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獣人王子と癒し手王女の政略婚  作者: アシコシツヨシ


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80 事件後編(グレーシス視点)

確か、待ち合わせの場所は本邸を通る方が近い。

本邸を急ぎ足で歩いていると、向かいから、ハーレンスとクレインが、一緒に歩いて来るのが見えた。


クレインは無事だったか。

内心ホッとして歩くスピードを緩めた私に、ハーレンスが新たな情報をくれた。


「クレイン殿はマーチスの別邸で茶をしていたそうだ。あそこは本邸もそうだが、別邸に行くにも、目に付かず都合が良くてね。本邸と言われて、すっかり別邸の事を失念していた。本邸でマーチスの目撃者を探しても居ない筈だ。これから別邸に行ってマーチスに話を聞こうと思う。」


リーリスとエイガーには本邸と偽って、実は別邸に拐ったのか?

獣人は嘘を見抜く。

エイガーが騙されるとは思えない。だが、言い回しなら、いくらでも誤魔化せる。


または別人が名前を偽って、本邸に拐った可能性もある。

それなら、マーチスの目撃者が居ないのも、納得出来る。


「で、クレイン、茶会にリーリスは居たのか?」


「いえ、マーチス殿下が呼びに行った所、用があるので、終わらせてから伺うと言われたそうです。私がいる間、結局妃殿下はいらっしゃいませんでした。」


エイガーと話が違うな。

「今まで別邸に居たのか?」


「いえ、別邸でお茶をしたのは一時半から二時位です。その後は、狂気病を研究している王宮医師を、ネル殿下に紹介して頂いて、意見交換をしていました。」


「なるほど。」

茶会にしては時間が短い。が、王族との長い茶会は負担だろうから、と配慮されたとも考えられる。


茶会の始まりは、リーリスが拐われた時刻と、さほど時差が無い。

マーチス殿下を名乗る偽者の可能性が高い。か?

私とエイガーが、王族であるマーチス本人の顔を知らないのは、厄介だな。


「それで、殿下に報告があるのですが。」

「クレイン、それはリーリスの行方に関する事か?でなければ、すまないが後にしてくれ。」


クレインは私の様子から、何か、ただ事ではないと感じ取ったらしい。


「……分かりました。後ほど報告致します。」

クレインとは別れてハーレンスと共に、カータンスと合流する。


「居たぞ。本邸ではなく、この先にある別邸の二階だ。マーチスと茶をしていた。」

「拐ったのはマーチス本人って事か?」


ハーレンスも偽者を疑っていたらしい。が、リーリスを拐ったのは本人の可能性が高まった。


「リーリスに矢傷は?」

「そこまでは確認出来ていない。案内する。掴まれ。」


私とハーレンスは、カータンスの鉤爪に掴まって、空中から二階のバルコニーへと静かに降り立った。


リーリスが逃げない確信があるのか、窓は開け放たれていた。

お陰で、室内からは見えない、バルコニーの死角に居ても、会話が丸聞こえだ。


しかし、我々獣人は耳が良い。特にイヌは鼻が利く。周囲を警戒していれば気付かれる。


例え気付かれても、話を聞くだけだから問題ない。が、マーチスは話に夢中で周りを警戒していない。香水で鼻も利かないのだろう。

我々が近くに居ても、気付かれる心配は無さそうだ。


「大丈夫、僕は冷静だよ。バレる前に儀式をして、既成事実を作れば良い。我が国としては、不治の病を治療出来る存在を手に入れられるから、僕の行動は、結果的には許される筈だ。グレーシスは傷ついて、自分を許せないだろうね。リーリスを諦めなければいけないのだから。」


既成事実だと!?結果的に許すだ?

マーチスの話を聞いて、怒りの視線をハーレンスに向けた。

ハーレンスが慌てて首をブンブン横に振って、口パクで弁明している。


ー許さない、許すわけないだろう。ー

多分そんな感じだろう。

マーチス、私からリーリスを奪うとは、殺されたいようだな。


会話の内容から、手遅れではないようで、ホッとした。

リーリスを奪われたら、私は生きて行けない。

リーリスの存在は、それ程にまで大きい。


突入するか?

それは直ぐに出来る。

もう少し様子見だ。


二人とそんな感じのジェスチャーを交わして、会話に聞き耳を立てる。


「誤解があるようですが、治療はクレインがしています。助手の私を手に入れても、国としてのメリットは無い筈です。」


リーリスのキッパリとした発言を聞いたカータンスは、多少声を出しても気付かれない、と判断したらしい。

ボソリと呟いた。


「感謝の為にする茶会、ではなさそうだ。」


ハーレンスが同意するように頷いて、明らかに残念そうにしている。

誘拐なんてせず、普通の茶会であれば、問題なかったのにな。


私は二人きりという時点で許せないが、更に、クスリと甘ったるい笑いが、リーリスに向けられている事に、イラついた。


「可愛らしい嘘だね。治療しているのはリーリス。クレインはダミー。我々王族は全員気付いているよ。」


我が国の秘匿事項を口にしやがった。それも我が国の王族の前で。

死刑確定、だな。


「何も聞こえてない。聞いてない。」

カータンスは事の重大さを察して、すぐさま大きく羽ばたいて風と共に去って行った。


「あっ!裏切り者!」

ハーレンスは顔面蒼白で、逃げ遅れた事を後悔している。

これはもう、突入だな。


「確かに秘匿事項を口にしたな。全員とは、お前も入っているのか、ハーレンス。」


堂々とバルコニーから部屋に入りながら、ハーレンスに目を向けた。


「マーチスの虚言だ。何の事だかサッパリだ。」

目が泳いでいるが、見逃してやる。


そうしなければ国王やハーレンス、その兄弟等、秘匿事項を知った全員、カータンスでさえ、殺らねばならない。

それは流石に避けたい。


「グレーシス、兄上!?」

コイツがマーチスか。何処かで見たと思ったら、庭園でいつもリーリスを見張っていたストーカーだ。


人間を警戒する事情も獣人の国にはある。

だから、手を出さないなら、監視を見逃す。と忠告してやったのに、やりやがった。


「グレーシス様っ。」


リーリスが椅子から立ち上がって、今にも泣き出しそうな顔をして走って来る。

抱き止めようと手を伸ばした。


「きゃっ!」

「リーリス!?」


前のめりになるリーリスに素早く駆け寄り、抱き止めた。

何が起きた?

声も出さず、しがみつくリーリス。


「エイガーがっ。」

「大丈夫、無事だ。安心しろ。」


こんな時でも他者を心配するなんて。

背中を撫でながらリーリスを観察する。


伸びきった右足首に枷が付いて、鎖が隣の部屋……寝室まで続いていた。

直ぐに足枷を剣で砕いた。

足首は足枷の重さで赤く腫れて、擦り切れている。


右肩からドレスは裂かれ、剥き出しになった肩に包帯が巻かれ、血が滲んでいた。


リーリスが背後から矢を突き立てられた。

エイガーの言葉は本当だった。

最悪の事態は回避出来たが、心配せずにはいられない。


「足首が赤い。擦り切りれているな。肩も痛そうだ。他に何かされなかったか?」

「何も。肩が少し痛みますが、傷痕は残らないと言われました。」


「なら良かった、とは思えないけどな。」

出来れば無傷で救出したかった。


「……酷い……これでは奴隷と同じだ……。」

ハーレンスの呟く声がした。


リーリスを傷つけ、監禁し、私から無理やり奪おうとした。

冷静でいられる筈がない。


「少し離れる。すぐ戻るから。」

なるべく優しい声でリーリスの頬を撫でながら告げると、名残惜しそうにコクリと頷いた。


「殺す。」

剣を抜いて、一瞬でマーチスの間合いに入った。


「駄目っ、グレーシス様っ。」


他の奴に止められても聞く耳を持たないが、リーリスは別だ。

犯罪者でも法で裁かれるべき、それをリーリスは理解している。


まあ、我が国では死刑確定だから、リーリスが止めなければ、首を落としていたが。

ギリ首に触れる寸前で剣を止めたのは、褒めて貰いたいものだ。


「リーリスのお陰で命拾いしたな。」

「……こんな事なら、さっさと儀式をしておくんだった……。」


コイツは私を怒らせる天才らしい。

貫通しろ。と思いながら、マーチスの胸に、思いっきり矢を突き立てた。

更に、グリグリと深く、矢を胸にめり込ませる。


「ぐああぁぁぁ。」


痛みで叫ぼうと、全く心は痛まない。

まだ足りない位だった。

胸ぐらを片手で掴んで、壁に向かって力いっぱい放り投げてやった。


「ぐううっ……。」

壁際で呻き声をあげている。

案外しぶとい。


心配そうにしているリーリスが目に入り、こんな場合ではなかったと思い出す。

上着を脱いで、肩に掛け、矢傷に触れないように抱き上げた。

やっと、リーリスをこの手に出来た、と安堵する。


睡眠矢で意識を飛ばしたマーチスは、愚かにも他国の王族を監禁して、怪我まで負わせた。

それも、ホーウル王国の為に尽くした、恩のある相手に対してだ。


ホーウル王国の信用問題に関わる重大な過失だ。

ハーレンスは愚弟の犯した尻拭いの為に、私の要求を聞かざるを得ない状況になった。


優しいリーリスは何も要求しないので、私がその分要求する。


先ずマーチスにぶっ刺した睡眠矢を四日絶やさず、その間、何も与えない罰を要求した。

患者はその状況で、ギリ生きていたから、多分、大丈夫だろう。

本来死刑確定な奴だ。例え死のうと、知った事ではない。


次に、リーリスのされた仕打ちを避難し、会議で話し合っても平行線だった、全員で帰国する要求をもぎ取った。が、その要求は可能になるよう、既に動いている、と言われた。


詳しくはクレインに聞いてくれ。とも。

ハーレンスに言われて、確か、クレインから報告がある、と言われたのを思い出した。


ならば、早速部屋に戻るとしよう。

帰国は二日後だ。

リーリスを早く部屋で休ませてやりたい。


傷に障らないよう取り敢えず、部屋まではこのまま運ぶとする。

気を遣っているのか、リーリスが降りて歩こうとする素振りを見せた。


「あの……。」

口に出される前に先手を打つ。


「怪我人は大人しく運ばれていろ。妻を労るのも夫の権限だ。部屋まで下ろさない。いいな。」

「……はい。お願いします。」


多少強引だが、大人しく身体を預けてくれた。

頼むからこんな時くらい甘えて欲しい。


リーリスは誰かを癒せても、自分は癒せない。

患者の矢傷は三日で跡形もなく治癒した。

でも、リーリスはきっと矢傷が治るまで一週間以上はかかる。

これは絶対安静だな。


私がそう思っても、リーリスは王族として必要と判断すれば、無自覚に無理をしようとするだろう。

それが国の利益に繋がり、私を思う行動だからこそ、止められず歯痒い思いをさせられる。


頼むから面倒事を持って来るなよ。

心の中で、ハーレンスに強く、念を送った。


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