86 セフィーナ王妃殿下と茶会
セフィーナ王妃殿下の使者に呼ばれ、案内されたのは、夜会会場と続き扉になっている隣の部屋だった。
その部屋は休憩に寛ぐには丁度良い広さで、女性が好みそうなピンクと白を基調とした、ロマンチックな内装だった。
テーブルを挟んで、四人掛けの長いソファーが一脚ずつあり、テーブルには、お茶や様々なお菓子が並んで、お茶会真っ最中。そんな感じだった。
入り口から奥にあるソファーには、セフィーナ王妃殿下、手間のソファーには、ハーレンス殿下の妻であるカミーラ妃殿下と、コリーニ殿下の婚約者であるモネナール嬢が、横並びに座っていた。
セフィーナ王妃殿は、髪、獣耳、尻尾、全てチョコレートブラウンで、瞳は美しい琥珀色をしていた。
獣人特有のスタイルの良さと、少し垂れた目が特徴的な美人だった。
ハーレンス殿下とコリーニ殿下は父親に似て、マーチス殿下とネル殿下は母親似なのだと納得した。
「お初にお目にかかります。テナール王国、第三王子グレーシスの妻、リーリスでございます。」
淑女の礼をして挨拶をした。
「私はセフィーナ。ハイイロオオカミの獣人よ。堅苦しい挨拶は良いわ。リーリス妃、どうぞここへお座りになって。」
ソファーに座っているセフィーナ王妃殿下が、隣を手で示した。
王妃殿下のお隣に!?畏れ多い。でも、断る方が不敬よね。
「では、失礼致します。」
断りを入れてから、隣に腰掛けた。
私を見つめるカミーラ妃殿下と、モネナール嬢が、どんな気持ちなのか気になる。
ソファーに腰かけると、セフィーナ王妃殿下が口を開いた。
「リーリス妃をここへ呼んだのは、あの夜会から避難させる為です。」
「避難、ですか?」
また、何か危険があったのかしら?
「ええ、夜会で男性と食べさせ合っていたら、此方のお腹が持ちません。もう少ししたら、お酒まで飲まされる羽目になりますから、女性に限っては別室に避難させて、お茶会をしながら、深夜零時まで過ごす事が、許されているのです。」
確かに、セフィーナ王妃殿下が呼んでくださらなければ、お腹が破裂してしまう所だった。
「お心遣い感謝致します。ですが、夫が心配しておりますので、暫く休ませて頂いたら、会場へ戻らせて頂きたく思います。」
「それはなりません。深夜零時になるまで此方で過ごして貰います。」
セフィーナ王妃殿下に、ハッキリと却下されて、話題を変えられてしまう。
「紹介がまだでしたね。ハーレンスの妻、カミーラと、コリーニの婚約者、モネナールです。」
女性だけのお茶会に参加するのは初めてだったので、少し緊張する。
淑女らしく、笑顔は絶さないよう心掛けた。
「お会い出来て光栄にございます、カミーラ妃殿下、モネナール嬢。」
「私もよ。姉妹共々、狂気病ではお世話になりました。有り難うございます。」
カミーラ妃殿下に深々と礼をされた。
「とんでもございません。お元気になって何よりです。」
二人が姉妹だったとは。
言われてみれば白い獣耳に尻尾、白金の髪や空色の瞳も同じだし、顔つきも似ている。
けれど、化粧のせいか、見た目の印象は全く違っていた。
カミーラ妃殿下は大人っぽく、モネナール嬢は愛らしく仕上がってる。
「ねぇ、あの時、コリーニに何を言ったの?その、うまくいっているわ。有り難う。」
モネナール嬢が顔を赤らめて報告してくれた。
あの時とは、療養所で私がモネナール嬢の食事介助をした後の事を、言っているのだと思う。
「それは良かったです。」
少しほっこりして、緊張が解けたのを見計らったように、セフィーナ王妃殿下が声をかけてきた。
「挨拶は済んだわね。リーリス妃殿下、時間はたっぷりあるから、ゆっくりお茶会を楽しんで。我が国自慢のお菓子とお茶、そしてフルーツは絶品だと自負しておりますから。」
どうやら深夜零時まで、夜会会場には戻れそうにない。
戻れないなら、諦めて楽しまないと損ね。
気持ちを切り替えた。
「では、お言葉に甘えて。」
近くの皿にあったクッキーに手を伸ばしたら、向かいに座っていたモネナール嬢に、サッと皿ごと取られた。かと思ったら、私が取ろうとしたクッキーを摘まんだ。
「リーリス妃殿下の欲しいクッキーはコレかしら?」
「えっ……はい。」
「はい、どうぞ。」
モネナール嬢が、私に食べさせようとしてくる。
茶会でも、この文化からは逃れられないらしい。
「し、失礼致します。」
あら!食べた瞬間、サックリとした食感がたまらない。
思わず顔が綻んでしまう。
「テナール王国とも、セーラン王国とも違った美味さがありますね!」
「喜んで貰えて良かったわ。」
モネナール嬢が満足そうにしている。
これはお返しするのが礼儀の筈。
モネナール嬢に好みのお菓子を聞こうとした時、カミーラ妃殿下が、ズイッと私にプチケーキを差し出してきた。
「此方もお勧めでしてよ。」
待たせるのも失礼よね。これは食べるしかない。
「では。頂きます。」
あらあら!思ったよりも柔らかくて、甘さが丁度良い。
ふわりと顔が緩んだ。
「とてもふわふわで、美味しいです!」
「そう、そうなのよ!」
大人っぽいカミーラ妃殿下が、可愛らしくはしゃいでいる。
カミーラ妃殿下にも好みを聞くべきね。
そんな暇も与えられず、横からセフィーナ王妃殿下が、カットフルーツを差し出してきた。
「我が国は、フルーツも美味しいのよ。」
セフィーナ王妃殿下の好意を断る理由が無いので、勿論頂く。
食べた瞬間、ジュワリと果汁が口一杯に広がった。
はわわっ!と思わず感動で口元を押さえた。
「こんなに甘くてみずみずしいフルーツ初めてです!」
「そうでしょう。我が国自慢のフルーツなのよ。」
美しい笑顔で説明して下さる。
さて、セフィーナ王妃殿下の好みも聞かなければ。と思ったのに、何故かしら?皆さん、もう私に向けて準備を調えている。
「順番から言えば、私がリーリス妃殿下に食べさせる番ですわね。」
モネナール嬢がバタークッキーを手にしている。
「あら、早い者勝ちよ。」
カミーラ妃殿下の手にはリンゴパイが。
「二人共、譲り合う気持ちも大切ですよ。」
セフィーナ王妃殿下の手にはレモンケーキが。
誰が最初に食べさせるか競い合っている。
おかしい、ルールが違うのではないかしら?
「あの……、私も皆様に食べさせて差し上げたいのですが。」
タジタジになる私に、皆様こちらを見て目を輝かせた。
「「「それでは是非お願いしますわ。」」」
一通り皆様の食べたい希望を聞いて、あーんした後にカミーラ妃殿下が言った。
「ご免なさいね、あまりにもリーリス妃殿下が美味しそうに食べてくださるから、つい、また食べさせたくなってしまったのよ。」
ウンウンとモネナール嬢が頷いている。
「そうよ。あんなに幸せそうにされたら、お勧めしたくなるわ。」
クスクスとセフィーナ王妃殿下が困ったように笑った。
「そうね。でも、それでは避難させた意味がなくなって仕舞うわね。」
なるほど、食べさせ合うのは、こうして仲良くなる効果があるのね。
皆の笑顔を見て、私も嬉しくなった。
「恥ずかしいと思っていましたが、この文化は良いですね。皆様がとても可愛らしいので、私も、どちらかと言えば、食べて頂く方が楽しいです。」
尻尾がふりふり動いているのが、特に可愛らしい。
「もう、そんなに正直に言われると困りますわ。」
赤面するカミーラ妃殿下の肩に手を置く、モネナール嬢も顔が赤い。
「リーリス妃殿下は感情が駄々漏れで、本気の好意だと分かるだけに、厄介ですのよ。」
「この年齢で可愛らしい。と本気で思われるとは思いませんでした。」
パタパタと顔を仰ぐセフィーナ王妃殿下の頬は、ほんのりピンク色をしていた。
最初、冷たい印象のセフィーナ王妃殿下は、思ったより、ずっと可愛らしい方だった。
始めは深夜零時まで夜会会場に戻れない。と言われ、戸惑った。
でも、女性だけで過ごす初めてのお茶会は、思ったよりも楽しくて、気付けば深夜零時になっていた。
「リーリス妃殿下、今宵はとても楽しかったわ。リーリス妃殿下が夜会に参加して、元気な姿を見せる。その時点で、国家間の友好。という目的は達成されていました。だから腕が動かせないのに、無理してずっと会場に居る必要はなかったのよ。」
私が何を考えていたのか、セフィーナ王妃殿下は全てお見通しで、私を気遣って、お茶会に引き留めてくださっていたのだと、初めて気が付いた。
「私も楽しかったです。お心遣い感謝致します。」
三人各々と握手を交わして、お茶会は終了した。
セフィーナ王妃殿下の使者が、グレーシス様の居る場所まで案内してくれた。
グレーシス様が、何だか凄く消耗しているように見える。
「ハーレンスに聞いた。茶会は楽しかったか?」
「はい、とても楽しい時間を過ごさせて頂きました。グレーシス様と一緒に居られなかったのは、少し残念です。」
「私もだ。だが、リーリスがこんな拷問を受けなくて良かった、とも思う。」
グレーシス様がお腹をさすりながら苦しそうにしている。
夜会会場には沢山の獣人達が寝転がっていた。
「もう食えないし飲めない……。」
自国、他国問わず、皆苦しそうにしている。
潰し合い。ではなく、慰労会……だよね?
確か、何かの書物に、信頼は苦しみを分かち合うからこそ生まれるのだ、と書いてあった。
もしかして、この事を言っていたのかしら?まさか、ね。




