91 兄について
帰国の翌日、午前十時頃、私とグレーシス様はリロイ国王陛下の執務室に呼び出された。
昨日、謁見の間で話がある。と言われていたので、その件についてだと思われる。
執務室には私達の他に、ティミラーお義兄様とフレイルお義兄様も同席している。
「ティミラーとフレイルまで呼ばれるとは、嫌な予感しかしないのだが。」
グレーシス様が、顔をしかめた。
「心配し過ぎだよ、グレーシス。父上、リーリスを同席させるのは、例の件ですよね?」
ティミラーお義兄様は、何か知っている様子だった。
私に関係があるみたい。
お義父様はティミラーお義兄様に頷いて、私に視線を向けた。
「二人がホーウル王国へ行っている間、セーラン王国の王太子から、結婚式の日取りが決まった。と連絡が来た。リーリスとグレーシス、外交担当者の招待を受けており、私はティミラーとフレイルを、外交担当者に指名するつもりだ。」
レミリオお兄様が結婚する!なんておめでたいの!
「では、グレーシス様や、お義兄様達とセーラン王国へ行けるのですね。」
三歳年上のレミリオお兄様は、十一歳から婚約しているのに、結婚は先延ばしにしていた。
リーリスが幸せにならないと、二十五歳までは結婚しない、と言っていた。
きっと王宮で引きこもり生活をしている私に、負い目を感じていたのだろう。
そのお兄様が結婚を決めた。
つまり、私がテナール王国へ行って、幸せだと認めて下さったのだ。
それはとても嬉しい。
「リーリスには言っていなかったが、七月頃、セーラン王国の王太子より、魔物肉の輸入希望があった。私はその希望を受け入れ、段階的に辺境から魔物肉を輸出するよう指示を出していた。」
お義父様の話を聞いて、嬉しくなった。
「そうだったのですね、やはりお兄様は送った肉を食べて下さったのですよ。」
隣に座るグレーシス様の膝に手を置くと、グレーシス様は、驚いた顔をしていた。
「まさか、そんな事があるとは。」
「だよね、私達も驚いたよ。まさか、リーリスが魔物肉をセーラン王国に送っていたなんてね。しかも王太子から輸入希望が来るとは。」
ティミラーお義兄様が笑っていた。
「初めは夜会で試しに出したらしい。勿論、魔物肉とは言わない。どうやら評判が良かったらしく、今では夜会で頻繁に出しているとか。結婚式後の晩餐会のメニューにも使いたいと言われている。その後、魔物肉だった、と発表する予定だそうだ。今まで知らずに食べていた人間の顔が、目に浮かぶな。」
フレイルお義兄様が、ニヤリと笑った。
「リーリスが我が国に嫁いでから、セーラン王国では、奴隷制度が合法化している貿易相手国に対して関税をかけ、入国を港町のみと制限し、期間を設けて、獣人奴隷を引き渡した際には、謝礼を支払う。と発表したそうだ。それで、つい先週、セーラン王国から、奴隷として囚われていた獣人が数名、引き渡された。」
お義父様が話してくれた。
「やっと本腰を入れたか。」
グレーシス様が、ボソリと言った。
「自国はまだしも、他国にまで口を出すのは難しいよ。頑張った方じゃないかな。まあ、そもそも奴隷売買なんてしなければ、こんな事態にはならないから、自業自得だけどね。」
グレーシス様の呟きを聞き逃さなかった、ティミラーお義兄様の口調は明るい。
けれど、セーラン王国に対して、良い印象を持っていないのは、明らかだった。
「王太子はテナール王国の魔物討伐が、セーラン王国を守っていた事実を発表し、王位継承までに、獣人に対する意識改革をすると言っている。結婚式の招待は、物資のみの交流とした条約に特例を出し、王家同士の良好な関係を、貴族にアピールしたい狙いがあるのだろう。が、任意なので、断っても良い。」
お義父様はお義兄様達の答えを待った。
皆で結婚式に参列したい。一緒にセーラン王国へ行くと言って欲しい。
でも、グレーシス様やお義兄様の気持ちを尊重したい。
緊張しながら答えを待っていると、グレーシス様が、私の膝に置いてある手を握った。
机の下なので、死角になり、おそらく誰も気が付いていない。
チラリとグレーシス様を見たけれど、グレーシス様の表情は変わらず、前を向いて、お義父様に目を向けたままだった。
「私が不参加だとしたら、リーリスだけセーラン王国に行くのでしょうか?」
グレーシス様の質問にお義父様が頷いた。
「そうなるな。」
「では、参加します。リーリス一人では行かせられませんから。」
キュッとグレーシス様の握る手が少し強くなった。
嬉しくて私も握り返す。
「私も参加するよ。リーリスが育った所を見てみたいし、次期国王として、リーリスの兄である王太子の人間性も気になるしね。」
ティミラーお義兄様が私にウインクした。
「私も参加しよう。もしかしたら、リーリスを置いて帰れ、と言われかねない。帰国は全員でしたいからな。」
フレイルお義兄様がフッと笑いかけてくれた。
お義父様が大きく頷いて言った。
「良いだろう、セーラン王国には、四名の参加を伝えておく。」
執務室を後にして、邸に戻っている時、不意にグレーシス様が立ち止まった。暗い表情をしている。
「本当はずっと、セーラン王国に帰りたかったのではないか?」
絞り出すような声で言われた。
レミリオお兄様の結婚式に、参列するのを喜んだから、そう思われてしまったのかもしれない。
「帰りたいか、と聞かれれば、たまには帰りたいです。グレーシス様と一緒に。」
グレーシス様の袖をつまんで、黄色い瞳を見つめた。
「私も?」
「はい、こんなに素敵な方が私の旦那様で、私は凄く幸せだから、安心して欲しいって、家族に自慢しに帰りたいです。」
グレーシス様の手を握り、笑いかけると、眩しそうに目を細められた。
「そうか、私も一緒か。」
「勿論です。嫌、ですか?」
本当は行きたくないのに、無理しているのでは、と心配になる。
「嫌なわけ無い。リーリスが一緒なら、どこへでも行こう。」
嬉しくて思わず腕に抱きついた。
「祖国では、私がグレーシス様を守りますね。絶対に嫌な思いはさせませんから、安心してくださいね。」
グレーシス様が一瞬目を見開いてから、目を細めた。
「それは頼もしいな。」
「結婚式に参列すると、幸せを分けて貰えると言われています。だから、私のお兄様から、いっぱい幸せを分けて貰いましょうね。」
私の祖国へ行っても、グレーシス様が幸せを感じて欲しいと思う。
「今でも充分幸せだ。」
グレーシス様が、私のおでこにキスを落として、微笑んだ。
とても嬉しそうに。




