様と一緒にふわふわを感じれば、きっと辛い公務の疲れも癒されるに違いない。
「まさか褒美にふわふわの再体験を要求するとは、リーリスらしいな。全員、驚いていたぞ。王妃殿下が応じたのは意外だったが、足首辺り以外は羽毛に埋まって、時々顔を出すリーリスは可愛らしかったな。」
客室に戻ったグレーシス様が上着のボタンを緩めながら笑った。
「だって本当にもう一度、ふわふわに包まれたかったのです。」
私は近くのソファーに、ポスンと座った。
「私では物足りないのか?」
グレーシス様の尻尾が私の頬を撫でて、くすぐったい。
「こちらは、こちらで愛おしいです。」
尻尾を優しく掴んでキュッと抱き締める。
「なるほど、私本体は尻尾に負けている訳だな?」
尻尾がスルリと手から抜けて、隣に座ったグレーシス様に、肩を抱かれた。
「もふもふや、ふわふわは、癒されますが、ドキドキはしません。そんな気持ちになるのは、グレーシス様だけです。」
グレーシス様の胸に頬を寄せて言った。
「知ってる。」
耳元でクスッと笑う声がしたので、顔を上げた。
「……のに敢えて聞くなんて、からかいましたね。」
少し拗ねて顔を見つめると、グレーシス様が、フッと笑みを浮かべた。
「分かっていても、答えを聞きたい時があるんだ。許してくれ。」
全然謝ってない。
でも、その言い方も嫌いじゃないから、結局許す。




