87 やっとテナール王国へ
私達の帰国を祝福するかのような、冬晴れの穏やかな朝だった。
朝八時。ネル殿下から報告のあった、無症状患者に癒し手を終えた私は、出発迄の空き時間に、庭園で自然エネルギーを吸収していた。
「やっと皆で帰国出来ますね。」
「ああ。よく頑張ったな。」
グレーシス様は矢傷を負った私を心配して、今日はずっと付き添ってくれている。
帰国の準備を整え、ハイヤー王国の馬車ならぬタカ箱?でも、運んでくれているのはオウギワシだから、ワシ箱、と言えば良いのかしら?が待機している広場へ向かった。
広場には、入国した時と同様に、ハーレンス殿下が騎士を引き連れて整列していた。
ハーレンス殿下の右隣にはコリーニ殿下、左隣にはネル殿下も居る。
ハーレンス殿下は箱に入る者達に声をかけて、お礼を伝えている。
勿論、私達の所にも来てくれた。
「テナール王国には世話になった。感謝する。」
「役に立てたなら何よりだ。」
ハーレンス殿下が手を出し、グレーシス様が握り返して、握手している。
何だか友情が深まった感じで、見ていて嬉しい。
「グレーシスは手続きが必要だけど、リーリス妃とクレイン殿なら、いつでも歓迎する。なんせ我が国の特別な勲章があるからね。」
ハーレンス殿下が私にウィンクし、コリーニ殿下とネル殿下が頷いている。
「そのように言って頂けて光栄です。」
私だけが訪問する機会は無いと思うけれど、信用して貰えた証なので嬉しい。
グレーシス様が私の腰に手を回して、茶化すように言った。
「来た時は、リーリスだけ帰れ、と言った奴がな。」
「あれは冗談だって言っただろう。根に持つなよ。」
ハーレンス殿下が肩をすくめている。
「お前らは本当にじゃれるのが好きだな。ハーレンス、もう帰っていいよな。」
カータンス殿下が、気だるそうにしている。
「カータンスは、なんだかんだ言う割には、付き合いが良いよね。ハイヤー王国にも世話になった。感謝する。」
「恩は売る主義なだけだ。」
カータンス殿下が、フッと笑って、ハーレンス殿下と握手を交わしている。
カータンス殿下は二十七歳と、二人に比べて一番歳上だからか、興味が無いようで、案外面倒見が良い。
「私は公務があるから、ここでお別れだ。また会おう、雛のようなリーリス妃。」
「雛って、カータンス殿下、私はこう見えて立派な大人なのですよ。」
濃いオレンジ色の瞳を見詰めながら、淑女らしく微笑んで礼をして見せたら、目を見開かれた。
「ああ。本当に雛のようだな。」
全然、分かって貰えない。
クスリと笑って、カータンス殿下は私の頭に手を伸ばしてきた。
素早くグレーシス様が、私の頭の上に、掌を上にして滑り込ませ、カータンス殿下の手を掴んで、握手に持っていった。
「テナール王国までの送迎も、リーリスへの国花も、リーリスが誘拐されて、いち早く見つけてくれた事も感謝する。」
「……ハイハイ。恩が売れて何よりだ。我が国に何かあった時は、断らないでくれよ。」
カータンス殿下はグレーシス様と言葉を交わすと、さっさと自分専用の箱に乗り込んだ。
カータンス殿下は公務の為、ハイヤー王国へ帰国するので、帰りは別々になる。
だから帰りの箱には、私とグレーシス様の二人きり。
箱を運んでくれる騎士は完全に獣化して、オウギワシになっている。
獣化した方が、寒さに強いのだとか。
オウギワシ姿の騎士が、箱の上部にある取っ手に掴まり、羽ばたくと、どんどん上空へと運ばれていく。
丸窓から外を見ると、ホーウル王国全土が見渡せる。
王国の中心にある湖が、太陽の光を反射して、キラキラと美しく輝いていた。
「見てください、王国があんなに小さくなっています。美しい景色ですね。」
「そうだな、たまには上から見る景色も良いものだな。」
右隣に座ったグレーシス様も、私に体を近づけて丸窓を見た。
「すまない。腕に当たってしまったな。痛かったか?」
まだ矢傷で動かせない腕を気遣って、グレーシス様が少し離れた。
何だか少し淋しい。
「少し触れた位なら大丈夫です。」
「夜会でダンスを踊る約束は、少し先になるな。」
グレーシス様が残念そうに、私の手に優しく触れた。
「良いのです。あの約束は、一緒に帰国する為の、方便でしたから。こうして一緒に帰国出来るなら、文句はありません。」
ニッコリと微笑むと、考えるような仕草をされた。
「そうか、何かしたい事はないのか?」
「それなら、席を交代して頂いても?」
「そんな事か?構わないが。」
席を交代して貰い、グレーシス様が左隣に来た。
「腕にギュッてしても良いですか?」
グレーシス様の獣耳が、ピクリと動く。
「いくらでも。」
グレーシス様が腕を差し出してくれたので、自分の腕を絡めて、肩口に頬をくっつけた。
「どうした?嫌な事でも思い出したか?」
心配そうに顔を覗き込まれた。
「いえ、思ったよりグレーシス様不足だったみたいです。」
グレーシス様の顔を見上げて微笑んだ。
「抱き上げると遠慮するのにな。」
じっと見詰められて、恥ずかしくなって視線を反らす。
「されるより、したい派なのです。」
「困ったな。私もだ。」
おでこにキスが落とされ、グレーシス様がこちらへ体ごと向けて、右手は私の背中に回り、左手は私の頬を包んだ。
グレーシス様の顔が近付いて、互いの唇が触れる直前、グレーシス様がピタリと止まった。
「仕方ない。たまには、したい派のリーリスに譲ろうか。」
「なっ………。」
キス待ちするグレーシス様に、じっと見詰められ、ドキドキしすぎて固まっていると、見かねたのか、軽く、チュッと唇にキスされた。
「リーリスは、されたい派のようだが?」
悪戯っぽく微笑まれた。
「それは……。グレーシス様が素敵すぎて、私をドキドキさせるのがいけないのですっ。」
赤面したまま、視線を反らして、何だか訳の分からない反論をしてしまった。
「リーリス、そんな発言をしたら、私が付け上がるとは思わないのか?」
グレーシス様に頬を撫でられる。
「私が好きなグレーシス様が付け上がる事に、何か問題があるのですか?」
首を傾げると、グレーシス様の獣耳が再び、ピクピクと動き、ふーっと長い息を吐かれた。
「……ならば、取り敢えず、気が済むまでキスしても構わないな。」
「え?」
「私も思ったより、リーリス不足だったらしい。」
シャンパンのような黄色い瞳に見詰められて、クイッと頤を指で固定されると、色々な意味で逃げられない。
気が済むまでって、いつまで?とか、取り敢えず、とは他に何かあるの?とは、とても聞けなかった。




