94 ハイヤー王国
「そろそろ我が国が見えて来る頃だな。」
窓から景色を眺めていたカータンス殿下が、真面目な表情で私に向き直ったので、私も姿勢を正した。
「今回、リーリス妃殿下には、薬草採取を行って貰う。」
「薬草採取、ですか?」
てっきり治療とばかり思っていた。
「治療じゃないのか?」
グレーシス様も同じように考えていたみたいだった。
「治療って、テナール王国の秘匿されている治療とは、患者を見てもいなければ、種族も違うのに、初見で、何でもかんでも治療出来るのか?」
「何でもかんでも、と言うわけではないな。説明は出来ないが。」
グレーシス様の言葉に、カータンス殿下は首を傾げながらも、追及はしなかった。
「仮に出来るとしても、何かある度にテナール王国に頼って、恩を売られたくはない。」
カータンス殿下の言い分は尤もだった。
自国で解決出来るなら、それが最良に違いない。
「我が国で自生する貴重な薬草は、万能薬とも呼ばれ、その花は国花にもなっている。妻の病気も、その薬草で確実に治るのは、分かっている。ただ、リーリス妃に頼らざるを得ない事情がある。外を見てくれ。」
カータンス殿下に促されて、窓から外に視線を移した。
高い断崖絶壁の上に、石造りの城が見える。
絶壁には幾つか、小さな横穴が空いていた。その横穴の地面は、遠目からだと、赤い絨毯が敷かれているように見え、白い銀世界の中で、一際目立って見えた。
「あの絶壁の横穴に自生する薬草が、リーリス妃に採取して貰いたい薬草だ。」
カータンス殿下の言葉に疑問が浮かんだ。
「頂いた国花は白い花ですが、種類が違うのでしょうか?」
「いや、同じだ。それは最盛期ではない春に、子ども達が採取したものだ。冬は赤く、春になるにつれ、白くなってしまう。」
カータンス殿下が説明してくれた。
「あの横穴だと、成獣は無理だから、子どもに行かせる訳か。」
グレーシス様が横穴を見て呟いた。
「そうだ、しかし、子どもは体が弱く、冬に採取はさせられない。気候の良い春に、僅かに残った薬草を採取させるが、何せ手先が不器用な獣人の子どもだ。握り潰して殆ど使い物にならない。希少なのに、万能薬だから、使用頻度が高く、すぐに不足するわけだ。」
カータンス殿下の話を聞いたグレーシス様が、腕を組んだ。
「なるほどな、リーリスは小柄で、しかも、手先が器用な人間だ。一般の令嬢に比べれば体力もあるだろう。王太子妃なら、許可が降りなかっただろが、第三王子妃なら頼みやすい訳だ。緊急事態だと理解は出来るが、あまりにも危険だ。正直、リーリスにやらせたくない。」
「気持ちは分かる。が、頼らざるを得ない状況だ。」
カータンス殿下が私に視線を向けた。
断られる、と思っているのかもしれない。
「お引き受けしたからにはやります。カータンス殿下、お願いをしても宜しいでしょうか?」
「何だ?言ってみろ。」
「もし、薬草を沢山採取出来たら、ハイヤー王国の王宮医師と我が国の王宮医師クレインとで、狂気病に効果があるのか調べる許可を頂きたいのです。効果の確認は、クレインが検査の紙を持っている筈だから、可能だと思います。」
ハイヤー王国にとって、国花が特別な花だとは知っている。
万能薬と呼ばれているなら、何か効果があるかもしれない。
一応、駄目元で聞いてみた。
カータンス殿下は私を見て、顎に手を当てた。
「……狂気病は我が国も他人事ではない。王宮医師との調査は可能だろうから、伝えておく。」
「有り難うございます。沢山採取出来るよう、頑張りますね。」
手を握り締めて気合いを入れた。
「ああ。」
王女って、もっと大人しいイメージだろうから、カータンス殿下は私の勢いに、少し驚いたのかもしれない。
私自身、取り繕う事は出来るけれど、一緒に過ごす時間が長くて慣れてしまったのか、つい、地が出てしまった。
「グレーシス様、さっさと終わらせて来ますので、早く一緒に帰りましょうね。」
グレーシス様の服の袖を摘まんで、笑いかけると、頭を優しく撫でてくれた。
「頼むから無理はするなよ。」
「はい。」
「返事は良いんだよな……。」
グレーシス様が、うにっ。と私の頬を軽く摘んで、呟いていた。
良い返事をしたのに疑われるなんて、どうしてかしら?
話をしている間に、箱は城の上空へと運ばれていた。城の一部が開き、そこから城内に着陸した。
どうやら開かれた部分は大きな天窓で、着陸した場所は、大部屋の室内だったのだと、箱から出て、初めて気が付いた。
天窓は直ぐに閉められたので、部屋は思ったより寒くはなかった。
緊急事態とあって、国王陛下に謁見する間もなく、私とグレーシス様は、城の会議室に通された。
机の上には既に、様々な物が準備されてある。
「ではリーリス妃、早速薬草採取の準備をして貰う。防寒用具一式と、薬草を入れる麻の袋、命綱。」
カータンス殿下が机にある物を、一つ一つ説明してくれた。
防寒用具は騎士服に似たズボンと、脛まである編み上げのブーツ、フード付きの上着、手袋、ネックウォーマー、帽子があり、服の内側はふわふわとした温かい素材になっている。
腰のベルトには命綱と麻袋が装着出来る仕様になっていた。
命綱を引っ張って、強度を確かめたグレーシス様が言った。
「本当にリーリスだけなんだな。」
「我々獣人では、体が大き過ぎて横穴には入れない。行けるのは入口までだ。リーリス妃、我々は一旦退室するから着替えてくれ。」
「はい。」
グレーシス様とカータンス殿下が退室し、代わりに侍女のマイとメイが入室して、着替えを手伝ってくれた。
何だか生地がモコモコとしているので、ぬいぐるみになった気分。かなり暖かい。
着替えが終わると、再びグレーシス様とカータンス殿下、それに騎士が数名入室してきた。
私のベルトに付けた命綱を騎士が念入りに確認して、カータンス殿下が頷いていた。
「子供用だがピッタリだな。では此れから行く場所について、騎士から説明させる。」
子供用……そうよね。獣人女性は皆、背が高くて、胸もお尻も豊満だものね。現実を突き付けられたわ。
私の心境には、当然、全く気付きもしない騎士は、淡々と説明を始める。
「今から行く場所は、我が城を支える絶壁にある横穴です。我々が穴の入り口までお運びしますので、横穴に入って薬草を採取して下さい。薬草は根元から引っ張っれば簡単に手折れます。握り潰さなければ問題ありません。時間は十分が限度ですので、時間になったら入口からお声掛けします。更に、命綱を引っ張って合図しますので、穴から出て来て下さい。出て来ない場合は、緊急事態と見なし、強制的に引っ張りますので、ご容赦くださいませ。」
「十分間、横穴で薬草採取ね。分かったわ。」
薬草採取に夢中になりすぎると、合図に気付かないかもしれない。強制的に引きずり出されないように注意しなくては。
説明を聞き終えて、城の外へと連れて行かれた。
風は強く空気は冷たい。
モコモコの服を着て完全防寒していても、寒さを感じる。
寒いのに、私を見送る為にグレーシス様やクレイン、カールセン、マイとメイまでいる。
「クレイン、薬草が運ばれたら、王宮医師の元へ案内して貰って。カータンス殿下から、話は行っている筈だから、狂気病の薬になるか調べて欲しいの。」
「分かりました。」
クレインと話している間に、断崖絶壁から突き出ている城の先端に命綱が結ばれた。
オウギワシ姿の騎士が、ハンモックのような分厚い布を持ち、それに座って横穴へと運ばれる。
まるで、コウノトリが赤ちゃんを運んでいる絵のような、包まれ具合になるらしい。
出発前、グレーシス様に、ギュッと抱き締められた。
「済まないリーリス、今回は本当に何も出来ない。」
服がモコモコしているからか、いつもと抱かれ心地が違う感じがする。
「グレーシス様が魔物討伐する時、私は何も出来ないので、おあいこです。だから、謝らないでくださいませ。待っていてくれる事がどれだけ嬉しくて、勇気を貰えるか、ご存知ないのですか?」
グレーシス様の背中に手を回して、しがみついた。
「分からなくはない、な。」
グレーシス様が私の頭に頬擦りしている。
「グレーシス、そろそろリーリス妃を離してくれないか。」
「……仕方ないな。」
カータンス殿下の言葉に、グレーシス様が渋々抱き締めている手を離してくれた。
でも、しがみついていたのは、私の方だった。
名残惜しい気持ちで、ゆっくりグレーシス様から離れた。
「では、行ってきますね。」
オウギワシの持つハンモックに座って、ギュッと左右の布を握り締めた。
薬草採取は良い。
でも、地面が見えない程高い、断崖絶壁から飛び立つのは、命綱があっても怖い。
本当はちょっと止めたい。
準備万端整って、今更そんな事、言える筈もなかった。




