92 聖獣祭
帰国して一週間後の今日、十二月二十三日は聖獣祭の日らしい。
「せいじゅうさい?」
帰国して、初めてその単語をグレーシス様から聞いた時、私は首を傾げた。
「我が国では聖獣を神として崇めている。獣人を作り出した神とされ、その神に感謝を捧げ、恩恵を得る為の祭りだ。」
「そんなお祭りがあったのですね。聖獣とは獣の形をした神様なのですか?」
「いや、聖獣様の本当の姿は不明とされ、我々の見たい姿で現れると言われている。だから、我々の中に存在する姿を映す為に、神殿の祭壇には鏡が置かれている。」
鏡なんてあったかしら?
結婚式をした神殿を思い出そうとしたけれど、サインをした以外、思い出せなかった。
「聖獣祭は十二月二十三日の日が落ちた時から、明け方迄の間に聖獣様が国を巡り、民に幸せを分けてくれると考えられている。その間、蝋燭を灯し続けて聖獣様を家に招く目印にする。さらに、蝋燭の傍に身に付ける物を置くと、それに聖獣様が幸せを分けてくれて、お守りになると信じられている。」
グレーシス様が説明してくれた。
夕方の六時頃、邸のホールに設置された台の上には、明日の朝まで持つと言われる巨大な蝋燭が置かれ、火が灯された。
「私はグレーシス様に頂いた髪留めにします。」
「私はリーリスのくれたハンカチにしよう。」
邸の皆と同じように、お守りにしたい品を蝋燭の傍に置いて、出掛ける準備をした。
外では、聖獣様に姿を見せるのは失礼。とされているので、顔の上半分は仮面を付ける。
フード付きのロングコートを着て、フードを頭から被って、出掛ける。
「リーリス、ちょっと腕を広げて立ってくれ。香水を付けておく。」
「香水ですか?」
言われた通り、立ったまま腕を広げると、グレーシス様が私のコートに向けて、シュッと吹きかけた。
「皆同じ格好なので、各々が調合した香水を付けて、互いを識別している。仮に人混みで離れても、獣人は鼻が効くから直ぐに見つけられる。」
くんくん、とかけられた香水の匂いに集中する。
困った。人間が使う香水と違って、匂いを感じられない。
「私には全く匂いが分からないのですが。」
離れたら、と思うと、ちょっと不安になった。
「心配しなくても私が分かる。それに手を離さないから安心しろ。」
グレーシス様が私の指に指を絡めて、しっかりと手を握った。
貝殻繋ぎは、まだ慣れなくて、恥ずかしい。
けれど、嬉しくもある。
馬車で王都まで行って、祭り会場の広場へ行くと、沢山の屋台で賑わっている。
日中だった肉祭りの時とは違って、夜の祭りは、蝋燭が一定の感覚で置かれていて、とても幻想的だった。
不思議なのは、屋台の様々な場所で花が売られている事だった。
「何故お花を売っているのですか?」
「あれは花流し用の花だ。」
「花流し用?」
「聖獣様が好むとされる花で、その花を川に流すと聖獣様に届き、花のお礼に願いを叶えてくれる。そう言い伝えられている。これをやらなければ、聖獣祭に来た意味が無い、とまでいわれている。」
「そこまで言われているならば、花を買わなければいけませんね。」
早速、グレーシス様と花を買って、川に連れて行ってもらった。
川にも蝋燭の灯りが灯されていた。
けれど、蝋燭の数が少ないのか、結構暗い。
「この花は暗闇で光るんだ。その光を楽しむ為に、あえてこの場所は暗くしてある。」
グレーシス様に言われて持っている花を見ると、青く光っていた。
川に目を向けると、沢山の青い光が瞬いている。
「綺麗。」
「私達も花を流そう。」
グレーシス様と、そっと川に花を落とすと、流れが遅いのか、ゆっくりと流れていく。
「あっ!」
毎年、決まった時期に、祖国には無い花が流れてきていた。その花は国民から、幸福の花と呼ばれていた。
あれはこの花だったのね。
王宮から出られない私の為に、侍従達が私の幸せを願って、沢山プレゼントしてくれた事を思い出した。
「どうしたんだ?」
「この花が、グレーシス様に出会わせてくれた気がします。」
テナール王国に住む獣人達の願う気持ちが、セーラン王国では幸福となって大切にされている。
その繋がりが嬉しい。
流した花をグレーシス様と見つめながら、聖獣様にお願いした。
グレーシス様とずっと一緒にいられますように。
そして、この花のように、誰かの幸せに貢献できますように、と。




