9 料理長ベイン
庭園にて、庭師のフェルメスと花の種を植え終え、
私室に戻り、着替えるついでにお風呂に入った。
「お風呂の準備が出来ております。」
私室に入室するなりマイに言われて驚いた。
だって庭園で土いじりするなんて、一言も言っていなかったから。
理由を聞くと、庭園から汗だくになって戻ってくる私をメイが見かけたらしく、(フェルメスを走って追いかけたり、畑を耕したりしたせいね。)それをマイに報告したらしい。
メイから報告を受けたマイがお風呂の準備をしてくれたのだとか。
お陰でスッキリした。
お昼になったので食堂へ行き、昼食を食べ終わった頃、ドルフが恰幅の良い獣人男性を連れてやって来た。
「リーリス妃殿下、彼はマヌルネコの獣人、ベインです。邸の料理長をしています。」
ドルフから紹介されたベインは、頑固な職人という空気を纏っている。しかめっ面を隠しもせず、頭を軽く下げただけの無言の挨拶だった。
「初めましてベイン、テナール王国の料理を食べたのは初めてだったけれど、貴方の料理はとても美味しくて感動したわ。それに盛付けも美しくて、目でも楽しめたわ。ありがとう。」
「あ、ああ。それは、どうも。」
素直にお礼を伝えると、ぶっきらぼうながらも返事を返してくれた。
「それで、セーラン王国のお兄様にも食べて貰いたいのだけれど、魔物肉を分けて貰えないかしら。出来れば美味しく食べれるレシピも教えて欲しいのだけれど。」
「は?魔物肉をセーランに?本気か?」
「ええ、本気よ。」
じっと目を見ると、ベインはガシガシと頭を掻いて目を反らした。
「それは無理だ。ここから送っても肉が腐ってしまう。辺境で狩った新鮮な肉なら問題ないが、辺境の騎士がセーラン王国に肉を送るなんて許す筈がない。」
「送りたくない位お肉が美味しいから?」
「は?いやいや、魔物肉食ってる獣人を野蛮って言う奴らに、魔物肉送る馬鹿はいないだろう。」
「ここにいます。」
にっこり微笑んで挙手をすると、呆れたように、ため息を吐かれた。
「……人間の癖に、どういうつもりだ。」
「もしもセーラン王国で魔物肉が受け入れられれば、人間も獣人を野蛮なんて言えなくなると思うの。少しは獣人に対しての差別意識が変わるかもしれない。だから私は、王太子のお兄様に、魔物肉を食べて貰いたいの。」
「次期国王が食うわけ無いだろ。」
「私は美味しく頂きましたよ。」
私が食べてお兄様が食べない筈がないと思うのだけど、そう思ってコテンと首を傾げる。
「……兎に角、ここから肉を送るのは無理だ。俺は仕事に戻る。」
「ベイン、忙しいのに来てくれてありがとう。」
足早に去って行く後ろ姿に声を掛けると、返事の代わりか後ろ姿のまま、手だけ挙げてくれた。
今はまだ予定が無いけれど、今後辺境へ行く機会もあるかもしれない。
お肉はその時に頼んでみよう。
「妃殿下、ベインの失礼をお許し下さいませ。」
一人で納得していると、ドルフの申し訳なさそうな声がして我に返った。
「気にしていないから謝らないで。国が違っても料理人ってあんな感じなのね。」
セーラン王国にいる時、料理人達は国王やお兄様の前では畏まっていたけれど、私にはぶっきらぼうで、でも、何だかんだ言いながらも優しくしてくれた。
ベインにも同じ性質を感じて嬉しくなる。
「あんな感じとは、妃殿下は料理人と関わりがあったのですか?」
一般的な王族は料理人と関わったりしない。ドルフが疑問に思うのも最もだった。
「ええ、お菓子の作り方を教わっていたの。」
「それは…」
王族が厨房に入るなんてあり得ない。そう聞こえてきそうだった。
「王女らしくないわよね。でも私は王宮から出して貰えなかったから、その代わり、やりたいと言えば、王宮内では何でもやらせて貰えたの。」
「そうでしたか。」
どう捉えられたのか分からない。が、複雑な顔をされてしまった。
流石に癒し手のせいで、とは言えない。
「いつかベインが厨房に入るのを許してくれたら、セーラン王国、王宮料理人直伝のお菓子を、邸の皆にもご馳走するわね。きっと美味しく出来ると思うの。お口に合うといいのだけれど……」
王女がそんな事をしてはいけない、と言われてしまうだろうか。
ドルフの反応が気になった。
「それは楽しみですね、グレーシス殿下もお菓子は大好物ですから、きっと喜ぶでしょう。」
思った以上に好感触。
しかも、グレーシス殿下の情報まで貰ってしまった。
「まあ、それは良いことを聞いたわ。グレーシス殿下って、いつも難しい顔をしているから、喜ぶ顔が見てみたいわ。」
「そうですね。」
ドルフは少し苦笑しながら同意してくれた。
お菓子を作ってグレーシス殿下を笑顔にする。
新たな目標が出来た。