93 ある寒い日
二月初旬、テナール王国は雪に覆われていた。
私は編み物をしたり、刺繍をしたり、お菓子を作ったりして、穏やかに過ごしていた。
「リーリス妃殿下、至急謁見の間へお越し下さいませ。」
突如、執事のドルフに呼ばれて謁見の間へ行くと、カータンス殿下とグレーシス様が居た。
「リーリスここへ。」
玉座に座るリロイ国王陛下に呼ばれ、玉座の前に行き、跪いた。
「リーリス、只今参りました。」
「顔を上げ、楽にせよ。」
リロイ国王陛下に言われ、立ち上がる。
「リーリス、ハイヤー王国の次期王妃が急病で、お腹の子どもが危険な状況らしい。治すにはリーリスの助けがどうしても必要だ、とカータンス王太子は言っている。次期王妃と、未来の王太子の可能性がある子の命は、我が国にとっても無視出来ない。私はリーリスがハイヤー王国に行く事を許可するつもりだが、判断はリーリスに任せる。どうだ?」
使者ではなく、王太子であるカータンス殿下が直々に来るなんて、余程緊急事態なのだと予想出来る。
それに、ハイヤー王国はホーウル王国同様、存在を人間に知られないようにしている位、人間を警戒している。
それなのに、わざわざ私を名指するのは、何か理由があるに違いない。
理由を聞いたとして、私にしか出来ないなら、断るのも気が引けるし、私自身カータンス殿下には色々と助けて頂いたので、恩返しすべきとも思う。
「私に出来る事があるのならば、ハイヤー王国へ行きたいと思います。」
「だそうだ、グレーシス。」
リロイ国王陛下が、グレーシス様に視線を向けた。
「リーリスが決めたのならば、受け入れます。私とクレイン、護衛と侍従の受け入れを条件にさせて下さい。」
リロイ国王陛下が、グレーシス様からカータンス殿下に目を向けた。
「カータンス王太子、条件は飲めるか?」
「その条件、受け入れますので、至急、出立の準備をお願いいたします。」
カータンス殿下は即座に返答し、リロイ国王陛下が指示を出した。
「グレーシス、リーリス、事態は緊急を要する。直ちに準備を整えよ。」
「「はい。」」
旅程は一泊二日の予定。
私は邸へ戻り、ドルフに報告して、クレインの呼び出しと、侍従を選んで貰い、準備をお願いした。
グレーシス様は騎士団に護衛を依頼する為、騎士棟へ向かった。
三十分後には準備が整い、馬車が停車する広場に、ハイヤー王国から来たオウギワシ姿の騎士と、送迎用の箱(鷲箱、と私は勝手に名付けている)が並んでいた。
早速、侍女のマイとメイが鷲箱に荷物を運んでくれる。
私はグレーシス様を待ちながら、オウギワシの、もふもふとした胸辺りをじっと眺めていた。
なんて気持ち良さそうなの。触ってみたい。
なんて思っていると、グレーシス様が、王魔討専部隊を引き連れてやって来た。
「護衛は、お一人と言っていたのでは?」
「ああ、コイツらは勝手に付いてきた。見送りだそうだ。明日には帰って来るのにな。」
グレーシス様が騎士達を見て呆れている。
「お仕事中に、わざわざ有り難う。」
騎士達に笑顔を向けると、良い笑顔が返ってきた。
「妃殿下、護衛はカールセンに決定致しました。」
エイガーが報告してくれたので、にっこり頷いて、カールセンの方を向いた。
「カールセン、宜しくね。」
「はい。」
カールセンはクレインや侍女達と同じ箱に乗り込む。
私とグレーシス様は、カータンス殿下専用の鷲箱に乗ると決まっていたので、箱に乗ろうとした。
その時、騎士達が、何やら呟いているのが聞こえて来た。
「クソッ、今回もくじ運無かったか。」
「腕相撲なら負けないのに。」
くじ?腕相撲?
「騎士の皆さんは、一体何の任務をしていたのですか?」
首を傾げていると、グレーシス様が遠い目をして言った。
「気にするな。いつもの事だ。我が部隊は変な奴の集まりだからな。」
「そのトップがグレーシスだろう。」
既に、向かいの座席に座っていたカータンス殿下が、からかうように、ニヤリと笑った。
「そうだな、忠誠を誓った騎士達の中で、一番リーリスに忠誠心があるのは私だな。」
グレーシス様が私の手を取って、甘く笑いかけてきた。
「え?」
そんな恥ずかしくなるような内容の話だった?
思わず目を瞬いて赤面してしまった。
「おい、グレーシス。早く帰って妻に会いたい私への当て付けか?」
「事実を言ったまでだが?」
ムスッとして不機嫌モードのカータンス殿下に、グレーシス様が表情を変えずに言った。
私の手を、自分の頬にすり寄せながら。
「無自覚か。全く、達が悪い。」
カータンス殿下は呆れていたけれど、グレーシス様の行動を止めたりはしない。
「ああ、早く帰りたい。」
カータンス殿下が呟いた。
いつの間にか箱は上空へと運ばれ、ハイヤー王国へと向かっていた。




