85 ホーウル王国の夜会
夜会の参加。
それは、私が元気な姿を見せる事で、心身共に問題はなく、事件については水に流し、今後も友好関係を望んでいる。そうアピールする目的がある。
そうする事で、私に国花を贈ったカータンス殿下は、ホーウル王国を非難せずに済み、三国の友好が維持出来る。
だから、矢傷の痛みで右腕が動かせない。なんて、知られてはいけない。
「私から離れるな。辛くなったら言ってくれ。」
「はい。」
グレーシス様の腕に、しっかりと捕まって夜会会場に入場した。
広いホールに長いテーブルがあり、様々な料理や飲み物、フルーツやデザートが用意されている。
近くに居たカールセンが、並んでいる料理を見て呟いた。
「なんか、一つ一つの料理が小さいですね。」
確かにカールセンの言う通り、全ての料理が女性でも、無理なく一口で食べられる大きさで、一つ一つに串が刺してあり、手にしやすいよう配慮されていた。
左手しか使えない私には都合が良いけれど、騎士達には、物足りないかもしれない。
「皆!今宵は存分に楽しんでくれたまえ。我が国の夜会が初めての参加者もいるので、ハーレンスより説明させるとしようかのぅ。」
ハミュール国王陛下の言葉を、ハーレンス殿下が受けて、説明してくれた。
「我が国では労いや親睦を深める行為として、食事を食べさせ合う文化がある。この食べさせ合う行為は同じ者と行ってはならない。途中退席は、参加者全員と食べさせ終えた場合のみ許される。それまでは、余程の理由がない限り、深夜零時まで退席は出来ない。以上、我が国の夜会ルールだ。楽しんでね。」
つまり……あーん、を全員とし合わなければ、深夜零時まで退席出来ない。と?
ハーレンス殿下が言い終わると、ホーウル王国の騎士達は、慣れたように料理を取り皿に乗せ、早速、互いに食べさせ合っている。
「最悪だ。」
グレーシス様が呟いた。
「本当にな。初めは良い。物足りない位だ。しかし、時間が経つに連れて、あの小さな一口が、次第に重くなり、拷問へと変わるんだ。」
グレーシス様の背後から、カータンス殿下が怠そうに、経験談を語ってくれた。
「私が言いたいのはソコじゃない。リーリスが他の奴と食べさせ合うだと?冗談じゃない。退席するしかないな。」
「グレーシス、聞いていなかったのか?全員とやり終えなければ、深夜零時まで、退席は許されない。」
カータンス殿下の言葉に、グレーシス様がグッと奥歯を噛み締めた。
「そんなルールがあると知っていたなら、参加させなかったのに。」
カータンス殿下が、グレーシス様を放置して、料理を盛ったお皿を、私に差し出して来た。
「リーリス妃、腹が減っている今のうちに、どれでも良いから食わせてくれ。」
「あ、はい。」
勢いに押されて、言われるがまま、皿の中にある一品を手にした。
「おい待て、カータンス。リーリスの一番は私だ。」
グレーシス様ったら、そんな恥ずかしい発言を堂々と。嬉しいけれども。
「ハイハイ。どうぞ、どうぞ。」
カータンス殿下が、呆れた顔で譲ってくれたので、グレーシス様に、あーんした。
それは良い。問題はされる方だった。
グレーシス様が、カータンス殿下の皿から、料理の串を手にして、私の口に差し出した。
昨日の夕飯も恥ずかしかったのに、更に、こんな人前で、あーんされるなんて。
自然と顔に熱が集まってくる。
周りは皆、平気そうに食べさせ合っている。
文化なら従うしかないので、思い切って食べた。
でも、これで終わりではない。
「次は私の番だな。」
カータンス殿下と食べさせ合った。
この後も、男性とこんな事をするなんて、恥ずかしい。
「リーリス妃は、雛みたいだな。」
カータンス殿下に、クスリと笑われてしまった。
雛……。つまり子どもみたいって事かしら?女性として見ていないから、恥ずかしがる事でもない。と言いたかったのかもしれない。
その後、グレーシス様が鬼の形相で、カータンス殿下と、あーんし合っていた。
そんなに嫌だったのかしら?
「仕方ないですが、妃殿下、お願いします。」
カールセン、エイガー、クレイン、ネル殿下、他にも沢山の騎士達と、あーんし合う羽目になってしまった。
勿論、グレーシス様も、私の所に来た、全ての獣人達と、あーんし合っていた。
「全員と言われても、人数が多くて、誰と食べさせ合ったのか、忘れてしまいそうです。」
知り合いならまだしも、他国の方々を、一目見ただけでは覚えられない。
「獣人はヒト型をしていても、相手が何の獣か見分けられるし、匂いも全員違うから、同じ奴に声をかけたりはしない。だから、リーリスは声をかけられるのを待っていれば大丈夫だ。」
「グレーシスの言う通りだよ。因みに獣人は高位の者に対して絶対服従だから、この夜会ルールを破ったりしないし、許されないよ。」
この声は知っている。
「ハーレンス殿下……と、ハミュール国王陛下!?」
ハーレンス殿下は分かる。
けれど、ハミュール国王陛下には驚いた。
国王陛下が高座から降りて、会場をフラフラしながら参加しているなんて、私の常識ではあり得なかったから。
「リーリス、私の食事も食べてくれるかのぅ?」
ハミュール国王陛下が笑顔で食べ物を差し出して来たら、断るはずがない。
「勿論でございます。」
緊張しつつも、ハミュール国王陛下と食べさせ合った。
「では、リーリス、次は私だ。」
ハーレンス殿下も、手に料理を持って準備している。
「頂きます。」
ハーレンス殿下とも食べさせ合った。
グレーシス様も、流石に国王陛下と食べさせ合うとは思っていなかったらしい。
「我が国の騎士達の所へ向かって行ったぞ。アイツらともするつもりなんだな。」
去って行くハミュール国王陛下の背中を見送りながら、グレーシス様が、珍しく驚いた表情をしていた。
自国、他国問わず、かなりの人数と食べさせ合ったけれど、まだまだ全員には至らなかった。
参加者全員となんて、お腹が持つ気がしない。
カータンス殿下が、拷問。と言っていた意味を理解し始めた時、一人の使者が私を呼びに来た。
「セフィーナ王妃殿下が、リーリス妃殿下をお呼びです。」
「セフィーナ王妃殿下が?」
セフィーナ王妃殿下は、謁見の間や、夜会の挨拶をするハミュール国王陛下の隣に居たものの、一度も言葉を発した事はない。
何の御用かしら。
グレーシス様が私をエスコートしようとすると、使者に止められた。
「申し訳ございませんが、グレーシス殿下の同行は許されておりません。リーリス妃殿下のみ、ご案内致します。」
「そうか。仕方がない。」
グレーシス様の表情は変わらない。けれど、尻尾がペシペシ床を打っている。
「グレーシス様、ちょっと行ってきますね。」
「無理、しないようにな。」
「はい。」
私は元気な姿を見せる為に、矢傷の痛みで右腕を動かせない事を隠している。
それを知っているグレーシス様は、心配そうに私の髪を一房撫でて、惜しむように見送ってくれた。




